第11話 アスター大神殿4
バレルノ大司祭の語った話は、俺にとってはよく知っている話だった。
よく知っている、忘れてはならない悲劇。
運命が余所見をしていて、最悪に正面衝突したような出来事。
纏めれば、短い話だ。
30年前、アステリア聖女王国は隣国クトラへ攻め込んだ。
義援と称して毒を混ぜた小麦粉を、冷害による不足に苦しむクトラの民に振る舞い、無力化したうえで虐殺するという、何故そんなことを思いつき、実行し、成功してしまったのかと問いたくなるような手段でだ。
何故、クトラへ攻め込んだのか。
それは、アスター大神殿主教がクトラの王女を手に入れたいと思ったから。
そして、自分の従妹を邪魔に思う聖女王を焚き付け、その従妹を使者として隣国に派遣し、もろとも殺そうと画策したからだ。
そのどうしようもなく稚拙で悪辣な策は成功してしまい…クトラ王国は血と蹂躙の中に滅んだ。
しかし、同盟国を侵略されたアスラン王国とキリク王国の報復により、アステリア聖女王国もまた、同じ道を辿る。
これだけで纏まる話ではある。
だが、その間にたくさんの人々の運命と命と意志が絡まり、紡がれた歴史だ。
俺はアスラン側の記録を読んでいるし、実際にこの件に関わっていた人たちの話を聞いている。
ユーシンの両親も、クロムの両親も、俺の親父と祖父ちゃんも、皆、この悲劇に関わっている。
だが、アステリア側の人の話を聞いたのは、初めてだった。
アスランに記録されている調査書にも、動機などは書かれている。当時の主教や聖女王を拷問にかけ、聞きだした記録だ。
ただ、当時バレルノ大司祭がアスター大神殿にいたはずはない。いれば確実に殺されているし、地方の神殿で確かな地位を築いていたからこそ、その後の復興に尽力できたのだと聞いている。
なら、これはアステリア側で様々な証言や記録を紡ぎ合わせて導き出したものなんだろうか。
「あの、大司祭は当時は大神殿にいませんでしたよね?」
気になったことはすぐに聞いてみるに限る。俺の疑問に、バレルノ大司祭はあっさりと頷いた。
「そうさな。おれは確かに、当時大神殿にゃおらんかったよ。それより5年ばかり前に司祭になるために上京して、拝命をうけたのが最後だったわ」
「その割には見てきたように語ったな。爺」
「見せられたのさ」
とんとん、とバレルノ大司祭は自分の額を指で叩いた。
「ここにな、直接。あれが、おれが女神の御声を聴いたはじめてだったのさ」
クロムの表情は硬い。
クロムにしても、アステリア側の歴史を聞くのは初めてのはずだ。
「おれはさ、かつての主教と同じく、女神の御声が聴けるから司祭になったんじゃない、敬虔な使徒だから推薦されたわけじゃない。実家の思惑で司祭になったのよ」
「え、でも、バレルノ大司祭は御業を使えますよね?昨年、聖騎士通りで橋が落ちて怪我人が大勢出た時、最も重症だった人を癒しの御業で治したって聞きましたけど」
胸が潰れ死の直前だった重傷者は、御業の嘆願が終わった後には自力で立ち上がれるほど回復していたと聞いている。
寄進額はえらいことになったそうだけど。
「まあな。今じゃあ、御業も嘆願できるし、女神の聖句もそらんじとる。だがな。当時のおれはお祈りの時間は半分寝て、説教なんざ部下任せ。興味があるのは寄進の額と社交界でいい顔することだけっていうな、クズだったんだよ。
ほれ、司祭様ってだけで民はありがたがる。言う事も聞く。うちの実家はよ、おれの兄上が当主になっていたんだが、なんつうかね、いいお人だったんだわ。民が困窮してりゃ施しも与えるし、涙も流す。だが、慈善事業にゃ熱心でも、その貧民を減らすための根っこからの改革にゃとんと見向きもしねぇ。そういうお人だ」
昔日を懐かしむようなバレルノ大司祭の声や口調に、兄を責める色はない。困ったお人だと苦笑しているだけだ。
