ティラミスの魔法 カフェから始まる物語3

ゆうき

第1話

「――ママ。もう朝だよ、起きて」

 ゆさゆさと私の身体が揺さぶられる。だけど、布団に潜り込んだのはついさっきだし、身体が泥のように重たい。起き上がれそうにない。

「今日は仕入れに行く日だから、早く起きるのでしょ。お花、無くなっちゃうよぅ」

 泣きべそ混じりで放たれた台詞に、私の意識は一瞬にして覚醒した。

「……翔太、今何時?」

「五時半だよ。だから早く起きて」

 ガバッと布団を跳ね飛ばした。台所のテーブルの上には、ラップのかかったお料理が、既にレンジで温められて並べられている。翔太は電気ケトルのボタンを押すと、眠たそうにあくびを噛み殺しながら、椅子によじ登った。

 私はキツネ色に焼きあがったトーストにジャムを乗せながら、ラップを次々に外して行く。

 柔らかなロールキャベツに、アスパラの肉巻き。そして、グリーンピースや人参入りの色鮮やかな卵焼き。ホワンと湯気と共に、美味しそうな香りが漂ってきた。

「お弁当、もらった?」

「うん。テツおじちゃんが、カッコイイの、作ってくれた」

 自慢気にお弁当の蓋を開けて見せてくれた。卵焼きやアスパラの他にも色々な食材を使って、緑の草原に大きな恐竜が描かれている。

 私は思わず吹き出した。

「テツにぃ、相変わらずの凝りようね。」

 翔太は大切そうにお弁当を包み直してカバンにしまうと、一瞬に朝ご飯を食べ始めた。

「翔太。幼稚園の時間はまだだし、眠たいでしょ」

「やだ。ママと一緒に食べる」

 怒ったようにそう言うと、彼は私が思わず差し出したトーストにかぶりついた。


 毎週三回買い付けに行く日は、いつもこんな感じだ。

 幼い翔太に無理をさせていることは本当に申し訳なく思っている。

 兄の哲郎には――翔太はテツおじちゃんと呼び慕っている――まともな男と一緒になれ、と言われるが、そのつもりは全く無い。

 ひとしきり食べ終えると、慌ただしく身支度を整え始める。接客業は清潔感が命だ。黒髪をとかしてゴムでまとめる。化粧は派手にならない程度に。そんな簡素な身支度でも、翔太は「ママ、キレイ」と褒めてくれる。その言葉が私にとっては一番嬉しい。

 時計を見ると六時になる五分前だ。

「じゃ、ママ行ってくるね」

 車のキーを手に取ると、駆け寄ってきた翔太を抱きしめ、おでこにキスをする。玄関の戸を開くと、さっと差し込んできた太陽の輝きに思わず目を細めた。

(今日は祝日だからたくさんお客さんが来るはず。頑張らなくちゃ)

 

 頭の中で、初夏に咲き誇る花たちがグルグルと駆け巡る。私は小走りに、駐車場へ向かった。

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