第7話 王様ー、呪い解くから金貸してー。

 王の身は前線を常として在るべし──自らが先んじて、ジュエリアと戦った征服王の言葉だ。それを至上の務めとして実行するのは、多くの子孫はいれどもファールス大陸の砂漠地帯を統べる若き王だけだろう。


 健全な艶のある褐色の肌。黒曜石にも劣らない黒々とした瞳は気力に充実し、ターバンを束ねるディアデーマヘッドバンドは、嘗てのランドバルド王が召していた鉄王冠に倣ったものだ。


〖ラーザニル・イブワット=アルドゥーラ・ファフメット・ザハール〗──トラバルトが仕える若獅子は、攻略失敗の理由を問い質すため、荒れた土地にその腰を下ろしていた。


「……アルザエフ伯、余は此度の話にまず耳を疑い、今はこうして目を疑っている。攻略の失敗は、その方が呪われた身となったが故と申すのだな?」


 ラーザニル王は、広々とした天幕の中に設けた壇上からトラバルトに言った。胡座をかきながら頬杖する姿勢は、〝呆れた〟と言わんばかりに落胆している。それだけ、今回の遠征に掛けた期待は大きかったのだろう。


 トラバルトは片膝をつき、頭を垂れてながらも、王の嘆息を聞き逃さなかった。失望の眼差しが、高みから突き刺さってくる。愛玩動物ペット並みに自分の地位が下がっているのは、確かめるまでも無い。


「……生涯の不覚と痛感しております……されど呪われた我が身と引き換えに、こうして王に金貨の献上叶った事、光栄に存じます……」


 グリシャルディが換金した金貨の山を盾に、『反省してるし、こいつも貢ぐから許してくれや』と意を口にして、トラバルトは頭を下げ続けた。それっぽい態度だけでもしておくという処世術は、それなりに効果的なのである──寧ろ、ふてぶてしかったりするのだが。


「……確かに、遠征は金貨を獲るための手段でもあった。攻略が叶わずとも、その方が持ち帰った財宝を無碍には出来ぬ。此度の沙汰は追って報せる故、を解呪する術を講じよ」


「はっ……」


 ラーザニルはトラバルトが偽る功績を成果とし、瀟洒な刺繍が施された沢山のウィサーダクッションに凭れて空を仰いだ。まざまざと苦心の想いも露に、トラバルトの隣で鎮座する無駄に豪奢な呪われた宝箱をどうしたものかと思案しているのが伝わった。


「王……実は解呪の術に心当たりが御座います……」


「ほう? 申してみよ」


「はっ……ですが……この宝箱に手を掛けた瞬間、『【黄金宮】の復活に相当する金貨を集めよ』という言葉を聴いたのです……」


 ──デマかせを申した。話の切り出しに嘘まで吐いているのが、いっそ清々しい。トラバルトの中では、既にラビリンスで勇猛な活躍をしたという事になっている。


 今回の事態を補足するために同席を許され、宝箱を挟んだ隣に跪いているアイーシャの横顔は『アナタ、マジなの?』と、言わんばかりに渋かった。


〈……お主、めっちゃ嘘吐くのぅ……〉


 宝箱の中から、グリシャルディがくぐもった声で。トラバルトはそれを、目にも止まらぬ早業で叩いて黙らせる。そういう事にしておけば虚偽ではなくなるのだから、そうしておけば良いのだ。……決して保身のためなどではなく。


「今……何やら戯けた声が……」


「……おい、アイーシャ……。王の御前だぞ、控えろ……」


「はっ!? なっ!?」


 グリシャルディの発言を同僚に擦り付け、トラバルトは誤魔化した。グリシャルディを隠すためとはいえ、あんまりである。


 アイーシャは唐突な出来事に慌てたものの、弁明がより厄介な事態を招くと考え、申し訳なさそうに頭を伏せた。その顔は、一人だけ上手く乗り切ったつもりでいるトラバルトに向けて、怨嗟を放っている。


「なんとも真偽不確かな……呪いを掛けた元凶の言葉だとしても、それが事実ならば、その方は莫大な金貨を用意せねばならぬのだぞ? 叶う筈もない夢物語だとは思わぬか?」


 ラーザニルの現実的な発言が、トラバルトの息を詰まらせる。呪われた側として、無理難題を吹っ掛けられているのは百も承知だ。


 が、しかし、呪った側は『何とかなるじゃろ!』の精神でいるのだからどうしようもない。トラバルトは厄介な事態をどうにかする前に、自身の頭がどうにかなってしまいそうだった。


