辞める時。

黒井羊太

第1話

 何かを辞める時というのは、おめでたいという表現で合っているのだろうか。

 卒業、仕事、人生。期限が区切られている場合には、おめでたいと言われるのかもしれない。

 退学、辞職、自殺。自分の意志や、あるいは他人からの強制力で辞める時には、おめでたいなどとは言われないのかもしれない。

 何にせよ、私はこれを辞める事に決めたのだ。

 固い意志を持って、辞める事にしたのだ。


 不思議なもので、辞めるとなると惜しまれ始める。

 これまで見向きもしなかった人間が、「えぇ? 辞めちゃうの?」「もったいないよ」などと口々に言う。

 あれよあれ。廃線になるって決まると人が寄ってくるような、あの感覚。

 だったら最初からもっと一緒に盛り上がってくれたらいいのに。


 そうはいっても、もう辞めるのだ。辞めるったら辞めるのだ。

 私のこの固い意志は砕けはしない。

 どれくらい固いって、日本一硬いげんこつせんべいくらいに固いのである。

 ちょっとやそっとで噛みついたら大けがしちゃうぜ、ふふん。


 だけどもやっぱり惜しまれると、あっという間に絆されて、ふやかされて意志は折れるのだ。

 私は既に迷い始めている。

 辞めるべきか辞めざるべきか。

 それが問題なのである、いつの時代も。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

辞める時。 黒井羊太 @kurohitsuji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