だけど、当時の大司祭は、相当葛藤したんじゃないだろうか。
バレルノ大司祭の手腕は、実績が証明している。
瓦礫の山と化し、神官全てが殺されたアスター大神殿を文字通り立て直し、外交官としてアスランやキリクとの関係改善にも走りぬいた人だ。
その結果として、今の大神殿がある。
並の才覚じゃないと思う。バルト陛下も内乱から即位まで、何度も大司祭に意見を求め、嘘か本当かは知らないけれど、還俗して宰相になってほしいと申し出たこともあるらしい。
自分が兄だったら。領主なら。もっとうまくできる。やれる。
そう、若かりし日の大司祭は歯噛みしていたんじゃないだろうか。
その葛藤が、不真面目な司祭として表れていたのかもしれない。
「だからよ、おれが司祭としてちょいちょい手伝ってやってたわけだな。
領主の弟として政治に関わっちまうと、まあ、余計な火種になるわさ。
出家してりゃ、一応世俗とは関わりませんってツラぁできるしな。
兄上に、信徒からこのような訴えが出ております。女神さまもこのようにお考えですってよ、灌漑とかさ、市場の整備やら、販路の開拓を申し出たり。
まあ、ちょいちょいな」
くしゃくしゃと笑って紅茶を一啜り。
「そんなこんなで毎日暮らしとってな。おれの実家はイシリスから遠い。
オリーブと葡萄を育てて、オリーブオイルとワインを作るのが昔っからの仕事だ。
30年前の小麦の高騰も、もともと小麦は自分たちンとこで食う分しか育ててねぇから、売れない。
…まあ、そんな状況でも売っちまって、豊作なのに食うもんがねぇって土地はたくさんあったがな。
あの時も、おれは王都で何が起こっているのかも、クトラに攻め込んだことも知らんかった。
情報がな、はいってこなかったんだ。知ろうともしてなかった。
聖女王も主教も、地方にやいのやいの言ってこない、むしろ良い王だなんてな。そんなふうに思っておったよ。とんだ間抜けだ」
大司祭はそう自嘲するが、王の権限が薄れて貴族が好き勝手やっている国では、中央の情報が入ってこないのは珍しいことじゃない。
情報は、内政にも軍事にも、ものすごく重要なものだ。
だけど、国が緩んでいる時ほど軽視されるものでもある。
侮っている相手の事なんて、調べる気にもならないからだ。
都合のいい、政治に興味も何もない王と主教を立てた。
あちらの貴族がそれで権勢を振るう事になるけど、うちからは遠いし、影響も少ない。なら、放っておこう…
それくらいの認識だったんだろう。
「んでな、ある日の夜、寝る前のお祈りをしてたんだよ。
まあ、さっさとベッドに入って寝ちまいたいとこだったが、司祭だからよ。神官どもを後ろに従えてな。明日の朝を願うお祈りを礼拝堂でしていた。
あー、眠い。夕飯でワイン飲みすぎた。明日はちょっと量を控えよう。おれも年取ってきやがったわなんて思ってたらさ」
再び、大司祭の節くれだった指が額に触れる。
「見えてるもんがな。見慣れた礼拝堂の女神像から、血を吐きながら御業を嘆願する少女に変わった。
血反吐はいてるってのによ、めっぽう綺麗な方だった。女神が地上に降り立った姿だと言われても信じたろうよ。
そんでな、同時に女神の声が聴こえた…いや、脳みそに叩き込まれたんだ。
『わたしは、哀しみ、怒る』と。
同時にな、聖女王と主教が何しやがったのか、クトラで何が起こったのか。それが全部、わかった。
気がついたらな、鼻血出してぶっ倒れてて、その夜から二日経っていた」
「…女神が、アンタに教えただと?」
「クロム…!」
クロムの顔からは、表情が消えていた。硬質な鋼の瞳が真っすぐに大司祭を見つめている。
とっさに、膝の上で握りしめられている拳を手で押さえた。びり、と震えが走って、クロムの瞳に光が戻る。
