お風呂

ちょこちゃんは,お風呂が苦手だ。


「お風呂だよ!」と呼びかけると,すぐにケージの中やテーブルの下に隠れ,いつまで待っても、出てこようとしない。


無理やり引っ張り出し,洗面台まで、抱きかかえるしかない。


そうだ。ちょこちゃんは,超小型犬だから、水浴びは,風呂場ではなく、洗面台でやっている。


洗面台に入れられると,ちょこちゃんは逃げるのを諦めて,シャンプーを毛に混ぜたり,シャンプーを洗い流したり,ドライヤーで乾かしたりされるのをじっと我慢する。お利口さんだ。


ちなみに,ロングヘアチワワのちょこちゃんがお風呂に入ると,立派な毛がぺちゃんこになり,ただでさえ2キロしかない,小さな体がさらにガリガリになる。どうも,ちょこちゃんの体は,半分ぐらい毛らしい。


表情も,嫌なことを我慢しているからか,とても寂しそうになる。


ところが,ドライヤーで毛を乾かし終わると,ちょこちゃんは,いつも生き返るのだ。表情が元に戻り,ますますふわふわになった毛を「見て!見て!」と言わんばかりに,尻尾をふりながら近寄ってくる。


しかし,ドライヤーが終わると,尻尾を振るのは,終わってほっとしているからではなく,ふわふわになった毛を見て,触って欲しいからでもない。ご褒美のおやつが欲しいからだ。

「感心している場合じゃないよ!あんなに我慢したんだから,早くおやつを出し!おやつ!」


ちょこちゃんのおやつを入れている冷蔵庫のドアを開けると,ちょこちゃんが二本の足で立ち上がり,嬉しそうに飛び跳ね回る。


「ちょこちゃん,よく頑張ったね!きれいになったね!お疲れ様!」

と労っておやつを渡しても,いつも返事がない。


ちょこちゃんは,おやつを受け取ると,またすぐにケージの中やテーブルの下に隠れて,ぱくぱくと音を立てて,食べるのだ。


そして,また1週間後に,同じことをするのだ。


お風呂嫌いなちょこちゃんは、犬でよかったのかもしれない。人間なら,毎日お風呂に入らないといけないから。


ただ,ちょこちゃんは知らないなんだ,自分は犬だっていうことを。だから,「犬でよかった!」なんて,思うこともないはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る