第36話 忍びよる影⑪
慌ただしくもと子が救急車に運ばれ、付き添いにリュウと理事長がついて行った。3人を見送った後、ロキはスタッフルームにとって返した。スタッフルームの隅にはママと八重が座り込み、青い顔をしている。ロキは2人を抱えて店のソファに座らせた。ママには店を休みにする許しをもらい、店の入り口のドアに閉店の札を出した。
「ママ、コーヒー入れていいか?」
ママがうなずくのを確認して、ロキは湯を沸かし始めた。
熱いコーヒーを八重とママの前に置いた。
「俺、ちょっと掃除してくるな。」
ロキはスタッフルームに戻り、雑巾を何度も洗ってほぼ血の痕を拭き取った。ビニール袋に汚れた雑巾を入れ、ゴミ箱に捨てた。掃除が終わり、ソファに座ってコーヒーをすすりながら2人の様子をさりげなく見た。
「ロキ、ありがとね。」
ママはまだ震えは残るものの熱いコーヒーを飲むうちにかなり、落ち着いてきたようでロキに会釈した。しかし、八重はカップに手をかけることも出来ず、青い顔のまま横になったままだった。
「八重さん、瀬戸さんに迎えにきてもらいましょう。」
ロキは八重に声をかけてスマホを取り出した。
コール3回で瀬戸が出た。
「おう、ロキ。どうやった?あの2人、仲直りしたか?」
「あ、いやあ、仲直りどころかリュウが強硬に戻らんと言うたもんで、もと子ちゃん、首切ったんです。今、病院です。」
「な、なに!リュウのボケナス、なに寝ぼけてんねん!で、もと子、大丈夫なんか?」
「まだ連絡来てません。で、もと子ちゃんが血塗れで倒れているところを八重さんが見てしもて、だいぶ時間経つんですけど、まだショックで。瀬戸さん、迎えに来れませんか?」
「八重が?待っとけ、すぐ行く!」
瀬戸は話が終わるか終わらないうちにスマホを切り、事務所を走り出た。
八重に自分の上着をかけたロキは顔色が戻って来たママと、もと子とリュウはどうなるのか、ポツリポツリと話をしているところに瀬戸が飛び込んで来た。
「八重!大丈夫か?」
「アキラ…」
青い顔をした八重が声のする方へ顔を向けた。「真っ青やんか。」
瀬戸は急いで八重の隣に座り、八重を抱き起こした。
「アキラ、もと子ちゃんが、もと子ちゃんが…」
八重は肩をふるわせて涙をこぼした。
「もう言うな。もと子は大丈夫や。ロキ、八重は連れて帰る。連絡してくれて助かった。」
瀬戸は八重を大事に抱えて車に乗せ、帰って行った。
「ロキ、アタシたちも帰りましょ。コーヒーありがとう。」
どうにか持ち直したママはロキにぎごちない笑みを浮かべた。
ロキはママがドアの鍵を締めるのを待っていた。
プルル。ロキのスマホが鳴った。
「もしもし、リュウ。あ、理事長さん?」
リュウと思ってとったら理事長だったことにロキは驚いた。
「棚橋さん、手術終わった。一命はとりとめたわ。そっち、大丈夫?」
「はい、八重さんのショックが大きかったんですが、彼氏に連れ帰ってもらいました。ママと俺は今から帰ります。」
「そう、あなた達も大変だったわね。そこにママさんいる?いたら代わって。」
ロキはスマホをママに渡した。しばらくママは理事長と話していた。
「じゃあ、悪いけどお言葉に甘えさせてもらいます。失礼します。」
ママはロキにスマホを返した。
「明日、スタッフルームに掃除屋さんを派遣してくれるんだって。全部息子が招いたことだからって。甘えさせてもらっちゃったわ。まあ、口止め料ってとこよね。」
ママは小さくペロリと舌を出した。ロキは理事長の手回しの良さに驚いた。そして早速、もと子が助かった事を知らせようと瀬戸に電話をかけた。
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