ほんの少しだけその瞳が動いて俺を見て、それからまた、大司祭へ向いた。
「なら、なんで女神はそうなる前に手を差し伸べなかった?そうすりゃクトラは滅びなかった。さっさとクソどもに神罰でも食らわしてやりゃあいい話じゃないか?」
クロムの両親は、クトラの惨劇を生き延びた数少ない生存者だ。
特に御母堂は、今でもあの夜以前の記憶をほぼ失っている。
逃げ延びて数年は人形のように心を喪っていたらしい。御父上の看護がなければ亡くなっていただろう。
今でも夜半、急に目を覚ましてとめどなく震え、恐慌状態になるときがある。
癒しの御業も万能薬も、心までは治せない。
そんな母を見てきたクロムが女神をなじるのも仕方がないと思う。
だけど。
そうじゃないって、俺は思うんだ。
「女神はそこまで万能じゃねぇんだよ」
俺の言いたいことは、バレルノ大司祭の口から語られた。
「女神アスターの大司祭としてな、はっきり言おう。
神は万能じゃない。
女神アスターがことを知ったのはな、サフィル公女が最後の祈りを捧げた時点でだ。
おれにな、その時の女神の哀しみ、己に対する怒りが流れ込んできた。
女神の信徒と称しながら、悪魔の所業を行った連中に対する怒りよりも、止められなかったご自分に対して怒っておられた。
そんでよ、なんでか知らねぇけど、おれのドたまにそれを伝えたんだよ」
「ってことは、神は過去を見ることはできる…?」
「ファン、たぶん今、そーゆー話してないから」
黙ってよ?とヤクモにぬるい笑みを向けられ、はい、と頷くしかできなかった。うん、確かに神の権限を考察してる場合じゃないな。反省。
「見せられてもな、女神はそれでおれにどうしろあーしろってのは仰ってくださらなかった。
ただ、何があったのか教えただけだ。
結局な、アステリアを全滅させる勢いだったアスランから民を守ったのは、神託を受けた俺じゃねぇ。
前アステリア聖王ダレン陛下だ。
陛下の捨て身の懇願で、アステリアの民は救われた。
あの方は王として一番苦しい時期を踏ん張り切ってくださった。
まだお若いのによ…亡くなられた時は今のおれより年取って見えたよ」
国の滅亡を目撃し、復興に尽力し、内乱を乗り越え、その後の穏やかな時代を過ごすことなく息を引き取った王。
あのアスラン先王に民の助命嘆願を行うだけでもすごいお人だ。しかも進軍の号令直前になんて、並の胆力でできることじゃない。
うちの親父はその一部始終を見ていて、なんとかそのまま踏みつぶされるのだけは阻止しようと思いつつ、何もできなかったと言っていた。
アスランでは、出陣の号令は絶対だ。
まして王が親征した場合、その命に逆らうことは自分どころか家族や部下の死を意味する。「反逆者」として、連帯責任を取らされるからだ。
親父は臆病者じゃないけど、動けなかったのも仕方がないと思う。母さんともう結婚していたし。
その時、アスラン先王が率いていた軍は五万。すべてが騎兵だ。
武器を持ち、殺意に満ちた人と馬の群れ。
五万もの騎兵は、ただそこに並んでいるだけでも見渡す限りの地平を埋め尽くし、兵士の呼吸、馬の嘶き、足踏み、それだけで音の壁を作る。
動き出せば容易には止まらない。踏みつぶさされば人間なんて一瞬で肉塊に変わることは、どんなに想像力のない者でも容易に理解できるだろう。
その目に見える恐怖の前に立ちふさがり、民の助命を乞うたダレン王は、まさに英雄だ。
華やかな武勲を打ち立てたわけでも、陰謀を未然に阻止したわけでもない。
だけど、彼は英雄と称賛されるに相応しい人物だ。
そう思っているのは俺だけではなく、バレルノ大司祭もそうなんだろう。
「それとな、女神アスターは、罰を与えなかったわけじゃねぇ。
若き
「それが何の関係がある?」
