第11話
食事が終わると、園田さんはブールドネージュというアーモンド入りの焼菓子と、紅茶を御馳走してくれた。
満ち足りた気分で私達がそれを味わっていると携帯が鳴った。
「お嬢さん、花が買えるとこは見つかりました?」
電話をかけてきた相手は、花を売って欲しいと最後に頼んだ相手だった。
優しいおばあさんの声だ。断られたときも一番丁寧で、そして申し訳なさそうな様子だった。
「いえ、それが……」
口ごもった私の様子から察してくれたのか、労わるような口調が聞こえてきた。
「思い出したんだけれど『植物の庭』という場所をご存知?」
「いえ、聞いたことありません」
「そこならね、もしかしたらあなたの欲しいものが手に入るかもしれないわ」
話を聞くとその名の通り、広大な敷地の庭にたくさんの種類の植物が植えられている場所らしい。
気に入ったものがあれば、下処理は自分で行う必要があるが、安く手に入れることができるという。場所はパリ郊外で、車で一時間もあればいけるということだった。
(これは、行くしかないわね)
願ったり叶ったりの情報だ。嬉しくなり、私は思わず大きな声でお礼を言っていた。
「……ありがとうございます!」
「レイコ、どうしたの?」
「お花を売ってくれるところが見つかったの! 良かった。これで仕事ができるわ!」
「へー、それは良かったじゃない」
(大変、園田さんの前だった!)
焦る私に全く構わない様子で、彼はにこにこしている。
「もし良かったらさ、俺、明日は空いているんだ。一緒に行ってもいいかな?」
「――へ?」
思わぬ提案に思わず間抜けな声が出てしまった。
「実は開店準備の期間はほとんど事務手続きの時間だったんだ。調理機器は前のオーナーさんが全部残してくれたし、スタッフも前から働いている人がそのまま続けてくれるっていうから、明日は特にやることなしなの」
(本当にそんなものなのかしら……)
しかし、当の本人はのんびりしている様子である。それならば、一緒に行ってお花を選んでもらっても良いのかもしれない。
「そういうことなら……お願いします」
「やぁ、明日はピクニックだなぁ〜。あ、車は俺が出すよ」
彼の吞気な様子を見て、私は思わず笑ってしまった。黙って私たちの会話を聞いていたネイサンが、突然声をあげた。
「僕も行きたい!」
「え? でもネイサンはお母さんのところに戻らないと」
「ママは僕のこと探しに来ないもの。だから明日、一緒に行く」
「でも……」
私が口ごもると、代わりに園田さんがなるほどねーと頷いた。
「ネイサンは家出少年か。やるなぁ」
「園田さん?」
思わず咎める口調で言った私に、彼は頭をかいた。
「あぁ、悪い。まぁでも、お母さんのところに帰れないんじゃあ、今日は泊まるしかないだろう」
言われてみれば、日はとっくに沈んでいた。
(そういえば、アンヌからもまだ連絡来ないわね。どうしたのかしら……)
私の心配をよそに、ネイサンは園田さんの提案に顔をパッと輝かせた。
「僕、ソノダの所がいい。レイコも好きだけれど、男同士の方が気楽だもん」
すっかり彼に懐いてしまったようだ。園田さんも嬉しそうに笑っている。冗談っぽく、
「構わないぞ。何なら、レイコさんもここに泊まるか?」
(ネイサンをここに残していくわけには行かないわ。本来ならばアパートに戻るべきだけど、あそこは二人で眠るには狭いし――)
しばらく逡巡し、とうとう私は腹を据えた。
「私も、ここに泊まります!」
面食らった園田さんの表情に、思わず笑ってしまった。
✻ ✻ ✻
その夜、私達は遅い時間までトランプゲームをやったり、ネイサンにせがまれて日本の話をしたりと、楽しい時間を過ごした。中でも世界各地で料理修行をした園田さんのお話はとても面白いものだった。
「僕も大きくなったら、ソノダみたいに世界を旅したいなぁ」
「ハハハ。でもまぁ、そろそろ眠るとしようかね。それじゃあレイコさんもこちらへ」
彼はあくびを噛み締めているネイサンをひょいと抱き上げると、カフェの二階へ運んで行った。事務所の部屋を通り過ぎ、更にその奥に進んで行く。
「ここはゲストハウスとして使用する予定の部屋なんだ。料理修行に来た人とか、あとはまぁ、スタッフが帰れなくなったときとか」
小さな小部屋にはベッドと机が二つずつ並べられている。ネイサンを片方のベッドに降ろしながら、
「狭いけれど勘弁してね。俺は下で眠るから」
と、すぐに部屋を出て行ってしまった。
(今日はもうクタクタ……)
既に寝息を立てているネイサンの隣で私もベッドに潜り込むと、あっというまに深い眠りに落ちて行った。
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