「……はっ、仰る通りかと……しかし、裏を返せば、この宝箱には尊大であるだけの価値があるのでしょう……。呪いが解かれ、秘められし宝が顕となれば、王に献上致したく望みます……此度のラビリンスに今一度臨めば、必ずや果たせるかと──つきましては……」


 勿論、呪いが解かれれば中身のグリシャルディなど放っておく。絶対に放っておく。これは、宝箱の中身に価値があると想定して貰うための方便だ。


 王に献上するのは、呪いが解かれた際にかき集めた莫大な金貨であれば良い。問題は、解くまでの手段として必須な金貨だった。


 貧乏伯と渾名されている身では、こればっかりはどうにもならない。しかし今、その問題解決となるのが、トラバルトの眼前にいる── 。


「……王──ラビリンス攻略のために、軍資金の援助を賜りたく存じるのですが……」


 恐らくそれは──どんな賢者であろうと思い付かない解決策だろう。トラバルトは、一国を統べる天上の存在に『金貸してくんね?』と、頼んだのだった。


 一握の理性が『ヤベェ』と叫ぶ。だが、往々にして正気でなくなりつつある者は、それを抑えきれない。トラバルトは何時も隣でけたたましく笑う珍獣に、すっかり脳を破壊されていた。ヤケクソになったと言い換えても良い。


 常人の理解を越えた狂気の言葉は、時の流れすら凍てつかせる。王の親衛隊カプクルは無論、アイーシャも顎を落とし、グリシャルディは宝箱の内で頭をぶつけて揉んどり打った──お前はじっとしてろ! 何やってんだ!


「余に──金を貸せとな……?」


 もぞもぞと動いている宝箱すら気に留めず、うわ言のようにラーザニルは言った。改めて言われると、不遜なトラバルトでも流石に汗が吹き出る。一握の理性は、やっぱり『ヤベェ』と言っていた。


 それもそうだろう。畏まったところで、王の立場からすれば、確信した攻略に失敗し、何事かと足を運んで事情を聴いてみれば──。


『今回の件はサーセンした。それはそうとして、呪われたんでお金貸してください。おなしゃーす』


 ──と、抜かされたも同然なのだから。ふてぶてしいどころの騒ぎではない。


「……誠に……言いづらいのですが……」


「「「そりゃそうでしょうよ!! バカなの!!??」」」


〈じゃろ!〉


 トラバルトとラーザニルを除いた全員が、思わずそう叫んでいた。幸いにもそれは、黙ってられないグリシャルディの語尾を上手く掻き消してくれたが、トラバルトは無言で再び宝箱を引っ叩いだ。危機的状況であっても、ムカつく奴には辛抱できない。


 失言だったとすぐに口をつぐんだ全員が、王を恐れて呼吸すらも躊躇う。ただ、『トラバルトよりはヤバくない』という救いはあった。自分よりも下位の存在を見ると、人はちょっぴり安心するのだ。


「……近衛は……天幕から出て、充分に離れよ……」


 天井を仰ぎ見ながらラーザニルが言った。呆れを通り越して脱力しきった振る舞いだが、その顔がどんな表情になっているかなど想像もしたくない。


 何か言葉を返す間も無く、ラーザニルの親衛隊は押し合い圧し合い、巻き込み事故から逃げるべく天幕を後にした。トラバルトに劣らない屈強な肉体と厳めしい顔をしているというのに、まるで親に叱られまいとする子供みたいな慌てぶりだった。


 どさくさに紛れてアイーシャも逃げようとしたが、トラバルトの伸びた手が、がっしりとその肩を掴む。アイーシャが目を剥いて見る指先には、万力にも匹敵する力が込められていた──道連れを作る気満々だ。


 ──『アルザエフ伯はもう終わりだな! まぁ、脳筋の魔物みたいな奴だったし、王に討たれて英雄譚の再現にでもなれば本望だろうぜ! ダーハッハッハッ!』──そんな声が幾ばくも離れていない距離で囁かれた。死人に対して掛ける言葉というものは容赦ない。返って来ないと解っていれば、尚更だ。


