我が家に可愛い彼女がやって来た

月姫乃 映月

我が家に彼女がやって来た日

第1話

「今日から一緒に住まわしてください」

「…………は?」


 再び訪れたあまりにも衝撃な出来事に俺は冷えた家の玄関で固まっている。


「すまん。もう一度言ってくれ」

「あれ、聞こえなかった? 今日から一緒に住まわせてください」


 どうやら俺の聞き間違いなんかじゃなかった。いや、そんな可愛らしく首を傾げて言われても…………

 

「おーい、悠斗ゆうとくーん」


 直立不動で反応の無い俺の顔の前で、一之瀬小春いちのせ こはるは何度も手を振る。

 何が起こっているのか分からない。ただ、俺の目の前に居る美少女は俺の彼女だということだけしか分からない。


 さかのること数時間前の学校での出来事。

 俺は日直の当番だったこともあり、下校がいつもよりも遅かった。

 今日はこの地域で今年最高の寒さを記録して雪も降っていた。そんな寒い中ゆっくり歩いて帰りたくなかったので、少し小走りで帰ろうと走った。

 だが、校門を出た瞬間に誰かに腕を掴まれ、滑って転びそうになった。

 俺の腕を掴んでいる手のある方を確認した。俺の腕を掴んできたのは、同じクラスで学年一の美少女と言われ、学年一の人気を誇る人生の勝ち組である、一之瀬小春だった。


「待って!」


 小春は口元をマフラーで隠し、腰まで伸びた綺麗な黒髪には雪がついている。

 口元をマフラーで隠している割には、タイツも履いていないし手袋もしていない。寒さ対策にしてはマフラーよりもそっちを優先した方が良いんじゃないと思った。


「何? 急に」

 

 小春は俺の腕から手を離し、一歩近づいて来た。

 近くで見ると、マフラーで口元を隠しているからか、少し見える小春の頬が赤いのが分かる。

 小春は胸の前で小さな拳を作っている。寒さか緊張かは分からないが小さく震えているのが分かる。


「好き」


 あまりにも突然の告白。俺は何も返事ができずに立ち尽くすことしかできなかった。その時は何故か寒さは感じなかった。

 俺は今、人生で初めて女子から告白された。それはもう突然に。しかも学年で一番可愛いと言われている一之瀬小春に。あり得るのか? そんなこと。

 いや、でも確かにこれは夢でもない、現実のはずだ。


「だから、付き合ってください」


 一瞬罰ゲームか何かなのかと思った。今どこかで誰かがこの状況を見て楽しんでいるかもしれないと、辺りを見渡した。だけど辺りに人は居ない。


「私は本気だよ? 罰ゲームとかそういうのじゃないよ」


 俺の考えていることを察したのか、小春は可愛らしい声でそう言った。

 本当に可愛らしい声だ。


「ねぇ。返事、まだ?」


 小春は更に一歩近づき、可愛らしく上目づかいで返事を要求してきた。

 俺は小春とはそんな親しい仲ではない。なんなら数えられるくらいしか会話をしたことがない。

 俺はさっきから疑問に思っていることを小春にぶつけた。


「なんで俺を好きなの?」


 小春なら俺なんかよりもかっこよくて優しい人を選び放題なはずだ。そんな小春が俺に告白なんてやはり信じられなかった。


「何でって言われても、気づいたら好きになってたの」

「なんだよそれ……」


 気づいたら好きになっていた? 人違いじゃないのかと疑った。

 いったい俺のどこに惹かれる要素があると言うのか。


「ねぇ、早く返事聞かせてよ。寒い。早く言ってくれないと抱きついちゃうよ?」

「分かった。付き合う」


 寒すぎて抱き着いてこようとする小春の告白に俺はオッケーをした。

 別にここで小春の告白を断る理由はない。あまり関りが無いのは事実だが、これからゆっくりと関りを深めていけばいいだけの事だ。


「やった! じゃあ今日からよろしくね。またね」


 小春は満面の笑みでそう言い残して帰っていった。


 それが数時間前の出来事。

 そして今、ついさっき俺――――高崎悠斗たかさき ゆうとに告白してきた一之瀬小春が目の前で一緒に住ませてくれと言っている。

 

「さ、寒いよ」


 俺もドアを開けっぱなしで固まっているので寒い。


「とりあえず上がって」


 俺は大きな荷物を持っている小春を家に招いた。

 小春はリビングの隅に荷物を置き、俺の元へやってきた。


「今日からよろしくね。悠斗くん」


 小春は、なんでも許してしまいそうな可愛らしい笑顔でそう言った。


「なんで急に同棲なんてしに来たの。俺達はついさっき付き合い始めたばかりだろ?」


 付き合い始めて時間が経っているなら分からなくもないが、俺と小春が付き合い始めたのはほんの数時間前の出来事だ。


「うーん。私、どうせ家に帰っても一人だから」


 小春は少し寂しそうにそう言った。

 

「一人? いつか親が帰って来るんじゃないの?」

「私小さい頃に両親が離婚してね。私はお父さんに付いていったんだけど、お父さんは海外に良く出張に行ってて中々日本に帰ってこないんだ」

「じゃあ母親についていけば良かったんじゃないの?」


 俺は思ったことを口にしてしまっていた。本当なら、大変なんだな。くらいの言葉をかけてやっても良かったのかもしれないが、同情されるのが嫌かもしれないから素直に言うことにした。


「離婚の原因はお母さんにあるの。お母さんが不倫をしていてね。不倫相手の男性と結婚するには私が邪魔だったんだって。だから私はお父さんに付いていったの」


 他人の家庭の事とはいえ、俺は自分の子供を邪魔者扱いするその母親にはらをたてた。

 小春も邪魔という言葉を言った時は物凄い悲しそうな表情をしていた。俺は今日から小春の彼氏になった。彼氏である以上、彼女を幸せにするのは当然だ。

 小春はもう十分に悲しんだはずだ。なら後の人生は存分に幸せになってほしいと思った。


「そうだったのか。分かった、同棲しよう」


 小春をこのまま家に帰して一人寂しい思いをさせるくらいなら同棲した方が小春も少しは寂しくなくなるはずだ。


「本当に⁉ ありがとう、悠斗くん」


 さっきまで悲しそうな表情をしていた小春は笑顔に戻った。


「とりあえず俺の家にはベッドが一つしかないからな。敷布団でも買いに行くか」

「いいよ、悠斗くんと添い寝すれば」

「いや、シングルベッドで添い寝は流石に狭いし無理だろ」

「私そんなに太ってない!」

「別に小春が太ってるなんて一言も言ってないだろ」


 勝手に解釈されて怒られても困る。


「じゃあ実際にベッド見てみるか? 本当に無理だぞ?」

「うん、見る」


 添い寝を諦めない小春を俺の部屋へ連れて行き、無理だということを見て証明しようとしたが。


「実際に添い寝してみないと分からない」

「は?」


 そう言う小春は俺のベッドで横になり、隣に俺を誘導してくる。


「ほら、悠斗くん」


 甘く可愛らしい声に俺の脚は勝手に動いていた。


「……はぁ、どうなっても知らないよ」


 小春は壁側に横になっているので、俺はベッドから落とされることを覚悟して小春の隣で横になった。案の定、俺はベッドから落とされた。

 痛い……


「ほらな、狭いだろ?」

「むぅ~。添い寝したかったのに」

 

 小春は少し頬を膨らませながらそう言う。


「さっきしただろ? ほら、敷布団買いに出かけるぞ」


 結局、俺と小春は近くに布団が売っている店へ、敷布団を買いに行った。

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