第19話 ゴブリンの日常


 うちのダンジョンの魔物は強いがクセがある。

 現状の理論戦力だけを見るならばものすごく充実した戦力だろう。

 なお理論であり実際の戦闘では、その百分の一も発揮できないわけだが。

 だいたい竜の置物ヴェルディが理由である。

 神龍、伝説武器すら作れる鍛冶師と字面だけ見れば素晴らしいのだが……。

 

「主様、どうされました?」

「いや何でもない」


 俺はヴェルディの間にて、改めて今のダンジョンの戦力を考えていた。

 ダンジョンの魔物はヴェルディ、ライラ、ヴェルディツバスライム、ゴブリン五体、そして雑魚ゴーレム。

 雑魚ゴーレムは現状、ダンジョンに潜った冒険者のやられ役のため除外。

 緊急時に壁程度には使えるくらいの扱いだ。

 つまり今の戦力はたったの九体である。これは非常にまずいのではなかろうか。


『何を考えておる?』

「うちのダンジョン、戦力が少し足りてないなと」

『我がおるだろう』


 念話で偉そうな声で話しかけてくるヴェルディ。

 こいつは世界最強の魔物であるが駆動時間が一日十秒しかない。

 間違いなく強力だが戦力として計算しづらいのだ。


「私もいますよ!」


 ライラが槌を手に取って自己主張する。

 彼女は筋力と鍛冶能力は化け物だが他の能力はそこまで高くない。

 戦闘能力は攻撃特化な上に壊滅的な弱点がある。


「ライラに質問だ。ゴブリンが四体いました、そこにオークが四体増えました。合計は?」

「えーっと……六体ですか?」

「二体どこいったんだおい」


 知力が2である。

 彼女は迂闊に戦闘させると怖い。最悪、味方を巻き込んで攻撃まである。

 しかも攻撃力は有り余る筋力で超高いから質が悪い。


「……オークはゴブリンを食べる」

「足し算であって自然の摂理を計算しろとは言ってない」


 エイスが寝袋にくるまりながらボソリと呟く。

 彼女は戦闘力はかなり高いが、魔物ではないためダンジョンバトルに参加できない。

 ……俺の配下はだいたいこんな感じ。

 「理論上強いです。なお」みたいな形だ。

 残りの戦力であるヴェルディツバスライムに視線を向ける。

 こいつはスライムがヴェルディのツバで進化した個体。

 スライムだが飛べるし強さもドラゴンクラス。

 ぶっちゃけネタじみた生まれに反比例して、汎用的な強さを持っているらしい。

 だがまだ実戦未経験の上にこいつは一体しかいない、残りの魔物は一種類。


「「「「「ゴブゥ!?」」」」」

「……遅い」


 いつの間にか寝袋から出ているエイスが、ゴブリンたちの首を切断する。

 これはこの部屋の日常風景である。繰り返すが日常風景である。

 この虐殺はエイス曰く訓練らしい。

 蘇生陣の上で戦うので、ゴブリンたちは蘇るが……本当よく心折れないよな。

 彼らがうちの最後の戦力である。

 種族的に最弱候補の魔物だが……正直、現状うちで一番汎用的な戦力だ。

 神龍装備をまとったこいつらは結構強い。

 装備が強いだけ説はあるが、それでも問題点なく使える貴重な戦力である。


「……もしかしてうちで一番頼りになる戦力ってゴブリンでは?」

『我に決まってるじゃろ』

「せめてニートくらいの行動力つけてから言え」


 ヤバイな。汎用性とか色々考えたら、まじでゴブリンたちが一番便利だ。

 いや彼らを悪く言うわけではないが……。

 改めて切り刻まれているゴブリンたちを見る。

 いつも必死に訓練を頑張っているので、進化とかして欲しいんだけどな。


「なあ、ゴブリンたちって進化しないのか?」

『ホブゴブリンになるはずじゃ。そういえばまだ進化しないのはおかしいのう、とっくの昔にホブより強くなってるんじゃが』


 魔物の進化はよくわからないが、どうやらすでに進化しているはずらしい。

 彼らが強くなってくれればすごく頼もしいんだけどな。

 

