第一部 あなたが笑っていてほしいから

第1話 どこでも海苔の完成ってことよ☆

 「嗚呼、になりたい」


 スマホを額に乗っけて貧乏ゆすりをする女子高生がいた。

 熊沢明子くまざわあきこ、十七歳。高校二年生。血液型はO型。アッシュブラウンのショートヘアーで釣り目が特徴的な普通の女子高生である。

 ところで、二十秒与えるので、明子と同じことを実際に再現してみてほしい。








 分かっただろう。言わずもがな、アホである。


 「ムリね。あなたの知能数ならプラナリアの頂点にしか君臨できないわ」


 常人では逆上するような暴言を明子に吐いたのは。

 景山翠かげやまみどり、十八歳。高校三年生。血液型はAB型。黒髪ストレートヘアのお嬢様といった気品あふれる容姿をしている。

 マックブックとサーフェスを開き、株価をチェックしながら『海洋プラスチック汚染の問題点と改善』という論文を書いていた。

 ねいちゃー? とかいう論文雑誌に投稿するらしい。

 ところで、三日与えるので、翠と同じことを実際に再現してみてほしい。














 ~三日後~

 分かっただろう。言わずもがな、宇宙人だ。


 そんな二人に挟まれて無言でマインスイーパーをやっているのが俺だ。

 大平努おおだいらつとむ、十八歳。翠と同じクラスの高校三年生。血液型はA型。髪の毛は黒色で、短くも長くもない。とりあえず前髪は目にかかっていない。

 学校の成績も中の中、スポーツテストも中の中、恋愛経験も中の中、スライドガラスにカバーガラスをつけてプレパラートを作る技術も中の中といった、ザ・ド凡人だ。


 「頂点、君臨、神! そうか、私神の素質があるのか!」

 「そうね。頭の中が、けしの花一色でおめでたいことね」

 

 スマホを額に乗せ、貧乏ゆすりをし、さらにガッツポーズをする明子。

 顔色一つ変えず、眼球だけを左右に動かす翠。

 そしてマインスイーパーをする男。

 これが俺たちのいつもの日常だ。


 「なあ、努は鬼才って何だとお――」

 「バカとアホの狭間」

 「即答! ……って、どゆこと?」

 「アホは何にもこだわりがなく、ただ人と時代の流れに身を任せる人のこと。バカは一つのものにこだわるやつのこと。でもその固執したものを精度を上げて鍛錬すれば誰にも負けない武器になるってこと。その武器を得たやつが鬼才。だから、バカとアホの狭間」

 「中二病乙」

 「うるせぇ。じゃあ翠は何だと思うんだよ」

 「ノーベル賞受賞者」

 「わかりやすいな」

 「ええ、あなたよりかは、ね」


 俺はちらりと翠を睨みつけたが、翠は気づくはずもなくひたすら目の前のことに集中している。


 「ま、――」


 ま、絶世の鬼才さんには俺の雄弁は理解できないでしょうね。と言いたかったが、ここで不毛な悶着をしても火に油を注ぐだけだから止めておいた。


 「そっかー! なるほど分かった!」


 分かってない。


 「つまり、鬼才はラーメンでリチウムイオン電池作る人のこと言うのか!」

 「拘り《こだわ》ってそういうことじゃねえから!」

 「その通りだわ明子。あなたニュートンを超える鬼才ね」

 「豚をおだてるな! 違うぞ明子」

 「違うの? でも出来たら鬼才だよね」


 明子はスマホをつまみ上げ、キラキラとした目で俺を見つめてきた。

 また素っ頓狂なことを言い出す。


 「そら鬼才超えて神才しんさいだろうよ」

 「神才かぁ……語呂いいね!」

 「どう考えても最悪だろ」


 すると翠がおもむろにかばんからスマホを取り出した。


 「着いたわね」

 「は?」

 「お待たせしましたー、ユーバーイーツです!」

 「こんなこともあろうかと、チャーシュー麺を頼んでおいたわ」

 「いいや、ブタメンの早さ!」


 翠からお代をもらうと緑色の服を着たおじさんは颯爽と姿を消した。

 

