第50話 帰ってきたリリコ⑧
リリコは記憶を頼りに路地を入った。飴色になった木製のドアを開けるとそこには懐かしい顔があった。
「いらっしゃい。」
「ママ、久しぶり。」
飲み物を作る手を止めて、ママは店に入ってきた女の顔をマジマジと見た。
「,,,え?アンタ、リリコ?」
「そう!リリコ!ああ、ママ、元気だった?」
「アンタ、夢を叶えたんだってね。良かったね。」
ママに勧められカウンターの奥の席にリリコとアンリは座った。
「顔見に来てくれたの?」
ううん。リリコは首を振った。
「だと思ったわ。どうしたの?リュウから最近のアンタの事、聞いてるわよ。」
「じゃあ、はっきり言うね。リュウの本心を聞かせて欲しい。この間、うちのマネージャーがリュウと話をしてんね。アタシには本心とは思えへん。これ、聞いてみて。」
リリコはイヤホンを渡し、リュウとアンリのやり取りをママに聞いてもらった。
「自殺をネタに結婚迫るなんてとんでもない女やわ。」
リリコはビールをあおって、吐き捨てるように言った。
「リリコ、リュウはもと子の事、本気なんよ。これはね、もと子が金持ちに見染められて、リュウが身を引こうとしたの。それでリュウと一緒になれないならってもと子が首を切ったのよ。リュウはもと子に死なれそうになってあらためてもと子が自分にとって大切な人だと気がついたんだって。」
「リュウったら自分の気持ちを勘違いしてんじゃない?リュウはアタシに未練あると思う。だってアタシがあげた香水、今も使ってくれてるんよ。」
リリコは疑わしそうな目をして食い下がった。
「香水ね、もと子以外のリュウの彼女達ってみんな自分好みのコロン、プレゼントするわね。リュウもデートやキップスの時はプレゼントのコロンを使ってるわ。で、別れるとアンタがあげたコロンに戻ってる。でもプライベートではいつも別の自分好みのを使ってるわよ。だからコロンでアンタに未練があると思うのは違うんじゃない。」
ママが咥えたタバコにアンリが火をつけた。
「でも、リュウは命がけでアタシを守ってくれたんよ。好きでもない女にそんなことできないでしょ?」
「アンタは自分の夢のためにリュウを捨てたでしょ。自分を捨ててまで叶えた夢を潰されちゃ捨てられた甲斐がないじゃない。だから、アンタを守ったのよ。アンタは自分のためにリュウを捨て、今度はリュウから大切な人を追い払おうとまでしてリュウを手に入れようとしてる。そんなのただのワガママ。いい加減諦めてやんなよ。アンタは今のアンタに似つかわしい男にしなさいよ。」
リリコはママの話にショックを受け、唇を震わせた。
「何かを手に入れたら何かを失うってこと。」
ママがメンソールの煙を燻らせた。うなだれたリリコの手元には小さな水溜りがいくつもできた。目元を細い指先で拭っていたリリコはふと頭を上げた。
「もうリュウから卒業する。お幸せにって伝えて。」
泣きそうな顔をしながらも艶やかに笑った。
「今のアンタはちょっといい女になったわ。」
ママはリリコに寂しげに微笑んだ。リリコにそっと寄り添ったアンリがピンクのドアを閉めたのはそのすぐ後だった。
「今、僕とリリコは付き合っている。
リリコからの伝言だ。
『リュウ、幸せになんなさい。アタシもアンタより幸せになるからね。』
君たちもお幸せに。」
ママが、リリコにガツンと言ってやったと言ってたのはこのことだったのか。アンリからのメールを読み終わるとリュウは肩の力が抜けた。そしてスマホをポケットになおした。トイレから出るともと子と津田がいた。
「さあ、新郎さん新婦さん、お父さんこちらへ。」
係の人に促されてリュウ達は向かった。
庭の広い芝生の上、明るい一角。リュウともと子の門出を心から祝おうと集まってくれたお客さんを目の前にしてリュウが立っている。そこへ津田の腕に手を添えたもと子がベールを顔の前に垂らし、しずしずとやってくる。津田は真面目な顔をしてもと子の手をリュウに渡した。そして小さな声で一言。
「もう、泣かすなよ。」
リュウがしっかりとうなずく。津田が下がったのを見届けて、進行役の神楽が言う。
「健やかなる時も病める時も富める時も貧しき時もお互いを愛し、尊敬して、慈しみますか?」
2人はお互いの顔を見て言う。
「はい、誓います。」
2人がハモって答えたのに神楽は思わず微笑む。
「では指輪の交換を。」
いつもしている結婚指輪ではなく、あらためてリュウが用意したプラチナの結婚指輪をお互いの左手の薬指にはめる。
「誓いのキスを。」
リュウはもと子と向き合うと顔の前のベールをあげた。2人は見つめ合うと唇を重ねた。
「もとちゃん、幸せになろな。」
「はい。」
リュウの言葉にうなずいた。
「リュウさんと私、幸せになります。」
もと子は雲ひとつない青空を見上げた。
リュウさんと私 @ajtgjm159
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