第9話 〝ノロイ〟ぜ? まるで呪われてるみてーに、ヨ?
──『という訳で、ラビリンスの攻略よろしくね! じゃあ、もう帰って良いよ!』
ラーザニル気安くそう言われた後、トラバルトは重くなった気分と、それよりも遥かに重い気分にさせてくれるお荷物を引き摺りながら、帰路の荒野を歩いていた。
何がよろしくだ、アイツめ……。ムチャクチャなのは学生の頃から変わっていない。寧ろ立場を得て、悪化している気すらする……。
「しっかし、殺風景じゃのー。お主、こんな辺境に住んでおるのか? 妾としては、もっとこう……華やかな景観でなければ似つかわしくないのじゃが……」
宝箱の縁に足を乗せ、頬杖ついて文句抜かす
「……まぁ、私は辺境伯だからな……過酷な土地に住まわされるのも仕方あるまい……」
そう言って、過酷な環境に置かれているという自分に、トラバルトは嬉々として酔った。どれだけ不毛な土地であろうと、土地は土地だ。領土を護るには
「ん? 辺境伯って……辺境に住んどる貴族という意味ではないじゃろ?」
「……? ……あぁ、そうだが……?」
辺境伯の地位とは地方貴族の事であり、その土地は国家の中央から離れた敵地に近い。
よって、実力者が置かれるのは当然だが、それにしたって攻め入る土地としては──不毛過ぎた。周囲で眼につくのは岩と砂ばかりである。
『誰もいないよりマシだよねー』と、王族が適当に配置したかの様な……杜撰さがあった。
「お主……王族からイジメられとるのか?」
「いきなりなんだ、貴様……!」
気の毒そうに眉を寄せるグリシャルディに苛つきながら、唐突にそう思い至った理由を問い詰める。ふざけた事を抜かせば放り投げるぞと、宝箱に掴み掛かりながら。
「だってそうじゃろ!? 隣国が近いにしたって、こんな所に来るとは思えんしッ!」
不憫さだけは一致する宝箱という領土を、ちっぽけな体重で押さえ付けながら、グリシャルディは抵抗した。無駄だと解っていても防衛の手段は取らずにはいられないのだ。
「……ふん、随分と珍しく……まともにオツムを回すじゃないか……」
「はぁ!? 常にまともじゃが!?」
まともな奴はそんな事、言わねぇよ……。トラバルトは正気ではない幼女にうんざりしながらも、『イジメられてんの?』とかいう舐めり腐った誤解を解くために、与えられた土地の説明を始めた。
「……私の住まいが、ラビリンスに近いからだ。……魔物が出現しやすい地という意味では、守りを置かねばならんだろう……?」
これこそ、トラバルトが辺境伯という地位に置かれている理由だった。消費された金貨の分だけ魔物が出現するとなれば、武術に通じた者が任命されるのは当然だ。
トラバルトはそれだけ自分の腕が王族に買われているのだと自負し、『ほー、ラビリンスにのぅー』と呆けた反復をするグリシャルディに対しても、鼻息を吹かして自慢気だった。
そして気付く。ラビリンスはグリシャルディにとって、嘗ての居城であったのだと──。
「!!? 私の家は、お前ん家の近所だったのか……!?」
「ちーがーうー! 妾の宮殿に、お主が越して来たんじゃろうがぁッ!」
驚愕と唸り。知らなかったとはいえ、まさかの御近所さんであった事実に、トラバルトは膝から崩れ落ちた。
それでは何か……? 呪いが解けて【黄金宮】が復活すれば、こいつが自宅の付近をうろつく事になるのか……? 耳障りな高笑いを響かせながら……。
「……く、狂いそうだ……! 気がおかしくなってしまうぞ……!」
「ハァア!? なんじゃこの不敬者がッ! 妾の宮殿近くに住まいを与えられておる栄誉に咽び泣くところじゃろうが、そこは! 没収するぞ! 没収ーッ!」
立ち上がって文句を言う大昔の支配者は、今もその権利が生きているとばかりに責め立ててくる。無論、そんなものが認められる筈もない。いくら女王を名乗ろうが、化石に居住の権利など無いのだ。
