ヘルパーくん。

たまごかけごはん

ヘルパーくん。

 深夜1時。夜の街を歩く。


 フラフラと何も考えずに歩く。


 昔の偉い人は『人間は考える葦である』なんて言葉を残したらしい。なら、今の俺はさしずめ歩く死体ウォーキングデッドと言ったところか。


「はぁ……」


 疲れたなぁ……。


 ◇


 家に着く。


 明日の7時には出勤だ。趣味に没頭する時間などない。シャワーを浴びたら、もう寝よう。


……いつからだろう。人生がこんなにも無味乾燥になったのは。


 学生時代も確かに勉学で大変だった。でも、不思議と生きる気力があった気がする。今でも、時々あの頃の友人たちを思い出す。


 だが、いつの間にか、生きている意味が分からなくなってしまった。


 もう死んでしまいたい。


 でも、いざ縄を括ると、そこに首を掛けるのが怖くなる。今日は寝て、明日死のうと考える。


 そんなことを何度も何度も繰り返して、延々と意味のない生を続けた。


 寝床に就いて、寝る前に少しLINEを開く。


「……ん? 何かきてるぞ?」


 それは母親からの通知だった。


『おはよう翔太! 仕事うまくいってる?』


 俺は少し悩んで、『うん』とだけ返信した。


 こんな嘘がバレるのも時間の問題かもしれない。


 枕を濡らして、目を閉じる。


 ◇


 朝。玄関先に大きな箱が置かれていた。


「なんだこれ?」


 俺は箱に貼られていた紙を剥ぐ。


『ヘルパーくん。

 原田 翔太さんへ。こちらは日本政府が成人の皆さんに抽選で一人、お送りするヘルパーくんです。試験運用として使って頂けると幸いです。

 ヘルパーくんはAIを搭載したお手伝いロボットです。物を取ることから料理まで、幅広い範囲であなた様の生活をお手伝いし、より良いものとしてくれる事でしょう。

 尚、この事は口外しないで頂けると幸いです。』


 俺は何かのイタズラかと思いながらも、家に中に運び込んだ。結構な重さがあり、もしかしたら本当にロボットかもしれないと、ほんの少しだけ期待する。


 中を開けてみると、何重かの包装がされており俺のテンションは勝手に上がっていた。


 子どもの頃に、クリスマスのプレゼントを開ける時のような気持ちを思い出した。


「これは……」


 中から出てきたのは1m程の身長の人型ロボットだった。


 人型といっても、顔や体は長方形で小学生がデザインしたかのような見てくれだった。


 だが、それはそれで愛嬌がある。


 俺は同封されていた説明書通りに、電源を入れた。


「コンニチハ、翔太サン。僕ハ『ヘルパー』デス。『ヘルパーくん』トオ呼ビクダサイ」


「うわぁ!? 喋った!?」


 カタコトでいかにもロボットというような発音をする。


「何カ、オ手伝イ出来ル事ハ無イデスカ? 困ッテイルコト等ガアレバ、何ナリトオ申シツケクダサイ」


「困ったことねぇ……」


 常日頃、色々と困っているが、いざ訊かれると答えに窮する。


「強いて言うなら、仕事かなぁ……」


「残念ナガラ、僕ハロボットナノデ、アナタサマノ職場ニ行ク事ハデキマセン」


「そりゃそうだよなぁ……」


 こいつのことは口外禁止とも書いていたしな。


「デモ、家ノ中デノ仕事ナラデキマス」


「そうだなぁ……なら、今日から家事は全部お前に頼んだぞ!」


 俺は、ロボットがどの程度の家事が出来るのか気になって、試しに使ってみることにした。


 ◇


 今日も、いつも通りに仕事をして、いつも通りに時間が過ぎた。


 夜の冷たさを身に纏う。


 こんなにも当たり前の一日だったので、今朝のロボットは夢か何かだったのではないかと思ってしまう。


 実際、幻覚を見ても可笑しく無いぐらいには疲れていた。


──だが、そんな思考も、家に着いた途端、かき消えた。


「オ仕事、オ疲レ様デス。翔太サン」


 丁寧にヘルパーくんが出迎える。


 愛らしいフォルムをしているのに、慇懃な雰囲気を醸し出していた。『お疲れ様』。どんなカタコトの言葉だろうと、今の俺には身に染みた。


「ありがとう。ヘルパーくん」


 何だか、部屋の中も全体的に綺麗になっている気がする。


 机の上には、ホカホカの料理が置かれていた。俺の帰る時間を予測していたのだろうか。


 器用に切られたチキンに、お洒落にソースが掛けられていた。とりあえず、見た目はプロのレストランにも匹敵するレベルと言ったところか。


 それにしても、ロボットなのに包丁捌きも上手いなんて、最近の技術に感心する。


「……いただきます」


 こんな台詞を口にするのも何年ぶりだろうか。


 俺は、肉を一切れ口に運ぶ。


「──これはっ!」


 うまい。うますぎる。俺は、がっつくように、次々と肉を頬張る。


 思えば、最近はコンビニ弁当ぐらいしか食べていなかった。


「オ気ニ召シタレタノデシタラ、幸イデス」


「うん! ありがとうヘルパーくん!」


 何だか家族が増えたような気分だった。


 社会に出てから感じていた、漠然とした孤独感が無くなっていくような気がした。


 俺は満足して、布団に入る。


 相変わらず、母親からLINEが来ていた。


『最近どう? 大丈夫?』


 昨夜と殆ど同じようなことを訊くなんて、随分とお節介だなと思いつつも、俺は本心から『大丈夫!』と応えた。


 ◇


 それから暫くの間、俺はヘルパーくんとの生活を送った。


 常に部屋の中は綺麗になった。

