ミミック&アニバーサリー

御笠泰希

第1話 残念ですがアナタは呪われてしまいました。

 ラビリンス迷宮の最奥に求めたのは紛れもなく金貨だ。は無論、ましてやボロボロの宝箱に入っていた珍妙な幼女でもない。


〖トラバルト・シェバー・アルザエフ〗伯は、呪われてしまった己が身を重ねて呪いつつ、自分と繋がって引き摺られている後方のボロ箱を引き離そうと必死だった。


「そう照れる事は無いぞ、伯爵! 妾を供にする光栄──存分に庶民へ知らしめるが良い! ハッハッハッ!」


 丸っこい声質にそぐわない高慢ちきな呼び掛けされて、トラバルトはうんざりと空を仰いだ。無視を決め込んでいたが、視界の外でも姿がちらつく程度には、その〝魔者〟に参っている。


〖グリシャルディ〗──ボロ箱入りの娘は自身をそう名乗った。嘘か真か、まぁ嘘なのだろうが、よりにもよって数百年も前に大陸を支配していた女王の名前を自称したのだ。


 背に届くほど鬱陶しく伸びた金糸の長髪。その輝きと張り合わせるかの様に金鎖を紡いだヘッドチェーンを纏い、前髪を分けた額では不釣り合いなターコイズが煌びやかな主張をしている。


 小生意気な性格をありのままに映し出した上がり目は挑発的で、エメラルドグリーンの瞳は爛々と好奇を放ち、物珍しそうに俗世を映していた。


 自己申告とはいえ──数百年ぶりとなる地上の景色を眼にすればそうもなるだろう。泥のように眠っていたからなのか、薄褐色の肌はグリシャルディの機嫌を顕すように艶々とハリを持っていた。


 引き摺られながら、グリシャルディがキョロキョロと辺りを見回す仕草を、トラバルトは残念ながら愛らしいと一切思わなかった。


 幼女趣味だからという訳でも、ツボに嵌まる幼女ではなかったというドン引きな訳でもない。何せ──彼に【死の呪い】をかけたのは、他でもない、この小うるさい〝ミミック〟なのだから。


「あ! おヌシ今、妾を鬱陶しがったであろう!? はぁ~……良くないのう。既におヌシと妾は呪いによって繋がれた身じゃ。ならば、妾の機嫌を取っておくのが死期を伸ばす最善であろう? 幸いにも宝物の支配者である妾、グリシャルディは寛容である! 故に傅いて非礼を詫びるならば許してやろう! ほれ、我が一部たる宝箱よりも低く頭を垂れぬか! ヌッハッハッハッ!」


 ──クソうるせぇな……。トラバルトの脳裏に、普段なら思いもしない言葉が過る。その衝動に任せるまま、彼はグリシャルディと向き合う形で歩みを戻した。


「フフン! その気になったか、伯爵! ま、女王に忠誠の姿勢を見せるのは家臣たる者の礼儀じゃからな! ヨシ! 寛容な妾はこれまでの非礼を不問とするぞ! それでは我が身よりも低く頭を──」


 トラバルトは宝箱一つ分のをしても尚、低いグリシャルディの頭に──手を乗せて押し込んだ。


「ぬぅわぁああ! イタい、イタい! 止めんか馬鹿力! これ以上縮んだらどうする!」


「……そうか、縮むのか。ならばいっそ、私の視界から消えてなくなるほど縮んでくれ……」


 トラバルトの波打った黒髪の先で、伏せ目がちの物静かな眼差しが、冷ややかなものとしてグリシャルディを見下ろしていた。それは、ゴミを袋詰めにするのと同じ意味合いを持っている。


「イタタタタ! む、無理じゃと言ったであろう! おヌシは妾に呪われ、滅びた【黄金宮】に等しい財産を築かねばならん! それが出来ぬのであれば、対価として〝命を金に換えて〟貰うぞ! ぬぁあああ!」


「……ほぅ。では、お前の命を対価とするのはどうだ? 魔物の媒介である金に、お前自身をれば私も解放されるのではないか?」


 喚くグリシャルディに構わず、トラバルトは逞しい巨躯から放たれる腕力でもって宝箱へ押し込もうとする。クルミを握り潰せるだけの力をかけられているというのに、グリシャルディのちっぽけな体はどこにそんな抵抗力があるのか、トラバルトと十分に拮抗していた。


「イタタ! イタい! 止めんか! や、やめ……! やめんかぁー!!」


 グリシャルディが喚いた瞬間──黄金の光が瞬くと、トラバルトは吹っ飛んだ。声を上げる間もなく、ぶん投げられた丸皿の様に回転しながら中空を飛んでいったのである。


 それが、古代の女王を名乗る幼女がであるとは、彼方でゴミさながらに転がるトラバルトが知る由もなかった。


「ワッハッハ! ほれみろ! ざまぁないの──」


 グリシャルディの高笑いが掻き消える。トラバルトが吹き飛んだ分だけ、離れられない呪いの効力が宝箱を引き寄せたのだ。


 当然、腰に手を当てながらふんぞり返ってバカ笑いしていれば、勢いに負けて転ぶ。転倒したグリシャルディと宝箱は凄まじい勢いで荒地を吹っ飛び、トラバルトへ引き寄せられていった。


「ギャアアアア!! ──ぐぉッ!」


「グァッ!」


 悪態を溢しつつ、四つん這いになって立ち上がろうとしていたトラバルトの脇腹に、グリシャルディの空っぽの頭が突っ込む。


 そのまま二人は再び転がり、息も絶え絶えになりながら、精一杯に起き上がると──後を追ってきた宝箱に追突された。


「おぐふぅ!」


「げふっ!」


 グリシャルディの腹部に宝箱が直撃し、その二つを抱える形でトラバルトも腹部に一撃をくらった。そこでようやく引き寄せの力は弱まり、荒地に盛大な土煙を尾にしながら止まったのだった。


「ふ……ふふ……の、呪いの力……想い知ったであろう……?」


「……き、貴様……この……ばか野郎……」


 トラバルトとグリシャルディは、揃って白目を剥きながら痙攣し、恨みの言葉を互いに喉まで上げながら──仲良く気絶した。

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