「戯言を抜かすんじゃない……! 貴様に、そんな権利があるか……! 」
「ハァアー!? あるがー!? ありまくりなんじゃがー!? そもそも妾の領土に住み着いて金貨を持っていく人間共は、処罰されて当然の盗っ人であろうがぁー!」
懲りずにぎゃあぎゃあと揉め始めた二人だったが、それも長くは続かなかった。なにせ、休む間もない怒涛の連続から、精神的な面でヘトヘトに疲れきっている。
「ハァハァ……もういい、行くぞ……早く自宅で休みたい……」
「フゥーフゥー……そうじゃな……正確には、妾の住まいであるが……」
まだほざくのか、コイツは……。うんざりと肩を落としながら、トラバルトは歩き始める。ずりずりと音を立てて、ひっ付いて来る宝箱にも、すっかり慣れてしまった。
「ところでお主、馬の一頭でも乗って来なかったのか?」
引き摺られるだけで悠々自適なグリシャルディが、暢気に訊ねてくる。グリシャルディからすれば、トラバルトが馬同然なのだから、どうでも良さ気ではあるが。
「……馬は養うだけで金を食う……大概の場所は自力で辿り着けるからな……」
「……本当に体力バカの貧乏貴族なんじゃなぁ……。凄い生命力だのぅ……」
憐れみの関心に独り頷きながら、『ゴキブリみたいじゃあ……』と呟くグリシャルディに、何か言い返すという気力すら湧かなかった。今は家に帰ってゆっくり眠り、夜明けにはコイツが夢みたいに消え去ってくれている事だけを願っている。
「そうじゃ! 哀れな下僕のために、妾が金貨を使って足代わりになるものを創ってやろうではないか! 配下に気を遣ってやれるのも、女王たる器量じゃからのぅ!」
自惚れた調子でそう言うと、早速宝箱の中をゴソゴソやって金貨を取り出してきた。小さな手に握っているとはいえ、些かケチな量だったが……。
「……やめとけ……ロクな事にならん気がする……」
「なぁにぃ!? 何を根拠にそんな事言いよるんじゃ、貴様は!?」
根拠しかねぇよ。自分を見てみろよ……。トラバルトはそう口にするのも億劫そうに、好きにしろと手を振るった。何を金貨に願うかなど、もう知った事ではないし、使えなければシカトすれば良いだけだ。
「まったく愛想の無い奴じゃのう! まぁ良い! 妾の心遣いに、じきに泣いて喜ぶんじゃからなぁ! ぬははー!」
調子付いた口走りを共に、消費された金貨が、名残の輝きとなってグリシャルディの手に瞬いた。何が起こるかはともかく、金貨の量からして然したるものではないだろうと立ち止まる。
…………なんだ? なにかとてつもない砂煙がこっちに向かって来ているぞ……?
「おい……貴様、何を願ったんだ……?」
「ん? 足代わりになるものじゃが? ラクダか馬かで迷ったが、ラクダで見当が付くものがなくてのう! だから馬にしてやったわ!」
……馬? 馬はあんな爆音を立てては走らない。そして、金貨は生命に直結するものを創造できない。それこそ、金貨に由来する生命でもなければ。
「……もう一度だけ訊くぞ……貴様は何を願ったんだ?」
「じゃからぁ、馬じゃって! 幸いにもラビリンスが近かったからのぅ! 妾の力があれば、少量の金貨でも事足りるという訳じゃ! ナーハッハッハ! 得したのぅ、伯爵!」
腰に手を当て、グリシャルディは尊大に笑い声を上げたところ──頭を鷲掴みにされ、締め上げられた。
「──ほぉあ!!? いだだだっ!? きゅ、急に何をしよるんじゃ、キサマァー!」
「こっちのセリフだ、貴様ぁあああ! よくも私の領土に魔物を召喚してくれたなぁ!!」
灯火ほどしか無かったトラバルトの気力が再燃し、ヘッドティッカをグリシャルディの頭蓋にめり込まさんとばかりに力を入れる。
コイツ──ただでさえ少ない金貨で魔物を創りやがった……! しかもよりによって、辺境伯として防いでいるラビリンスを利用して……!