 「ありがとう翠! あとはリチウムを用意すれば実験できるわね。リ、チ、ウ、ム、は、どこかなー」


 明子は理科室を徘徊し全ての棚の扉を開けていった。

 あ、そうそう。プラナリアとプレパラートの下りで分かってた人も多いと思うが、俺らがいるのは理科室だよ。


 「リチウムは左から二番目の棚の三段目右端、ニッケルの隣」


 翠が棚のほうに目も向けず、淡々と教えた。


 「お、あったあった」

 「てかさー、明子。お前本当にリチウムイオン電池の作り方知ってるの?」

 「知らないよ」

 「は? 知らないのに作れるわけねぇじゃん」

 「知らないけど作れたから“鬼才”なんでしょ? だからあの人もノーベル賞とれたんでしょ?」


 明子にしては論理的な詭弁じゃないか。


 「それじゃ作るわよ。イオン電池の作り方の要領でぇ……」


 意気揚々と明子は豚骨ベースの醤油スープにつけたリチウムと全粒粉麺に電極をぶっさした。

 麺が炭素ってわけか。一度イカ墨パスタくらい焦がさないとダメだろ。

 ちなみにセパレートは海苔二枚である。

 電解質のスープがガバガバに流れ込んでいる。


 「イッツショート!」

 「爆発させてどうすんだ!?」

 ボカーァン!

 


 「……綺麗な三段落ちね。昭和の古き良きお笑いを見ている感じでノスタルジックな気分になったわ」

 「言ってる場合か! 明子黒焦げになってるぞ!」

 「こういう時鉄板としては、アフロヘアになっているのだけど、明子の毛量で足りるかしら」

 「どこ心配してんの?! おい、明子大丈夫か!」


 煙が薄くなり、明子の顔が見えてくる。……いや見えてこなかった。

 なぜならそこにいたのが、眼鏡をかけ額からつむじまで禿げた白髪姿のご老人だったからだ。


 「吉野先生?!」

 「はっ! 吉野教授。ご無沙汰しております」


 ご老人は目をこすり、パチクリさせるとようやく視力が戻ってきたのか、俺らの存在に気づいた。


 「おお、翠ちゃん。その節はどうも。……ここは君の学校かい?」

 「そうです。しかしなぜ教授がここに?」

 「いやぁ。私も分からないんだよ。研究室で成功するはずの実験をしていたら、突然爆発して、気づいたらここに飛ばされてたんだよ」


 吉野先生は腕を組み何度も左右に首をかしげた。

 翠も顎に手を当て深く考え込む。

 すると二人は同時に「はっ!」と閃いたような顔をした。


 「ま、まさか……」

 「ええ、そのまさかかもしれません」

 「そう! そのまさかだよ!」


 振り返ると目の前で実験をしていたはずの明子が、後ろの理科準備室の扉を開けて現れた。


 「私が吉野先生を呼んだの!」

 「明子が呼んだぁ?」

 「そう! リチウムイオン電池を作るときに、舞い降りてきてー、舞い降りてきてー吉野先生ーって願ったら、どろどろに溶けた二枚の海苔に電流がビビビッて走って、その間から煙と一緒に転移してきてくれたの!」

 「それってつまり……」

 「そう、どこでもドアならぬ、どこでも海苔の完成ってことよ☆」


 明子はウインクし右手のピースを目の近くに付けポーズを決めた。


 「こうしてはおれん! 翠ちゃん、明子殿! 早速わしの研究室で臨床実験じゃあああああああああああああ」

 「はい、教授!」

 「はい、先生!」


 台風の如く三人は理科室から飛び出し、迎えに来たヘリコプターに乗って飛び去って行ってしまった。

 もぬけの殻になった理科室で一人ぼっち。

 焼け焦げたどんぶりや、ごみを片付けながらこう思った。


 「これは

 ――――


後日、通学路にて。

 「そういえば、この前の月曜劇場の続きどうなったの?」

 「ああ、アレ? なんか犯人が飛行機並みのグリフォンに連れ去られたと思ったら、ミラージュ王国の王様の養子に迎え入れられて皇子兼魔王討伐の英雄になったって感じだったよ」

 「それはダサい」

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