「おれもアスランのスレンについちゃあ良く知らねぇが、こちらの騎士に近いんだろ?なら、騎士の守護神リークスから御業を授かってんじゃねぇかと思ってな」
クロムは答えない。少し悩んだけれど、代わりに口を開く。
「騎士には御業を授かっている人が多いんですよね?ただ、スレンは騎士とは違うので…」
「そうなのかい?」
「ええ。こちらの騎士は貴族の階級のひとつでもあるし、なんていうか、うーん、身分?とか、職能…的なところがありますよね。
スレンはあくまで資格というか職階というか生き様というか…。能力も技能もバラバラなんです。
クロムは剣術と体術でスレンとして認められていますし、兄貴のスレンには諜報と工作技術でスレンとなっている人もいます」
ほおーっと大司祭だけじゃなく、ジョーンズ司祭とウィルさんも頷いた。
御業は神官だけが使えるわけじゃなく、騎士も授かっている人はけっこういる。
ただ、神官の御業が神に嘆願してその力の一部をお借りするのに対し、騎士の御業は魔導に近い。
騎士叙勲を受ける際に適性があれば授けられ、自分の魔力を(この場合、法力と呼んだりする)元に、剣か盾を媒体にして発動させる。
精霊が神、術式が媒体になっているわけだな。
その為、媒体がなければ発動しないし、神とのつながりが強くなれば新しい御業を授かったり、威力が強力になる神官とは違い、授かった時のまま変更はない。
神官でもあり騎士でもある聖騎士ならまた別なんだろうけど。
種類も、『盾』か『剣』のどちらか一種類だけ。
『盾』は媒体の盾から数倍の範囲を持つ障壁を作り、あらゆる物理攻撃を跳ねのけることができる。ただし、精神魔法や極端な気温には無力。
自分に害となるすべてのものから身を守る、『聖壁』の御業や魔導の
ただ、威力は絶大で、剣聖と言われるような剣士の一撃も、長槍を構えた騎兵の突撃も跳ねのける。
『剣』は同じく媒体の剣をもとに不可視の長剣を呼び出し、それを振るう事で強烈な一撃を生み出す。
威力としては避けられなければ間違いなく真っ二つ。
止められることができるのは、『盾』の御業くらいだろう。
ちなみに、『盾』と『剣』の御業同士がぶつかった場合、対消滅することが知られている。
「おい、あのアル中おっさんと俺を同列に並べるな」
「一応、アル中は治ってるぞ?たぶん…」
「アル中は俺は治ったって言いながら酒呑んでんだよ」
それは否定しないけれど、兄貴がわざわざ通常の十倍苦いらしい解毒剤≪苦≫を呑むたびに飲ませているし、大丈夫だと信じよう。
「で?それがなんの関係があるのかって聞いてんだ」
「おお、悪ぃな。それさ、当時の大神殿にゃ御業を使える神官も、聖騎士も大勢いた。王宮には騎士の御業を授かった連中も多かった。それなのによ、御業が行使されたって記録、そちらにあるかね?」
「あ、そう言えばないですね」
通常、神官の御業は戦に関係ない。
神殿は政治にはかかわりませんと、一応中立を保つことが多いからだ。
まあ、アスラン軍にも治癒系の御業を使う神官部隊もいるし、わりとどこの国にも従軍司祭はいるけれど。
だが、アステリア聖女王国の戦いでは、使われなかったはずはない。
大神殿も自分たちが標的ならば躊躇なく行使するだろう。
時の主教は使えなかったみたいだけれど、司祭にはできる人も多かったはずだ。
御業の嘆願でかなりの寄進を得ていた記録があるのだし。
「そりゃあな、使おうとしただろうよ。だがな、使えなかったんだ」
「使えなかった…?」
自嘲気味に、大司祭は口の端を持ち上げた。
「御業はどなたの御力だ?女神アスターのものだろ?女神の聖名を踏みにじり、これ以上ないほど教えを侮辱してよ、御力をお貸しいただけるはずぁないよなあ」
ああ、なるほど。
女神は、万能じゃない。事前に知ることは、止めることはできなかった。
だが、だからと言って、放置したわけじゃないんだ。
