第16話 初回講義②-5
興奮冷めやらぬ中、研修生は各自配られたカリキュラム表記載の教室へ散っていった。私はM201教室だ。中に入ると大学の階段教室のようになっており、すかさず一番前の席に座る。自分が超近眼だということもあるのだが、こと授業に限っては一番の不人気エリアであるという点が大きな理由だ。すなわち大半が、黒板の文字が見えるのかわからないような後ろの席に座る一方、私は前で一人ぽつんと静かに授業を受けることができるのである。
しかも先生は授業を聞いてなさそうな後ろの席の子を指名しやすい。これまでそうやって学生生活を送ってきた。まあはたから見ればこんな内面は知る由もなく、ただのがり勉、ガチ勢、まじめ君にしか見えてなかっただろうが。
開始のチャイムとともに、朝のミーティングで壇上に立っていた魔法の教育官の一人が教室に入ってきた。各研修生の配席位置はおおむね予想通り、いや私と同様数人前に座っている人もいるな。えらいえらい。
「さて魔法専攻の研修生の皆さん、改めましておはようございます!」
「おはようございます」
「元気がないですね!もう一度!おはようございます!!!」
「おはようございます!」
小学生かっ!と突っ込みたくなる。二十三にもなってこんなこと言わされるとは思いもしなかった。教育官は満足げにうなずいている。
「朝の元気な挨拶は基本のき、ですからね。元気があれば何でもできますからね」
どこぞの元プロレスラーみたいなことを言っている。
「さてさて、自己紹介が遅れました。私、皆さんの魔法学の授業を担当いたします、マミと申します。全十五回の講義、お付き合いください!・・・・・・で、早速なんですが、今日はお互いの絆を深めあうためにアイスブレーキングをしましょう。誰か好きな人とペアになって自己紹介をしあいましょう。自己紹介が終わればまたほかの人とペアになって自己紹介をしあいましょう。できるだけ多く集めてくださいね。くれぐれもゼロ人なんてことはないように!でははりきってスタート!!そんでもって、ウィンド!」
一気に話した後、マミ教育官の持つ杖の先端が明るい緑色に輝き、緑色の光球が飛び出て周囲にふわふわと浮いている。そして杖を四、五振りすると教育官の手元にあったプリントを光球が包み込み、各研修生の下へプリントが配られた。なるほどこういう使い方もできるのか。便利だ。
それにしても魔法に気を取られて忘れそうだったけど“くれぐれもゼロ人なんて”のところでマミ教育官と目が合ったような気がする。自意識過剰なのだろうか。だが私にとってその視線は恐ろしい。しかも好きな人とペアになってだって?ボッチの私にとっては爆弾発言だ。
よし、配られたプリントを丹念に読んで、丹念に自分の自己紹介を作成して、みんなに聞きに行く時間が無くなってしまった作戦でいこう。あくまで仕方なく、不可抗力で、どうしようなかったのであると装う、これまで生きてきて身につけた立派な世渡りスキルだ。悲しい?へたれ?臆病?情けない?どうとでも言え!一人がいいんだ。
そもそも自己紹介の時間が無駄だ。大事な勉強時間がつぶれるし、なによりどうで もいい人のどうでもいい話を聞かなきゃならない。好きな食べ物とか趣味とか、得意なこと、それと好きなタイプとか。聞いていてうんざりする。
悶々と考え込んでいたらアイスブレーキングが始まった。早速みんなが席を立ち、それぞれペアを作って最初の自己紹介を始めている。それらを完全にそっちのけて、自己紹介は適当に済ませ(だが外からは熱心に書いているように見せかけて)、私は自席でプリントを読んでいた。案の定先生は後ろの席でふざけている研修生に対応して前の方の席の研修生はほったらかしだ。完璧だ。
「一・魔法とは、か。エネルギーの凝縮、放出させる技術の事である。エネルギーの種類ごとに魔法が存在し、呪文も異なる。なるほどね。それで・・・・・・。」
長い時間だった。一コマの授業とは思えないくらい長い。後ろで笑い声が聞こえる。楽しい笑い、嘲笑、苦笑が入り混じる。この教室で起こるマイナスの笑い声をすべて自分が受け止めているように感じた。
胸苦しい。
居心地が悪い。
逃げ出したい。
なぜまたこんな苦痛を社会人になってまで味合わなければならないのだ。
「なに読んでるの?」
その時、自分の中の時間が加速したのだった。
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