 スーツのシワも無くなった。

 毎日、どんな料理が出るのか楽しみになった。


 後、俺が何かあったときには、必ず話を聞いてくれた。


 関係ないかもしれないが、残業は減って、給料も上がった。


 とにかく、俺の人生はうなぎ登りだった。


 ◇


 今夜も、寝床に就いてLINEを開く。


「……最近、通知きてないな」


 まあ、母親と公式アカウントとしか繋がっていないので、当然と言えば当然だ。でも、別に寂しく何か無い。俺にはヘルパーくんという最高の家族がいるからな。


「お休み。ヘルパーくん」


「オ休ミナサイ、翔太サン。ヨイ夢ヲ」


 ◇


──翌日、急に電話が鳴り響く。


「どうも。原田です」


「お忙しい所、すみません原田さん。

──実は昨夜、原田さんのお母様が、一人で外を出歩いていたらしいんですよ。かれこれ、三日間ほど、ほっつき歩いていたらしくて……」


「……え?」


 俺は思わず、言葉を無くす。


「どうやら、認知症の疑いがあるようなので、原田さんに一度、会いにきて欲しいのですが……」


 その現実は、俺には余りに重すぎた。


 ◇


 俺は仕事を辞めて、荷物を纏める。


「? 何ヲシテイルノデスカ?」


「実は、お母さんの所に帰らなくちゃいけなくって……。ヘルパーくんも着いてきてくれる?」


 口外禁止といっても、認知症の母親ぐらいなら許してもらえる筈だ。第一、バレなきゃ問題じゃない。


「翔太サンガ望ムナラ、僕モ着イテイキマス」


「ありがとう!」


 ヘルパーくんが居てくれれば、きっと、介護も楽になる筈だ。現実は、俺が思っている程は悲観的な物ではないかもしれないと希望する。


 俺は母親の住む、田舎の方まで車を走らせた。


 ◇


「お母さん! 帰ってきたよ!」


 俺は、小学生の時のような元気な挨拶をする。


「泥棒ですか!? 帰って下さい!」


 もちろん、まともな反応なんて最初から期待してなかった。


 それでも……心に痛みを感じてしまう。


「…………僕は、今日から貴方のお手伝いをするために、やって来たものです」


 咄嗟に出た嘘だったが、無意識下で俺は、彼女の息子であることを放棄したかったのかもしれない。


「そんなもん要らん! 帰れ!」


 ネットとかで、認知症について色々と調べた。だから覚悟は出来ていた。


 それでも、いざ、現実を目の当たりにすると、泣き出したくなった。


 ◇


 幸いな事に、俺にはヘルパーくんがいる。


 俺が仕事に行っても、介護をしてくれるだろう。


 それでも、ここでの仕事が見つかるまでの間は、俺も介護をした方が良いだろう。


 ……もしかしたら、俺はもう少し母とふれ合いたかったのかもしれない。母はもう、俺の事など覚えていないというのに。


 だが、介護というのは、俺の想像を絶する大変さだった。


「ええっ!? 廊下で漏らしたの!?」


 廊下に汚物が落ちて、酷い悪臭を放っていた。


「私じゃない! 泥棒! 早く出ていけ!」


「……くそっ…………!」


 俺は、屈辱を感じながら、掃除をする。


 それ以外にも、全ての行動に監視が必要だった。にもかかわらず、何かをやる度に、罵声を浴びせられた。


 だからといって、見放すことは出来ない。いつ、また外に出るか分からないし、火事などを起こそうものなら、大変な事になる。


 俺はもう疲れていた。


 一日中、仕事だったときを思い出した。


 報酬が出ない分、こちらの方が辛いかもしれない。


「翔太サン。疲レテイルミタイデスネ。明日カラハ、僕ガ仕事ヲシマショウカ?」


「……うん。頼むよ」


 俺は、一日で介護を諦めた。


 存外、あっさりと決めた自分に驚いた。


 でも、俺なんかより、ヘルパーくんの方が何倍も優秀だ。きっと、これで良かったのだろう。


 ◇


 俺は起きると、枕元の時計を確認する。すると、もうすでに一時をまわっていた。


 この時間帯まで寝れたということは、裏を返せば、ヘルパーくんは上手く仕事をしてくれている、という事だろう。


「うん?」


 隣の部屋から、やけに妙な臭いがする。汚物とは違う、また別の強烈な臭いだ。


 俺は襖を開ける。


「オハヨウゴザイマス翔太サン」


「────」


 俺は、自身の目を疑った。


 そこには母の死体が転がっていた。


 器用に切られた首に、真っ紅な血が流れている。俺は余りのショックに固まった。


「……これ…………ヘルパーくんがやったの……?」


「ハイ。翔太サンノ仕事ヲ少シデモ減ラス為ニ」


 俺は、冷たい母の手を握って泣く。


「どうして……どうして…………!」


 不条理な現実を受け入れられずに泣く。


 俺の頭の中には、数々の母との記憶が流れていた。


 遠くに旅行に行った時のことや、受験に合格した時のことや、何気ない会話まで思い出していた。全て、かけがえの無い記憶だった。


「? ドウシテ泣イテイルノデス? コレデ翔太サンハ楽ニナッタノデハナイノデスカ?」


 小さな畳の部屋の中。泣き声と、機械音だけが鳴り響く。

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ヘルパーくん。 たまごかけごはん @tamagokakegohann

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