第27話 忍びよる影②
リュウは自分の腕枕にもと子の頭を乗せていた。少し疲れた様子のもと子を心配気に見る。
「もとちゃん、大丈夫か?痛かったやろ?ゴメンな。」
「ううん、大丈夫。これでようやく本当の彼女になれました。」
少し疲れたもと子は安心したように微笑んだ。
「アホやなあ。もとちゃんはずっと前から俺の大事な彼女やで。こんなん全然関係ない。」
リュウの胸にもたれかけたもと子の頭を優しく撫でた。
「あんな、前々から言おうと思っててんけど、
もとちゃんの病院の年季奉公が過ぎたら一緒に住めへんか?」
「ええっ?」
もと子は思わず頭をあげてリュウを見た。
「お嫁さんにしてくれるんですか?」
もと子はリュウの首にしがみついた。
「…」
リュウは言葉に詰まってしまった。
「リュウさんの彼女になれただけでも奇跡なのにお嫁さんなんて…私、こんな贅沢していいのかな?」
みるみる涙が溢れ、もと子は声をつまらせた。
もと子はペタンと座り込み、両手でゴシゴシと涙を拭った。もと子の言葉を聞き、その姿にリュウの心に暖かいものが芽生えた。
フフと口元を綻ばせたリュウももと子の隣に座り、肩を抱いた。
「そんなんで贅沢なんやったら是非せななあ。もとちゃん、俺の嫁さんなる?」
もと子は涙を拭いながら何度も頷いた。
「よし、贅沢しよ。幸せになろな。」
リュウはもと子の耳元にささやいた。
「病院の年季奉公が終わったら、籍入れよ。それに間に合うように部屋探そう。」
もと子はまだ涙で濡れた目を輝かせ、泣き笑いのような笑顔でリュウに微笑んだ。
「約束な。」
そう言うとリュウはもと子の顎に手を添え、耳たぶを優しく噛んだ。あ、もと子の声が漏れた。
「指切りげんまんの代わりや。」
「じゃあ、私もしますね。」
今度はもと子が体を寄せ、リュウの耳たぶを軽く噛んだ。もと子が唇を離すと堪えきれなかったようにリュウが首をすくめた。
「ふう、くすぐったいもんやな。うん、この指切りげんまんは忘れへんな。」
微笑むとリュウはもと子の唇に唇を寄せた。
翌週、リュウは瀬戸の事務所に行った。事務所のドアを開けると、瀬戸が机に向かって何やら書き物をしていた。
「どうした?」
「…いやあ、あの。」
リュウが言い淀むなんて珍しい。瀬戸は顔を上げ、リュウを見た。
「あー、実はちょっと先なんですけど、結婚しようかと思って、報告に来ました。」
「お、相手は誰や?」
「もとちゃんです。」
「ほお、そうか。良かったやないか。おめでとう。」
瀬戸に肩や腕をパンパンと叩かれ、リュウが照れていると、ドアがバタンと開いた。
「なんや、リュウ来てたんか?」
津田がヌッと顔をのぞかせた。
「リュウ、結婚するらしいで。」
「はあ?誰と?お前、もと子泣かす気やないやろなあ?」
津田の顔がみるみる険悪になっていった。
「相手はもとちゃんですけど、それがなにか?」
リュウも眉間にシワを寄せて津田を睨みつけた。
「なにッ!もと子は俺の女にしようと思っててんぞ。なに手え出しとんねん?」
「ちょっと待て!津田、お前なにが言いたいねん?」
瀬戸は津田とリュウの間に入った。
「津田、お前、リュウがもと子の気持ちに応えてやれへんって怒ってたやないか、リュウがもと子と結婚するのは喜ばしいことちゃうんか?」
「そらそうや。でも、もと子は必死やのにコイツがいつまでも思わせぶりで振り回しよったんや。今は結婚するって言っても、また心変わりしよるかもしれん。あんな切なそうな顔、俺やったら絶対させへんからな。」
津田は瀬戸を通り越してリュウを睨みつけた。
「はあ?何言ってんすか?、もとちゃんを愛人にしようとしてたんは津田さんでしょ。籍は入れへんけど、子供できたら認知はしたるとか。そんなんで、もとちゃんを幸せに出来るわけないやないですか!」
「津田、お前そんなこと言ってたんか?」
食ってかかろうとするリュウの腕を呆れ顔の瀬戸が掴んで止めた。
「やややこしい男やの。お前、子供みたいなこと言うな。素直に喜んでやれ。」
「…あんな、このネクタイな、見えへんけど、スゴイ安物なんや。もと子がなけなしの金はたいて初任給で俺にプレゼントしてくれたんや…」
津田は悔しげに2人を一暼し、ネクタイを大事に撫でながら部屋を出て行った。
瀬戸とリュウがわけが分からずポカンとしていると、瀬戸の部屋の隣、給湯室のドアが静かに開き、ロキが顔をのぞかせた。
「あー、すみません、なんか入りにくくて。とりあえずお茶用意できました。」
ロキが応接セットのテーブルにお茶を4つ置き、瀬戸に尋ねた。
「津田さん、呼んで来ましょうか?」
「いや、いい。失恋したところや。1人にしといたれ。」
瀬戸とリュウ、ロキの3人はソファに座り、お茶を啜った。ロキはリュウに微笑んだ。
「リュウ、聞こえてしもた。まずはおめでとう。短期間で決めてんな。」
「でも、知り合ってからは結構長いねんで、コイツら。」
「そうですね、知り合ってからは何年かなあ?」
リュウが指折りし始めると、瀬戸がさりげなく聞いてきた。
「その、なんや、決めたきっかけとかあるんか?」
「ええ、もとちゃんに同棲しようって言ったらもとちゃん、おれにプロポーズされたと勘違いしたんすよ。困ったなと思ってたら、もとちゃんが、俺と付き合うだけでも奇跡やのに結婚してくれるなんて贅沢やって嬉し泣きし始めて。そこまで言ってくれるんやったら結婚しようって決めたんです。」
リュウは照れて頭をかきながら瀬戸とロキを見た。
「なんや、ごっついのろけられたわ。」
ロキが苦笑いをしてリュウにデコピンを食らわした。痛いっすよ、と戯れあっていると不意に瀬戸が立ち上がった。
「ええこと思いついたわ。リュウ、俺に仲人頼め。」
「…あの、瀬戸さん、独身では仲人できないんですが。」
ロキが困ったように言った。
「そんなん知っとるわ。だから、リュウが式あげる前に俺と八重が結婚したらええんや。」
ロキとリュウはアングリと口を開けて瀬戸を見つめた。
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