第36話 不死の魔法陣
午後4時、俺達はダンジョンの外に集まっていた。
これから魔王城へ一気に攻め込むのだ。ようは電撃作戦だ。
夕方の半端な時間の理由は魔王相手に、ヴェルディを二十秒戦わせるためである。
一日十秒しか動けないヴェルディだが、日をまたぐことで二十秒続けて動ける。
そんな俺達を見送りにルフトがやって来ていた。
「聞きましたよ、魔王と戦うとか。なので私も切り札をお持ちしました。あ、これ請求書です」
ルフトは俺に普通のサイズの鞄と請求書を渡してきた。
……なんだこの額!? 金貨が10万枚!?
「待て! この金額おかしいだろ! ぼったくり商人!」
「違います! 全くぼってません! それどころか多少オマケしています!」
すごく真面目な顔をしてルフトは叫んだ。
どうやら嘘ではなさそうだなぁ……こいつはエイスに関係することは甘いし。
金貨10万枚はすぐには用意できないので、ライラに命じてヴェルディの鱗を一枚渡す。
ルフトはそれを丁寧に受け取り、目を見開いた。
「お、おお……! これが神龍の鱗……!」
ヴェルディの鱗を宝物のように布で丁寧に包むと、ルフトはすぐに懐にしまった。
「足りるだろ?」
「無論……と言いたいところですが足りませんね」
「強欲すぎるだろ。まだ何か欲しいのか?」
「ええ。皆様が無事に戻ってきてもらえなければ」
そう言ってルフトは微笑んだ。こいつなりに俺達のことを心配してるらしい。
『我が主よ、それは何だ?』
「とっておきの秘密兵器ってやつだ」
まあ秘密兵器と言ってもポーションである。凄まじい治癒効果を持ち、死にかけの老人が飲めば十年生きれるとか。
鞄自体もマジックボックスで、そのポーションが大量に入っているはずだ。
何かあった時の回復薬ではあるが、あまり存在を知らせないほうがいいだろう。
回復できると知れば無茶する奴が何名かいるしな……。
鞄を肩に背負いつつ、皆へと話しかける。
「いいか? まずは四天王とやらを倒して、魔王の不死魔術の陣を破壊する。その後は流れで何とかして時間を稼いで弱らせるぞ」
俺の言葉にマサムネはため息をはく。
「流れに身を任せすぎだと思うが……魔王相手にろくな作戦なしとは」
「じゃあお前の剣に毒ぬれ」
「断固断る」
これだから武士道(笑)、とか正々堂々(笑)とかいう奴は……。
勝てば官軍、負ければ賊軍だってのに。
「勇者ゴブリン、魔王城への門を開いてくれ」
勇者ゴブリンは頷くと剣を天に掲げた。
すると天から一筋の光が落ちて、周囲が眩しく輝き何も見えなくなる。
しばらくして光が消えていき、黄金で作られ天使の翼を持つ門が俺達の前に現れていた。
「ここを通れば魔王城へと繋がっている」
「魔王城の門というより、天国の門か何かだなこれ」
ゴブリンが剣を振るうと、黄金の門がゆっくりと扉を開いていく。
その先には光はなく、闇に覆われた城――魔王城が見える。
「よし。行くぞ!」
掛け声とともに門の中に入ろうとすると、エイスによって首元に剣がつきつけられていた。
更にライラが俺の片腕を恐ろしい力で引っ張っている。
「な、なんだ!?」
「……弱いスグルが最初に飛び出すのはよくない」
「主様、危険です! ここはこのライラが先に行きます!」
危険なのは今の俺の状況だと思うが……。
確かに言うことはわかるので、エイスを先に最初に門に通らせることにした。
改めてエイスを先頭に皆が門の中に入る。すると少し豪華な部屋の中に出た。
陰気臭くて暗いがおそらく城の一室だろう。壁も黒い石灰のようなもので出来ているし。
かなり趣味が悪いのは流石は魔王といったところだ。
マサムネがすでに剣を構えて周囲を警戒している。
「魔王城だ。ここからの敵は一騎当千。気を引き締めろ」
「そうか。とりあえずこの部屋には誰もいないし移動するぞ」
部屋にある扉を開けようとすると、エイスが再び剣を首元につきつけてきた。
「……危ない、トラップがある可能性もある」
「俺はお前のほうが危ないと思うが!? 心臓に悪いんだよ!」
エイスは俺の言葉を無視して、鞘に手をかけた。
それと同時に扉が二枚に切れて床に倒れ、右と左の二手に分かれた廊下が見えた。
「……右に進むと不死の魔法陣がある」
「四天王たちは左に進んだ先の応接間にいると思われる。いつもそこにいるからな」
エイスとマサムネがそれぞれ違う方向を指でさした。
「ならばここは二手に分かれるか」
マサムネが何とも愚かなことを言い出したので、急いで否定することにする。
「何を言ってるんだ、マサムネ。何でここで別れる必要がある? 戦力の分散や逐次投入は無能なんだよ。全員で固まっていくぞ、まずは右からだ」
「何故右だ?」
「気分」
どうせ二択だし。どちらを先に行くかのことでしかない。
ならさっさと決めて動いた方がいいだろう。
コクンと小さく頷いたエイスが先頭を歩きだし、俺達は右の通路へと進みだす。
警戒しながら歩いていくが違和感がある。敵が全然出てこないのだ。
魔王城なのに警備の一人もいないとは思えない。それどころか、魔物が常に徘徊していて然るべきだろ。
そんな風に愚痴っているとマサムネが。
「魔王城に入るなど本来不可能だからな。しかも今は午後4時、人族には夕方だがヴァンパイア系ならば活動を停止する時間だ」
「ヴァンパイアが寝るのか?」
