雑編置き場
魚の目
プルースト、お前もか
「こずえ、久しぶり」
そういって、いつものようにアパートのドアをあけるリョウちゃんは、
私の彼氏ではない。
「来ないと思った」
花屋さんでお仕事をしている同い年の彼女さんがいるんだって。
「こずえと約束したんだもん、ちゃんと来るよ。」
「うれしい。いつも仕事大変だと思って、今日はご飯作ってみたんだ~」
だって特別な日だから、なんて言葉は隠して、居間へのドアを開ける。
「わ、グラタンにハンバーグ。俺の好きなものばっかりじゃん。」
「ちゃんとお酒も買ってあるよ~」
「え~!じゃあ早速ご飯にしよ!おなかすいた!」
お酒飲んだらせっかくのご飯の味がわからなくなっちゃうのになぁ。
なんて思いながら、近くの百貨店で悩んで買った少し高いワインを空ける。
私達は付き合ってはいないし、きっとリョウちゃんは恋愛としての意味では私のこと好きじゃないんだと思う。
そんな男女がお酒を入れるのは、きっとそのあとのための言い訳で、前戯で、いろんなことをお酒と一緒に飲み込んでいる。
目が覚めると日付が変わっていた。
机の上のパッケージのゴミ、お肉の匂いがまだ残っている部屋、横にはリョウちゃんが寝息をたてている。
定員オーバーしているシングルベットが音を立てないように、こっそり布団を抜け出す。
明日は特別な日だから。そういって、キッチンの一番上の戸棚から綺麗にラッピングしてもらったミニブーケと小箱を取り出す。
小箱の中には有名なブランドのハンドクリームが入っている。
身につけられるものをあげるのは、本当はそばにいたいから。
匂いものをあげるのは、ふとした瞬間に私のことを思い出して欲しいから。
消え物をあげるのは、重たい女だと思われないように。
儚いものをあげるのは、そこに未練が残らないように、すぐに捨てられるように。
そういって、そっと枕元においた。
朝起きたら枕元にプレゼントがある、子どものころからみんな大好きでしょ。
何事もなかったかのように、さっきと同じように注意を払って、布団に潜り込む。
「うーん、、、」
起こしちゃったかな?リョウちゃんが寝返りをうつ。
ベットがきしむ音。ブーケの包装紙のすれる音。それに伴って、花の匂いがした。
「みか、、、?」
リョウちゃんの寝言。
ブーッ
携帯のバイブ音がなる。リョウちゃんのだ。
リョウちゃんは気付いていない。通知が来て明るくなったディスプレイが頭の上でうるさい。
ごめんね。一応心の中で謝って、明かりを消そうとする。
そのとき、ちょっとした好奇心だった。画面をみた。
「上村 美香
明日、お仕事終わったら五反田駅で待ち合わせね!」
そうだよね。誕生日の夜を過すのは彼女さんだよね。
リョウちゃんは月曜日から木曜日の夜しか会いに来てくれない。
わかっている。自分の立ち位置なんて。
でもね、こうやって、日付が変わる瞬間に一緒にいれるとちょっとだけ期待しちゃうんだ。
お誕生日おめでとう。
優しくリョウちゃんの髪を撫でて、壁に顔を向けて寝た。
大学生の時に読んだ本で見た。
匂いは最も原始的で本能に近いものなんだと。
妊娠したネズミは、別の雄ネズミの匂いをかぐと妊娠が中断されることがあるらしい。
ネズミのほうが、人間よりもよっぽど忠実じゃない。
どうして、彼女がいる人に恋をしてしまったのだろう。
どうして、神様は付き合っていない男女でも愛し合う行為を出来るようにしてしまったんだろう。
どうして、日本は一夫多妻制じゃないんだろう。
どうして、叶わない恋に手を出してしまったんだろう。
「プルースト、お前もか。」
足先が冷たい。無意識であっても触れてしまわないように、身をちぢこめた。
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