あのーなんかいい感じにいい感じでアレしてください #6

 だが――同時に、冷酷な理性が「こんなことをしている場合ではない」と告げていた。踏みにじられようとしている牙なき人は、フィンの世界にもいるのだ。オブスキュアの人々は哀れだが、筋道の面から言ってもフィンが優先すべきは故郷の人々の方である。

 懊悩に頭を抱える。


「……シャーリィ殿下。」


 厳かな声が、総十郎の口から発せられた。


「あなたはふたつの点において無責任である。」


 ぴくり、とシャーリィの肩が反応する。


「第一に、一国の貴顕たる方が軽々しく頭など下げるべきではない。それはあなたの愛したオブスキュアという国の権威に対する裏切りである。権威とは虚構だが、虚構こそが人をまとめ上げうるものである。」

「……し、しかしっ!」


 顔を上げて言い募ろうとするリーネを、シャーリィの手が押さえつけた。


「第二に、『あらゆる便宜を図る』などという非現実的な契約を、たとえ口約束であろうともしてはならない。断りもなしに招き、協力をとりつけようという後ろめたさから出た言葉であろうが、あなたは今非常に危険な言質を取られたことに気づいてゐないのか。小生ならば、その言質だけでオブスキュアを破滅に追い込むことも可能である。国益よりも己が良心を優先するような人間に、民の上に立つ資格はない。」


 シャーリィの体は、細かく震えていた。

 さすがにたまらなくなって、フィンは口を開きかけるが――その瞬間に目の前に総十郎の掌が出現していた。

 いいからここは任せたまえ――と、言外に告げていた。


「あなたは頭など下げるべきではなかった。お願いなどすべきではなかった。ただ、協力せぬのなら元の世界に帰してやらぬと脅すべきだった。聞けば、英雄召喚の儀はあなたにしか執り行えぬと言う。その強みを最大限生かすべきであった。情にほだされ、判断を誤ったのだ。その上で、あなたの『お願い』に対する小生の返答は、こうだ。」


 ふっ、と。

 空気が変わった。


「――喜んで、あなたのために戦おう。我が撃刀たちかきはあなたに捧げよう。あなたが倒せと言ったものを倒し、守れと言ったものを守ろう。」


 がばりと、主従は同時に顔を上げた。

 透明な美しい雫が、かすかに零れた。


「シャーリィ殿下に、リーネどの。小生はどうやら、あなたたちのことが好きになってしまったようだ。好ましい人のために何かしたいと思うのは本能である。小生、本能には抗えぬなあ。」


 晴れやかな微笑が、総十郎の麗貌に満ちた。

 シャーリィは、目尻に涙を溜めた笑顔でそれに応える。


「す……っ!?」


 対照的に、ボン、と音がでそうな勢いで顔を赤らめるリーネだったが、すぐに頭を振ってあらぬ連想を追い散らしたようだ。


「きゅ、急に心臓に悪いことを言わないでいただきたいっ!」

「おや、素直な気持ちを述べたまでだったのだがな。……それで、フィンくん。君はどうする? 小生としては、味方は多い方が心強いが。」

「しょ、小官は……」


 目じりを下げ、不安に瞳を揺らめかせる。

 すぐに元の世界に戻らねばならない。だがそれはオブスキュアを見捨てるということだ。

 どうしよう。どうすれば。


「……ふむ。」


 総十郎の眼が、優しく細められた。


「察するに、元の世界でやるべきことがある、と言ったところかな?」

「……っ」


 図星を突かれて、フィンは自己嫌悪でいっぱいになる。助けを求められたのに、自分の都合ばかり考えている。『牙なき人の明日のため、最後の希望であり続けろ』――そんな父の最期の言葉を、自分は受け取るに値しないのではないか。助ける対象を選ぶなんて……


「そんなフィンくんに、ひとつ聞いてもらいたい情報がある。」

「え……」

「荒唐無稽な話ゆえに、今まで誰にも打ち明けたことはなかったのであるが――実は小生、異世界に召喚されるのはこれが初めてというわけではない。」

「えっ!?」

「以前にも三度ほど、こことはまったく異なる世界に召喚されたのだ。それはもう聞くも涙語るも涙の冒険行であったとも。滞在期間は、一度目が半年。二度目が二ヶ月。そして三度目はなんと二十五年も異界を彷徨っておったのだ。渋みと風格の宿ったナイスミドルな小生の姿、見せたかったものであるなあ。」


 立て続けに発せられる信じがたい話に、フィンとシャーリィとリーネは眼を白黒させる。

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