第5話 実はエッチなお姉さん?

 朝の目覚めはいつも静かだった。


「んっ……」


「あ、起きた。おはよう、冬馬くん」


 しとやかな声が頬に触れた。


 俺はハッと目を開ける。


 とびきりの美女がそこにいた。


 清楚な栗色の髪がさらりと落ちて、それを耳にかける所作がまた色っぽい。


 いつもは静かな俺の胸の鼓動が、急にドクンと増した。


「お、おはようございます、可奈子さん」


 俺はあいさつを返す。


 けど、彼女はちょっと不満そうに頬を膨らませる。


「可奈子さん?」


「敬語はちょっと寂しいな」


「あ、えっと……おはよう」


「うん、おはよう」


 ようやく、微笑んでくれた。


「もう朝ごはんの支度は出来ているよ」


「ありがとう、可奈子さん」


 俺は部屋を出て階段を下りて、顔を洗いに行く。


 ダイニングに行くと、色とりどりの料理が並んでいた。


「うわ、美味そう」


「うふふ。遠慮せずに食べてね」


「いただきます」


 俺は早速、可奈子さんの作ってくれた朝ごはんを食す。


「……うん、やっぱり美味い」


「ありがとう。でも、あまり食べ過ぎちゃダメよ。学校に行くんだから」


「うん。あ、そういえば、可奈子さんは……」


「私はまだ家政婦の仕事が残っているから。やめるまで1ヶ月は働かないと」


「あ、ですよね」


「冬馬くん、嫌かな?」


「えっ?」


「私、他にも男性のお客さんをたくさん持っているから。その……」


「こんなこと言うのもアレですけど、嫌らしい目で見られたりするの?」


 俺が言うと、可奈子さんは頷く。


「そっか……でも、仕方がないよ。可奈子さんは美人でスタイルが良いし。正直、俺も最初はちょっと嫌らしい目で見ちゃっていたし」


「そうなの?」


「恥ずかしながら。思春期男子なもんで」


「うふふ、可愛い」


 可奈子さんは微笑む。


「けど、その男性たちも、きっと可奈子さんに癒されていると思います。だから、家政婦の仕事、残りの最後までがんばって下さい」


 俺は笑って言う。


「冬馬くん……ありがとう」


 可奈子さんは微笑んでから、ふっと俺のことを見つめた。


「……早く、あなただけの物になりたい」


 その言葉を聞いて、俺は激しくむせた。


「ゲホッ、ゴホッ!?」


「冬馬くん、大丈夫!? ごめんね、私が変なことを言ったせいで」


 可奈子さんは立ち上がって、俺の背中をさすってくれる。


「だ、大丈夫です」


「本当にごめんね。でも……本心だから」


 可奈子さんの白魚みたいな指先が、俺の頬を撫でる。


「私は大人のお姉さんだから……いつでも大丈夫だよ」


「か、可奈子さん……その、やっぱり経験豊富なんですか?」


「ん?」


「いや、その……」


 俺が聞きたいことをストレートに言えずにいると、可奈子さんがそっと耳元に口を寄せた。


「……私、愛する人と結婚するまで、取ってあるの」


 彼女は耳元で囁く。


 俺は一瞬にして、脳みそがとろけそうになった。


 お互いの視線が至近距離で絡み合う。


 下手をすれば、このままキスを……って。


 今はダメダメ。


 だって、朝ごはんの途中で、ちゃんと歯を磨いていないし。


「か、可奈子さん、朝ごはん食べても良いですか?」


「あ、うん。ごめんね」


 俺の気持ちを汲んでくれたのか、可奈子さんはサッと身を引く。


 また、俺の向かい側に座ると、ニコリと微笑んだ。


「じゃあ、続きは歯磨きをしてからにする?」


「へっ? いや、その……が、学校があるので」


 何だその言い訳は。


「そうね。学校でマジメにお勉強するのに、変な気持ちになったらダメよね。私も仕事中に変な気持ちになりたくないし」


「ねえ、薄々思っていたけど……可奈子さんって、意外とエッチなの?」


 俺は遠慮がちに言う。


「うん、そうだね……ものすごくエッチだよ」


 余裕の微笑みで返された。


 この人、本当は経験豊富で……いや、もう訳が分からない。


「大丈夫、私はちょっと冬馬くんよりも長く生きているだけだから。君が思っているような経験は何もしてないの……」


「そ、そうですか……」


「だから、その時は……ちゃんとリードしてね?」


 愛らしくも妖艶に微笑む可奈子さんを前に、俺は口が半開きになる。


 そして、邪念を振り払うようにメシを食らった。


「はむはむはむはむっ!」


「こらこら、そんなに慌てちゃダメだぞ」


 微笑むこのお姉さんに、俺はこれからタジタジにされまくるだろう。


 全くもって嫌じゃないけど。






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