「……彼らも気にしてる」


 エイスが落ち込んでいるゴブリンたちを指さす。

 いかん、勝手に期待して落ち込ませてはダメだな。

 ゴブリンたちはよくやってくれている。


「気にするな。お前らはよくやってくれている、いや本当によくやってくれている……少し休め」


 俺は決してなぐさめの言葉ではなくて本心を口にする。

 まじでよくやってくれているよ、毎日首とか切断されてまで修行してるんだ。

 これ以上やらせるとか鬼畜でも罪悪感を抱くレベルだ。


「「「「「ゴブゥ……!」」」」」


 ゴブリンたちは俺の言葉に首を横に振った。

 どうやら休むことは嫌らしい。何がそこまで君たちを駆り立てるんだ。

 無理やり命令して休ませた方がいいのだろうか。


「……大丈夫。蘇生陣で蘇れば身体健康」

「精神は?」

「……」

「おいこっち見ろ。精神はダメージ負ってるってことかよ!?」


 ダメだこの鬼教官、早く何とかしないと。

 エイスとの会話中に吹き飛ばされて、倒れこんでいるゴブリンたちに話しかける。


「おい。本当無理するなよ? エイスに訓練を緩めるように言うぞ?」

「「「「「ゴブゥ」」」」」


 ゴブリンたちは起き上がって再び首を横に振る。

 そして武器を構えて再びエイスに向かって行った。

 本当なんなのあのゴブリンたち。


『奴らは力なき魔物だ。これくらいはせねば役に立つまい』

「ゴブリンたちを見習って、お前はもう少し動けるようになれ」

『魔力不足ばかりは我の努力では何ともならん』

 

 そしてまたゴブリンたちの手が、足が、そして首が宙に舞う。

 ……本当ここまでやってるんだから、ゴブリンたちも強くなって欲しい。

 彼らの努力が報われて欲しいのだが。

 小一時間ほど経って訓練が終わった後、汗一つかいてないエイスに話しかける。

 ちなみにゴブリンたちは汗どころか血で身体が濡れている。


「なあエイス。ゴブリンたちはなんでここまで必死なんだ?」

「……待遇」

「待遇? 何か問題があるのか?」

「……逆」


 それだけ言い残すとエイスは部屋にセットしている寝袋に入った。

 完全に寝るつもりなのでもう話しても返事来ないな。

 力尽きて床で倒れているゴブリンたちを見る。

 待遇ね……もう少し改善すべきか? 

 衣食住で考えるなら、食はしっかり与えている。

 住はワラで作った寝床なので少し微妙だ、衣は……戦闘時以外は腰みのだけだ。

 戦うためだけでなく、私服を与えるべきなのだろうか。

 よく考えれば戦うための道具しか与えてないしな。

 

「ライラ、ゴブリンたちの服を作れるか?」

「はい! 丈夫な鎧がいいですか? 軽い鎧がいいですか?」

「違う、普通の衣服だ」

「作れますよ!」


 ライラが勢いよく返事してくる。

 可能ならばゴブリンたちの希望を聞いて用意するか。

 彼らが意識を取り戻すのをしばらく待って、話しかけた。

 

「お前たちの私服を用意しようと思うのだが、何か希望とかあるか?」

「「「「「ゴブゥ!? ゴブゥ!?」」」」」


 ゴブリンたちは必死に首を横に振って否定する。

 いや首どころか身体全体を使って拒否の姿勢をしめす。

 ……もしかして服は嫌いなのだろうか。まあ動物に近いと考えればそうか。


「なら何か欲しい物はあるか?」

「「「「「ゴブゴブゥ!?」」」」」

 

 ……俺の言葉にゴブリンたちは土下座した。

 なんで彼らは土下座なんて知ってるんだろうか。てか何で土下座されてるんだ……。


「え、どういう意味だこれ。というか土下座なんてよく知ってたな」

「土下座は私が教えました! 戦いでいざという時のために!」

「どういう状況で戦闘で土下座を使うんだ……」


 ライラの言葉にツッコミをいれつつ、頭を床につけるゴブリンたちを見る。

 いや本当なんで土下座してるんだ。

 もしかして何か裏があると勘違いしてるのだろうか。

 それならばと俺は満面の笑みを浮かべる。


「ゴブリンたちよ、裏などない。お前たちの望みを言えばいいのだ」

「「「「「ゴブゴブゴブゥ!」」」」」


 ゴブリンたちは俺に向けて、頭を地面にガンガン叩きつけて礼をする。

 なんなの。何で余計に酷いことになってんの。


『我が主よ、ゴブリンをいじめるのはやめてやれ』

「イジメちゃうわ! 俺は彼らを労いたいだけだ!」


 ……まあ結果的には余計に疲れさせていそうだが。

 

「……どうすればゴブリンたちは喜ぶ? 何を望んでいる?」

「ゴブリンさんたちはすでに満たされてると思いますが……これからも頑張ってくれって言えば喜ぶと思いますよ」


 ライラの言葉を聞いてゴブリンたちを見る。

 毎日鬼のような訓練を受けて、満たされているとは思えないが……。

 だが頑張って欲しいのは本当だし言うのは構わないか。


「ゴブリンたち、お前たちは死ぬほど頑張っている。これからも俺の力になって欲しい、期待しているぞ」

「「「「「ゴブゥ!」」」」」


 ゴブリンたちは土下座をやめて立ち上がり、天に向けて剣を掲げた。

 その声や仕草を見るに心に響いたようだ。

 ……何だろう。ブラック企業の社長が部下洗脳する感じになってない?

 釈然とはしないが彼らが満足しているならいいか……。 

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