「それも女神の神託が?」
「ああ。戦が終わって1年くらいだったかね。
礼拝堂からなんとか瓦礫をどかして、無事だった女神像を安置して祈っていた時にな。
『私は己が罪としてかの者らを断罪した』ってよ。
騎士の御業が使えんかったのも、女神が王家に与えた聖寵を取り上げたからだろうな。神に認められた王に仕えるのが騎士。だからこそ、騎士の守護神リークスが御力を授けてくださる。
その大本の神が王を認めねぇなら、リークスの恩寵も消え失せるわな」
通常、国が興るといずれかの神に守護を願う。
アステリアなら女神アスターだし、アスランなら雷帝リューティン、キリクならヘルカとウルカっていうように。
神の恩寵はまあ、守護神を持たない国家と比べて顕著にあるわけじゃない。
ただ、善なる神が守護神ならあんまりアレなことはしないだろうくらいの指標にはなる。
思えばそれも、アステリア聖女王国はぶち破ったんだよなあ。
その結果として恩寵を喪った。
国を守る騎士が、守護神リークスの御業を行使できなくなったのも、本来神の声を聴くことで直接神から力を貸してもらえる御業が、恩寵として授けられていたからって考えれば辻褄はあう。
「まあ…それは私も知りませんでしたわ」
ジョーンズ司祭の顔に、さすがに陰りが見えた。そりゃ、神官にとって神が恩寵を取り上げるなんてとんでもないことだろう。
「そう、おおっぴらに言えることじゃねぇからな。
下手こいたら女神アスターを守護神とする国から、罪を問われて攻め込まれちまう。
南半分はアスランの属国になったとはいえ、北フェリニス王国は健在だ。
アスランと正面切ってことを構えたくなくとも、アステリアの農地は死ぬほど欲しいだろうよ。
先王も現王もご存じだが、大神殿でこのことを知っているのは、おれとドノヴァン殿だけよ」
「何故、それを俺たちに言った?」
「そりゃあな、知ってほしかったから、だろうな」
訝しむクロムの問いに、大司祭はよどみなく答えた。
抱え込んできた重い荷物を降ろした、とか、そういう様子はない。
まだ、重い荷物は背負っている。それはきっと、一生降ろせないんだろう。
「お前さん方だけじゃなく、うちのウィル坊やにもな。
今の大神殿は、30年前と比べりゃマシになった。王宮は全然別物だ。
女神がお怒りになったことは事実だが、おれたちは贖罪に努めてきた。
フェリニスが難癖付けてきても、跳ねのけられるくらいにはさ。
ならよ、30年前の罪を知らねぇ世代に伝えるべき時だろう。
確かに、30年前アスランはアステリア聖女王国に侵略し、神殿も王宮もぶっ壊して、主教と聖女王はそりゃひでぇ殺され方をした。神官や王宮にいたもんもな、男は弄り殺され、女は犯してから殺されってな。
だがよ、クトラでアステリアもおんなじことをしたんだ。結局な、人間ってなそういう状況になればなんだってできちまうんだよ。悪魔にだってなっちまう」
大司祭は声を荒げたりはしなかった。淡々と、しわがれた声が紡ぐ言葉は、それでも彼の半生を込めた言葉だ。
ウィルさんは、恐らく無意識だろうけど、指を組み、祈りの姿勢になっていた。
その横でジョーンズ司祭も目を閉じ、何かを呟く。きっと、アスター女神の聖句だろう。
「そんでな、それを戒めるのがよ、信仰であるべきだとおれは思うのさ」
「大司祭様…」
「まあ、こんな偉そうなこと言っときながら、さっきまで女神の真意を疑ってたワケなんだがよ。そうじゃねぇって気付いたら、ああ、やるべきことが見えたわ。
さて、ファン。お前さん、さっき、神託は本当にあったのかと聞いたな?」
不意に過去の話から、今現代の問題に戻ってきた。
大司祭は少し疲れているようだったけれど、話を終わらせる気はないみたいだ。