「……処罰の前に……親衛隊の数を減らしても……?」


「……いいや、その方の件を片付けるのが先だ……」


「ちょっと! 離しなさいよ、トラバルトッ!」


 親衛隊が離れたのを確信し、ラーザニルはゆっくりと立ち上がる。壇上から降りてくる足音は重々しく、威圧という凶器を携えた処刑人さながらだった。


〈……のぅ、伯爵……〉


 近くにいるトラバルトでなければ、聞き取れない程の小さな声で呼び掛けられた。何時になく心配そうな声音に、つい気を惹かれてしまう。最後と思えば、掛ける言葉があるのやもしれない。


「……黙ってろと言ってるだろうが……。……別れの言葉でもほざく気か……?」


〈いや……自分で墓穴掘って、頭から飛び込むアホに、くれてやる言葉などひとっつも無いんじゃが……。ただ、まぁ、金貨となった後の心配は要らんとだけ、伝えておくぞ……? 妾の願いの礎となって仕えることを、しょーがなく許してやるからのう……! ぬははははっ……!〉


 どんな状況でも本当にブレねぇな、コイツ! グリシャルディの畜生っぷりに怒りの青筋を走らせたものの、宝箱をボコボコにし始める訳にもいかない。乱心極まったと思われれば、間違いなく処刑されるだろう。いや、余命幾ばくもないという状況ではあるのだが。


「私は無関係でしょ……! 死ぬなら一人で死になさいよ……! あ、でも、死に顔は型取りたいから安らかに死になさいよね……!」


 頭を伏せたまま、小声で身勝手な要求を口にするもう一人の畜生をトラバルトは放さない。絶対に。


 最後の言葉さえ無ければ、口添えをしてやったかもしれないが、デスマスクとしてうっとり眺められるなど、気色が悪すぎる。こんな狂人は、一緒に死なせてやった方が世のためだ。


〈お主は果たして金貨何枚分になるのかのぅ……? よし、今後はお主を基準として量ってやろうではないか……! 〝トラバルト法〟は頭のでき具合を測る画期的な法になるかもしれんぞ……! ぬははっ……! ぬわーはっはっはっ……!〉


「……良かったな……! それなら〝グリシャルディ法〟も樹立するぞっ……!」


〈ハァ~ッ……!? お主と妾の賢さが同じな訳なかろうが……! この戯けぇ……!〉


「一緒よ、一緒……っ! 仮にトラバルトが死んだとして、誰がこのバカでかい宝箱を引き摺れると思うのよ……!」


 どうにかトラバルトの手を引き剥がそうとしているアイーシャの言葉に、グリシャルディがハッと息を飲んだ。正確には『ハァアッッッ!』という、萎んでいく革袋みたいに間抜けなものだったが。


〈ぬわぁあああー……! ……そそそ、それもそうではないかーッ……! 死ぬな、トラバルトォッ……! どうにかせよ……! 死んではならぬぞぉー……!〉


「ふはは……! 言われてみれば確かにそうだな……! ざまぁみろ、バァーカ……!」


「……アナタも気付いてなかったの……!? やっぱりアナタ達同格よ……! イヤぁ……! こんな馬鹿達と一緒に死にたくないぃ……!」


 ラーザニルの歩みは確実に近付いている。どうにかしなければならないのだが、どうにか出来る頭などコイツ等にある筈もない。最後の最後までするのは、我が身の保身だけだ。


〈アイーシャ……! 伯爵が死んだら頼んだぞ……! 砂漠から鍵を探し出して、妾を解き放つのじゃ……!〉


「絶対イヤよ……!」


〈!? え、即答……!?〉


「……クックックッ……未来永劫、砂漠に沈むんだな……! 誰が脳筋だと……!? その脳筋に頼らなければ、身動き一つ取れないキサマは、重石以下だな……! ハーハッハッハッ……!」


「……アナタ今、死にかけてるのよ……!? なんでそんなに機嫌良さげなの……!?」


〈絶対にイヤじゃあー……! そんなのぉー……! トラバルトッ……! 王を殴れ……! ボコボコに殴ってしまえ……! ジュエリアの名の下に、妾が許すッ……!〉


「……ふざけたこと抜かすな、バカ野郎ッ……! 命だけでなく、誇りまで喪えるか……!」


「アナタはもう、半分死人同然なんだから、誇りも何もないでしょ……!? だったらせめて、人を巻き込まない散り際を選択しなさいよ……! そうしたら、私は助けを呼びに走って、事なきを得るからぁ……!」