「ああ。奴らはわりと肌の張りを気にしてよく眠る」
ヴァンパイアがお肌の調子を気にするのか……。
納得がいかないまま、しばらく歩いていると扉が見えた。
即座にエイスが扉を真っ二つに切り裂き、殴り込むように部屋へと侵入した。
その部屋には床一面の幾何学模様の陣――魔法陣が展開されていた。
エイスはその紫色に気味輝く陣の上で、剣を抜いて震えながら立っている。
「お、おい。大丈夫か? なんかその陣、毒とか闇とかっぽいんだけど」
「……大丈夫。これが不死の魔法陣」
エイスは憎らし気に床の魔法陣を睨んでいる。
不死の魔法陣か……これを破壊できれば、魔王は不死ではなくなるという。
「どうだ? 壊せそうか?」
「……いける。皆は部屋に入ってこないで、危ない」
普段よりも少しだけ大きい声でそう呟き、エイスは剣を鞘にしまって抜刀の構えをとる。
「……これで全て終わり、か」
小さく呟いた後、息を吸って力強く言葉を唱え始めた。
「光より迅く、時より迅く、遍く万象より迅く。この一太刀、理を否する」
エイスの身体からまばゆい光が噴き出る。それと共に目が紅く輝き、銀髪は金色へと変わっていく。
「我が生涯、最大最期の煌き。ここに示さん」
地震が起きたかのように魔王城が大きく揺れだす。
あまりに強烈な振動に立っていられず、床に倒れこんでしまった。
『ふーむ。人間にしてはそれなりの攻撃を出しそうじゃな。おそらく一生一度しか撃てぬ種類の力じゃ』
「そんな力があるのか?」
『うむ。魔物なら持ってる奴もおるが、人も使えたのじゃな』
エイスは地震など気にしていないのか、抜刀の構えで目をつぶったまま。
「遍く者よ照覧あれ…………断理剣」
そう呟かれた瞬間、世界が止まった気がした。
「……終わり。魔法陣は斬った」
エイスはにっこりと笑っていた。
今までの無表情が嘘のように、満面の笑みで。
よく見ればエイスの足もとの魔法陣は影も形もなく消えている。彼女が斬ったのだろう。
「おお! エイス、おつかれさ……お、おい!? どうした!?」
労いの言葉をかけようとした瞬間、エイスの顔の肌がポロポロと剥げて床に落ちていく。
いや顔だけではない。美しい銀髪は真っ白な力のない色になっていく。
「どうした!? さっきの一撃の反動か!?」
『いや違うのう。これは魔法陣を破壊されたことが原因じゃな。今までに生きてきた年数、二百年分の時が一気に身体を蝕んでおる』
「……当然。不死魔術が消えたのだから」
エイスの足もとに剣が音を立てて落ちた。もう持つだけの筋力が残ってないのだろう。
「……これでようやく人に戻れる」
涙を流しながら笑うエイス。なんだそれ、そんなことのために二百年生きてたってのか。
死ぬために?
「ふざけんな! ライラ、何かないか!?」
「申し訳ありません! 何も思いつきません!」
「ヴェルディ!」
『十秒では二百年の時を止めるのは無理じゃ』
「百年でもいい! 生き残るかもしれない!」
だが俺の命令を否定するように、エイスは首を横に振った。
「……魔王を倒すのが一番。私のことはいいから、全て覚悟してここに来た」
「勝手に覚悟するなっ!」
全てを諦めて笑うエイス。その表情に腹が立つ。
正々堂々とか誇りでの殉死とかそういうのが嫌いなんだよ俺は!
最後の最後まで汚く生きろっての! ダメ元でも何でも試せっての!
「くそっ、二百年分の時を防ぐ方法って何だ!? コールドスリープとかか!? いや待てよ……これならどうだ!?」
俺は鞄からポーションの瓶を取り出して、中身をエイスの身体にぶっかける。
すると肌が一瞬だけ元に戻り、またすぐにひび割れていく。
「……ポーション? ムダ、これは怪我じゃないから治らな……」
「ダメ元でもやってみなきゃわからんだろうが!」
俺は鞄にあるポーションの瓶を取り出しては、エイスに中身をかけていく。
先ほどと同じようにポーションがかかった瞬間だけ、肌が元に戻るがすぐにひび割れる。
だが一瞬だけでも治っているのだ。もっとかけ続ければ……!
「わ、私も手伝います!」
「触るな! 瓶が割れる!」
「も、申し訳ありません!」
ライラの手伝いを拒否しつつ、必死にエイスにポーションをかけまくる。
エイスの身体の老化に抵抗するように、何度も何度も。
そして鞄の中にあった大量のポーションが全てなくなった。
「……嘘」
エイスは元の姿のままで茫然と立っていた。
ひび割れた肌は元に戻り、綺麗な銀髪が輝いている。
俺は必死に動いたことで乱れた呼吸を整える。
『なるほどのう。あのポーションは十年ほど若返る力があったようじゃ。かけまくった結果、老化を打ち消したと』
「まじか……そういう理屈だったのか」
『なんじゃ我が主よ、知らずにやったのか』
「ポーションなら効果があるかな程度だった……」
ルフトよくやった……! お前が集めた超高級品のポーションは役に立ったぞ……!
疲れのあまり思わず床にへたれこむ。するとエイスがゆっくりと近づいてきた。
「……ありがとう。私のために」
「違う。魔法陣を壊したら、エイスを好き放題できるって約束だから頑張ったんだ」
「……そう」
エイスはくすりとほほ笑んだのだった。
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