「向かって来てるアレを消せ! ジュエリアならば出来るだろ!?」
「む、無理! 無理じゃあー! 金貨は魔物にとって生命と同じ! お主は混ざった水を分けられるというのかぁー!?」
舌打ちと共に手を離し、砂煙を一瞥してどうしたものかと考える。こうまで厄介ごとばかり招かれたのでは堪ったものではない。呻きながら頭を抱えるグリシャルディだが、このままではいずれ、トラバルトの手形がくっきりと残ってしまうだろう。
混ざってしまった水は戻せない。だが、水そのものは分ける事は出来る。迫ってきているアレを斬れば、金貨に戻る筈だ。それにはまず──武器が要る。
「金貨だ! 金貨を出せ!」
「!? ぬぁあああ! 妾の領土を何まさぐっておるんじゃ、この痴れ者がぁああ!!」
自身の一部というだけあって、グリシャルディにとって宝箱の中とは神聖な領域なのだろう。幼女に
「ぐぉお……! き、貴様……! なに、を……!」
「こっちの台詞じゃ、馬鹿者! わ、妾のた、宝箱に手を入れるなど……! なな、なんたる不敬をしよるんじゃ! バーカ!」
誤解を招く言い方はやめろ、クソが! 蝶番もガバガバなボロ箱に、
息も絶え絶えにトラバルトはどうにか身体を起こすも、既に遅かった。盛大な砂煙を後方に吹き上げながら、横向きに
一頭だけで何百もの馬に匹敵しそうな黒い巨体。そして立派な鬣──というには、前にせり出し過ぎている独特な纏まりをした角の様なもの。ブルンブルンと荒げる鼻息に合わせ、身体は小刻みに震えた
馬……いや、確かに馬の形状をしてはいるが、本当に馬なのかこれは? 魔物とはいえ、これは馬に代わる何かではないのか?
❮乗んなよ……。〝魅せ〟てやんぜ……スピードの〝世界〟ってやつを……❯
!?
この種類の魔物にとって、これが普通なのか、あるいはコレが特殊なのかは定かでない。だが、放たれた独特な言語に、トラバルトとグリシャルディは揃って面食らっていた。
なに……? なんだって……? スピードの……世界……?
❮俺は〝
!?
何かは解らないが、この魔物が放つ言葉には別の意味が含まれている気がする……。仮にそれが解ってしまった場合、〝
「……乗せてやろうか……? グリシャルディ……」
「いや……いらん……」
呼び出した本人の手前、一応の確認はしたものの、拒否という同意見に首を振るう。理解の範疇を越えたモノを前にした時、二人の意見はようやく纏まるのだ。
❮そうかヨ……けど、〝
!?
謎に二人を焚き付けた
走ったところで追い付けるものではないが、追おうという気力もない。斬って金貨に戻すという事すら、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
「……帰るか……」
「……そうじゃな……」
この
何も見なかったし、何も無かったという忘却は、生きていく上でとても重要な選択だ。特に、心を守るという面において。
グリシャルディと出会してからというものの、悩みの種は増える一方だ。その始まりの一粒は、『ピリオドの先って何なんじゃろうなぁ……』等と独りごちて蒸し返している。黙ってろ〝置物〟が。
本当に、一刻も早く今日という日を早く跨がなければ──明日を迎える前におかしくなってしまいそうだった。
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