「……貴様ら……この瀬戸際で自分の事ばっかりなのか……!?」


〈お主が……ッ!〉


「アナタが……ッ!」


「〈それ言う……ッ!?〉」


 わちゃわちゃと三馬鹿が揉めているうちに、ラーザニルが眼前に立った。流石に小声も治め、平伏する勢いで頭をより下げる。このまま頭で地面を掘り、逃げ出したかった。


「……辺境の地に、わざわざ出向いたと思えば──」


 ラーザニルの言葉は吐き出す様に重い。全員が固唾を飲み、続くであろう処罰の言葉に目を瞑った。グリシャルディも、雰囲気に連れて宝箱の中で頭を抱えて丸まっている。……女王の威厳とやらは何処に行ったのか。


 が、意外にもラーザニルは何も言い出さなかった。あまりの出来事に、放つ言葉を迷っているという訳でもない。


 それどころか──絨毯に座り込み──あろうことか、寝転び始めたのだった。気だるそうに頬杖までついて──。


さぁ! いきなり、お金貸しては無いって!」


 張り詰めていた空気が、気抜けどころか霧散した。アイーシャは、王の急な緩さフランクに倒れ込み、『えっ!? エッ!?』とマヌケな声を上げる。右往左往させる頭は、息つくトラバルトと、急激な変化を遂げた王へ交互に向けられた。


「……無礼だぞ、お前……さっさと姿勢を改めろ……」


「あー、良いよ良いよ。肩凝ってしょうがないもん。あ、クッション持ってきてくれる? 皆も使って良いから、楽にしてね」


 柔和な口調と朗らかな笑顔。先までの遺言すら聴いてくれそうになかった恐ろしさは、影も形も無い。その態度はごく自然な、年頃のものとして相応だった。


 ラーザニルの素。緩くて穏和な、優男ならぬ。そんな彼は、厳めしく振る舞わなくてはならない王の姿勢から解放され、欠伸まで溢し始めた。


 アイーシャは目と口を開けたまま、ウィサーダを各人に配り──そのままトラバルトを殴りつけた。それだけで『説明しろ』という意図は充分、彼に伝わる。


「……軍学校の同年だ……それ以来、王には懇意にして頂いている……」


「それをッ! 先にッ! 言っておきなさいよぉおおッッッ!!」


 取り乱しかけているアイーシャに再び殴られ、トラバルトは呻いた。段々と殴り方に遠慮が無くなってきている気がする。まったく、何だというんだ……。


「まぁまぁ。落ち着いて、アルハン卿。同期の非礼は僕が詫びるよ。親衛隊の手前、脅すような態度を取って悪かったね。トラちゃんも、そういう形式張ったところには変に気を回すからさー、誤解するよねー」


 寝転がりながら手を振る王に、アイーシャはひたすら恐縮しながら頷く。トラバルトは旧知の間柄という繋がりに甘えず、一応の形式を守っていたのだ。全く腑には落ちないが。


 だからこそ、金を貸して欲しいという訴えに対し、下される処罰も正当だと、本気で恐れていた。ちゃんと非礼を非礼だと弁えていたのが、実にややこしい。


 だが、そんな面倒くさい関係を、知らない方は溜まったものではない。アイーシャは今にも噛み付きそうな視線をトラバルトへ放ち、トラバルトはトラバルトで『コイツ、まだこんな態度とってますよ』と、言わんばかりにアイーシャを指差していた。


「仲良くしなよ、幼馴染みなんでしょ? まぁ、僕もトラちゃんとは子供の時分から知り合ってたけど、学校で再会するまでは、それっきりだったからねぇ」


「……フッ、懐かしいものです……思い出話に咲く花は多けれど、今はこの一輪に専念しましょう……」


「あー、そうだね。ていうか、呪われたってマジなの? トラちゃんって向こう見ずなところあるからさぁ……さもありなんって感じだけど」


「……ええ、王への献身による……名誉の負傷とでも申しましょうか……」


「……はっ、集合場所間違えたくせに、よく言うわ……」


 うっとりと美談にすり替えようとするトラバルトの科白を、アイーシャが吐き捨てる様に言った。実際のところ、ここが砂地の上ならば確実に唾を吐いていた事だろう。


 厚化粧の甲斐も虚しく、やや老けて見えるぐらいにアイーシャは疲れきっていた。そんな彼女が気を遣う筈など無い。


「バッ……! アイーシャ……!」


「え……? トラちゃん、ラビリンス入るのに合流しなかったの?」


「いや……その……」


「王。コイツ、地図読み間違えたんですよ。なんか変な所から入り込んだみたいです」


「アイーシャアァッ!!」


 しどろもどろになるトラバルトに対し、アイーシャは自分が同席した役目を容赦なく叩き込んだ。冷や汗をかかされ続けた鬱憤を晴らすべく、補足という名目の告げ口に、罪悪の念など無い。


