おとなりさん(仮題)
吉沢春
未来予知
未来予知 1/1
俺はしがないサラリーマンだが、ひとつだけ特技がある。
未来予知ができるのだ。
自分の能力に気付いたのは、休日の競馬場だった。負けが続き、パドックを眺めながら「勝つ馬がわかればいいのに。未来、未来、未来……」と冗談半分に念じると、だんだん脳裏に映像が浮かんできた。それは、レース後にはずれ馬券を投げ捨てている自分の姿だった。ふざけるな、と一番人気の馬、二番人気の馬を単勝で買ってみたところ、三番人気の馬が勝った。思わず俺は脳裏の映像のようにはずれ馬券を投げ捨てていた。
周りに未来予知のできる奴なんていないから、これが未来予知のスタンダードなのか否かはわからない。が、とにかく自分に大きな利益をもたらしそうなことは予知できないことが何度も試してわかった。降水確率が中途半端なときに、雨が降るかどうかわかるくらいのことには使える。これくらいは利益のあることにカウントされないらしい。降水確率よりもこの能力が中途半端だ。
俺は頭が悪いから、中途半端な未来予知を有効に使う
自分ではなく、他人に利益のあることだったらどうだろうか。
ない頭が急に冴え光が差した。と、思った。
幸せなことが起こるならばそれを教えてやり、不幸なことが起こるならばそれを未然に防ぐのだ。これ以上ない使い方ではないか。
結論から言えば、それは失敗に終わった。
自分の実験のときと同じように競馬場に行き、適当に人を選んで「未来、未来、未来……」と念じてみた。
負ける未来の人が大半だったが、もちろん勝つ未来の人もいた。ガッツポーズをとっている映像が見えたとき、その事実に俺もガッツポーズしたほどである。思わずその若者に声をかけた。
「あなた、次のレースは大きく賭けたほうがいい。絶対に勝てますから。騙されたと思って」
「誰だよお前、気持ちわりいな。向こう行けよ」
無下に突き飛ばされ、俺は尻もちをついた。が、遠ざかっていく若者から目を離さず、彼が勝つかどうか動向を見守ることにした。
彼は勝った。脳裏の映像と同じようにガッツポーズをとっていた。俺も一瞬喜んだが、すぐに我に返った。これは、俺が声をかけようがかけまいが、あらかじめ決まっていたことではないのか。
その次のレースで勝つ未来の人を再び探してみた。そして、脳裏の映像でガッツポーズをとった初老の男を、声はかけずに追った。案の定、彼は勝ったが、同時に俺の介入などなんの意味がないこともわかった。
こんな能力、使わない方がいいのではないか。そんなことを考えながら会社を後にした日のことだ。
自宅アパートの近くに、白いワンピースを着た女性がいた。何かを探している様子だった。足元を見ながら、うろうろと同じ場所を行ったり来たりしていた。
「何か、お探しですか」
下心もあったのかもしれないが、基本的には親切心からそう声をかけた。
「ええ、車の鍵を落としてしまって。このあたりだと思うんですけど……車に眼鏡が置いてあって、よく見えないんです」
顔を上げた彼女は美人だった。
「ぼくも探しますよ」
「え、いや、でも」
「暇なので気にしないでください」
しかし、鍵はなかなか見つからなかった。辺りはもうすっかり暗くなっていたし、このあたりだと言う彼女の言葉も時間が経つにつれ自信がなくなってきたようだった。
「あの、やっぱりこの辺じゃないのかも。申し訳ないので、あとはわたしひとりで大丈夫です。すみませんでした」
そこで思った。未来予知で鍵を拾う映像がもし見えたならば、その場所を教えてあげればいいのではないか。いや、どうせ俺の介入は関係ない。その映像が見えたのならば教えなくても鍵は拾われる運命ということなのだが、やはり若い女性から感謝されたかったのである。
「未来、未来、未来……」と念じてみた。今いる場所よりもやや離れた、公園の植え込みで鍵を拾う女性と自分の姿が見えた。
「もう少し手伝わせてください。あっちの公園のあたりとか、見てみましょうよ」
俺が促すと、女性はすまなそうにこくんと頷いた。植え込みを探すと、鍵はあっけなく見つかった。彼女はこれでもかと言うほど頭を下げながら、近くに停めていた軽自動車に乗り込んだ。
そこで
赤いワンピースが見えた。押し潰された車のウインドウ越しの彼女は、ぴくりとも動かなかった。
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