「ええ。神託がでっち上げだと考えた方が、整合性が高いように思えます」
まず、マルダレス山に「何か」を配置する。
そこに偽の神託を行い、聖女候補を向かわせる。
目的は、一番可能性が高いのは儀式の失敗、それも大失敗だろう。
30年ぶりの儀式の失敗。それは、今いる二人の大司祭を失脚させる材料として、十分だ。
バレルノ大司祭はもちろん、ドノヴァン大司祭にも敵は多い。
清廉な人格で知られる彼は、もし不正やなにかが見つかれば、どんな後ろ盾があってもその犯人を神殿から追放する。
実際、罪に問われる人数は右方改革派より左方保守派の方が多いのだ…と聞いたことがあった。
彼の取り巻き、と言うと言葉は悪いけれど、側近たちはその言葉に忠実で、買収による転向はない、らしい。
いろいろとよろしくやっている連中からすれば、旗印としては申し分ないけれど目障りな人物だ。
本人は非難のしようがないような人なわけだし、失脚させるためには何か失態をしてもらうしかない。
バレルノ大司祭にしても、政治力で彼に匹敵する人はいない以上、引き摺り下ろすには大きな失敗が必要になる。下手に手を出せば返り討ちは必至だろう。
「大司祭おふたりを追い落とすためには、これ以上ない設定だと思うんです。聖女候補は御業の使える人ですよね?人数は確か五人…」
「ええ、そうです。聖女拝命の儀式とは、女性神官が女神の刻印を授かる儀式なのです」
「となると、その五人は優秀な人材ですよね。それを一度に喪えば、かなりの失態になる」
ジョーンズ司祭はこっくりと頷いた。
「え、刻印ってお願いしてできることってあるの?僕、生まれつきか勝手にできるものだと思ってた!」
「そうですね、多くの神の刻印はそうやって授かります。刻印とはどういったものかは知っていますか?ウィル」
突然質問されたウィルさんは、目を大きく開いて背筋を伸ばした。
先生に回答を指名された生徒みたいだ。いや、まさにそのものだな。
「は、はい!刻印とは、神が特別に恩寵を与えたもうた印、です!
刻印を宿した人は、神と直接つながるため、非常に強力な御業を扱うことができる、ます!また、特別な力を与えられる、です!」
暗記した教科書をそのまま読み上げたような答えは、一応及第点のようだ。ジョーンズ司祭はにっこり笑って頷いた。
「そうですね。女神アスター様の刻印ならば、夜の眷属…死霊や幽鬼、不死者を追い払い、精神を惑わす魔法を無効化することができます。
刻印が宿る方法はみっつ。まず、女神アスター様のように、選ばれた神官に儀式にて刻印を授けていただくこと。むしろ、こうして刻印を授けていただく場合が多いんですよ?」
「ヘルカとウルカは己の眷属に刻印を持たせて地上に降ろすぞ」
口の周りについたクッキーを拭いながら、ユーシンが口を挟んだ。
こんもりとあったクッキーの山はクッキーの丘くらいになっている。何枚食ったんだコイツは…
「ええ。ふたつめは、ユーシン様がおっしゃったように、神がご自身の眷属や
「ヘルカは滅多に遣わさないが、ウルカは常に一人、我が国かクトラに降ろしていただける。
眷属が転生してきたなら刻印が消えることはない。
ウルカの刻印を持つ神子は、女神の分霊を宿して生まれ、大人になったしるしと共にその分霊は抜け出る。
そうすると、国のどこかに刻印を持った赤子が生まれ、神子は交代する。
神子の目を通してウルカは地上を見ているのだとラヤ教では教えているし、実際にそうなんだろう。
神子はカイラス大僧院という、キリクとクトラの国境にある僧院で大切に育てられ、人間に戻った後は実家に戻り、人として生きていく。
僧院で育てられている間に医術を学ぶので、人に戻った後はそのまま医術を学び続けて医者になることが多い。
これはウルカが生と死を司り、医者を守護する神だからってことになっている。