「嘘ぉ!? マジで!? そんで呪われた宝箱拾って来るって──ハハハッ! ヤッバァ、トラちゃん! てか、メッチャ嘘つくよねぇー!」


 何処かで聴いた覚えのある言葉フレーズと共に、ラーザニルが爆笑する。それに連れて、アイーシャも乾ききった無感情の笑い声を上げた。良い気味だと目だけが笑っていない。


「ウォオオオーッ! 貴様ぁ! 情けというものを知らんのかッ!!」


「ハッ! 今はね!!」


 アイーシャが止めとばかりに思いっきり吐き捨てると、トラバルトが王に見せていた虚像は音を立てて崩れ去った。みっともなく四つん這いになって哀叫するトラバルトの姿は、見栄を張りたがる貴族の醜態極まっている。


 だがまぁ……それでも全て丸く収まりはしたのだ。攻略の失敗を呪われた宝箱のせいにし、最も隠したいグリシャルディという存在は伏せられたのだから。白日の下に晒された件に、影があった事など、王に知られてはならない。


「よし、じゃあトラちゃん! もう話さなくちゃいけない事はないね!?」


「………………はっ! ありません……!」


「とか言って、実は──なんてのは、止めてよ! 言うなら今の内だかんね!」


「王……お人が悪い……!」


「ハハハッ!」


「フハハッ!」


「……ハハッ」


 ──めっちゃ嘘つくじゃん。馬鹿笑いを旧友同士が重ねる一方で、アイーシャは頬をひきつらせながら笑った。ここまで来ると、呆れを通り越して一種の敬意すら懐き始める。トラバルトはグリシャルディを隠すために、大量の嘘を墓に詰め込む気だろう。


「それじゃあ、古い縁も温めた事だし、今後の──」


 ラーザニルの笑い顔が突然、硬直した。彼の視線は、トラバルトの背後で起きているに釘付けとなっている。


 それに気付かないトラバルトではない──罪悪感に満ちていただけに、嘘笑いが消えるのは早かった。そして、青くなるのも。


「トラちゃん……なんかその宝箱……めっちゃ光ってない?」


 返事する余裕も無く、トラバルトの首は軋み音を立てて、ゆっくりと後方に向いた。呪われた宝箱の中身──それは、災厄という名の幼女だ。


 グリシャルディは──増長した自らの領土を、せっせと換金していた。金や宝石で彩られていた鉄箱は、みるみる内に朽ち欠けの木箱となって縮んでいく。


 大量の金貨を使い、豪奢に変化させた宝箱。それには、見合うだけの高度な錠が備えられていた。ならば、価値そのものが下がった宝箱の錠は必然、それに比例するだろう。


 トラバルトにとって物凄く見覚えのある形となったそれには、鍵など掛かっていなかった──。


「おらぁー! こんな事もできるのじゃー! 今さっき思い付いたんじゃがのー! ナーハッハッハッー!! なんか、できたわっ!」


 意味を成さなくなった錠前を弾き飛ばし、王への献上を約束していた宝箱から幼女──もといグリシャルディが飛び出してきた。


 懐かしい──などとは思いたくない、小生意気な顔。そして、トラバルトの胃を痛める高笑い。驚愕して固まる一同の事など露にも知らず、アホの幼女は堂々とラーザニルを指差す。


「人の王! お主の天下もここまでじゃ! 復活したジュエリアである妾に服従し、頭を垂れよ! 妾よりも下であるならば、その寝転んだ姿勢も許してやるぞっ! ぬわーはっはっはーっ!」


 挑発──としては過ぎた言い分。ぶっちゃけた話し、それは嘗ての支配者として放つ〝宣戦布告〟だった。


 支配者を嘯くぶっ飛んだ幼女は、解放されて早々に王へ喧嘩を売ってくれた。力の彼我など、考えもしていないだろう。だって……自分こそが支配者であり、女王様だと思っているのだから。


「……めっちゃ嘘つくよねー……」


 ラーザニルの指摘も虚しく、そんなのに呪われ、繋がってしまったトラバルトは──決して離れられない片割れとして、絹を裂いた様な叫び声を上げた。

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