君と入れ替われたら②




それからのことを楓真はあまり憶えていない。 記憶にモヤのようなフィルターがかかり、目を開けると異様な違和感が襲った。


―――ん、頭が重い・・・。


頭だけでなくベッドの心地や今見ている天井までも何かおかしい。 どう見ても自分の部屋の自分のベッドではない。


―――ッ、もしかして!

―――本当に燿と入れ替わったのか!?


昨日神に願ったことが叶ったのかと思い慌てて起き上がろうとする。 その時傍からガタン、という音が聞こえた。 見ると腕が色々なチューブで医療機器と繋がっている。


―――これだと動けないか・・・。

―――病室にある鏡を見に行きたいけど、どうしようかな。


考えているうちに病室にノックの音が響き渡った。 中から挨拶もなしに看護師の女性が入ってくる。 起きている楓真を見て驚いた顔を見せた。


「燿くん!? よかった、目覚めたのね」


―――燿?

―――お姉さんには俺が燿に見えている。

―――ということは、やっぱり願いが叶ったんだ!


喜びたいところだが、今は人前ということもあり我慢した。


「一週間もの間ずっと眠っていたのよ。 どう? 調子は」

「大丈夫です」


その後は先生を呼び色々と検査や事情聴取が行われた。 そして帰り際には自殺未遂をしてしまったためか『カウンセリングを受けるように』とも言われてしまった。 それは仕方がないことなのだろう。

先生と看護師が退室すると深く息を吐く。


―――今頃、燿は驚いていることだろうな。

―――無理もない。

―――でも俺はこの結果でよかったと思っているから。


朝食を終えゆっくりしていると、廊下から足音が聞こえてきた。 それは自分の部屋の前でピタリと止まりノックもなしにドアが開かれる。 何となく予感があったのかもしれない。 

現れた“今まで鏡で見慣れた自分の姿”を見ても穏やかな口調で話しかけていた。


「おはよう」

「おはようじゃないよ、兄さん!」

「兄さんじゃない。 僕は燿だよ?」


自分の姿をした燿が駆け寄ってきた。 既に燿になりきる準備はできている。


「いや、兄さん何を言っているの? この僕たちの姿は何!? どうして僕が今目の前にいるのさ!?」

「・・・昨日、神社へ行って神に願ってきたんだ」

「神社?」

「そう。 願いが叶うって、有名な神社。 俺と燿を入れ替えてほしいって」

「はぁ・・・!? どうしてそんなことを願ったの!」

「俺だったら燿の環境に耐えられる。 もう燿は苦しまなくていいんだよ」


そう言うと燿は思い出したかのようにポケットの中をまさぐる。 それを見て言った。


「もう全て読んだよ」

「・・・」

「燿。 これからは“楓真”として生きろ。 大丈夫、俺は燿の人生を壊そうとはしない。 何を言われても下手に抵抗はせず上手くやるから」

「兄さん・・・」

「兄さんじゃなくて燿。 そして、自分のことは俺呼び。 分かった?」

「・・・」

「ほら、もう兄さん学校だよね? 僕はもう大丈夫。 遅刻するから行ってきなよ」


そう言うと燿は渋々頷いた。


「・・・分かった。 後で、お父さんとお母さんも様子を見にくるって」

「ッ、そう」


そう言って燿は泣きそうな顔をして去っていった。


―――燿、これでいいんだよ。


数時間後、両親が来た。 表情から見るに、どことなく気まずそうだ。


「燿、目覚めてよかったわ。 調子は、どう?」


本当の母親であるはずなのに作り笑顔を浮かべているのが分かった。 元々楓真の父親と燿の母親は燿のことを嫌っているわけではない。 とても大切に想われていた。 

だから本来燿に対して気まずく接する必要がないのだ。 二人が今気まずそうな理由を楓真だけが分かっていた。


―――まぁ、仕方ないよな。


そう流すことにした。 この後はリハビリを繰り返し数日後何とか退院することができた。



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