そういう事にして、親元からすぐに引き離され、俗世間と乖離して育ってしまった子供が一生困らないための技術を身に付けさせているんだろう。
「で、ファン。精が通うのはわかるが、月のしるしとは何だ?」
「…あとでな。今、その話するときじゃないから」
「うむ、わかった」
えと、本当に知らないの?こいつ…いや、知らないんだろうなあ…困らせてやれとか、そういう意図でこんなこと言う奴じゃないし。
「うん!で、最後のひとつがいきなり宿る場合だね!」
微妙な空気をヤクモの声が必死に祓う。うん、ありがとうな、ヤクモ。
お前は知っているし、それが微妙な質問だってこともわかっているんだな。
「そうですね。いきなり宿るともうしますか、その神が人の行いに目を止めて授けるものです。
有名なのが、歌の神ガルドルですね。喩えそれが路上で鼻歌を口ずさむ者であっても、その歌が気に入れば刻印を授けます。世界にひとりとは限らず、最も刻印を授かったものが多い神ではないでしょうか」
「鼻歌でもか~。んふんふふ~って歌ってたらいきなり刻印持ちになっちゃうわけだねぃ」
「ええ。ただ、刻印が宿ってしまえば、必ず歌を生業にするものとなります。まったく別の道を歩んでいても、必ず」
刻印は、宿ったものの運命を変える。
今の例でいうなら、ガルドルの刻印を宿せば、本人が望まなくとも歌わない人生は送れない。
まわりが放っておかないこともあるが、様々な偶然やきっかけが必ず歌を歌わせる。
そしてそれから、一生逃れることはできない。
まあ、歌の神が刻印を授けるくらいだから、歌が嫌いな人はいないわけだし、どうしてもいやだって人は少ないだろう。
例外としては、極端な恥ずかしがり屋が最終的に天幕の中で姿を隠しながら歌い、無貌の歌姫として名を馳せた物語が残っている。
本人にとっては非常につらい人生だったかもしれない。
やりたいことと、やらなくちゃいけないこと、やれることが一致するのは…そうはないものな。
「他には、英雄の守護神マースでしょう。かの神は、英雄となるものに刻印を授けます」
「英雄…バルト陛下にもあったんでしょうか?」
「いいえ、ウィル。英雄ならば必ず授かるわけではないのです。確かに陛下は授かってもなんら不思議はない方でしたが、そういったことはありませんでした。何をもってマース神が英雄とみなすのか、それはわからないのです。でしたよね?ファン様」
急に振られて、慌てて頷く。
…マース神、か。
「…そうですね。また、必ずどこかでマース神の刻印を授かったものがいるってわけでもない。ただし、マース神の刻印…『灯の刻印』を持つものは必ずひとりだけ、と言われていますね」
「あの、司祭様、アスター様の刻印には、とくにその、名前ってありませんよね?なんで、マース神の刻印にはあるんでしょうか?」
おずおずとウィルさんが問いかける。
「通常の神の刻印は、その神の名を神の文字で記したものです。
我々には読むことのできない尊い文字です。ですが、マース神の刻印だけは、灯を象った印なのですよ」
教科書には載っていなかったのか、彼がまだそこまで読み進めていないのかはわからないけれど、ジョーンズ司祭は生徒が質問をしてきたことが嬉しかったのだろう。
得たりと笑って答えた。
うん、質問をするってことは興味を持ったってことだし、いいことだ。
「灯…」
「闇夜を照らす、小さな灯り。やがてそれは松明に、焚火に移され、人々を暖め励ます炎となる。英雄とは、そうしたものだ…」
それは、マース神の聖句の一節。
別に俺はマース神の信徒ではないけれど…覚えてしまった一節だ。
だけど、うん。今はマース神のことはどうでもいい。
必要なのは、女神アスターの刻印を授かるための儀式。それに関する情報だ。
「確認したいんです。今回の聖女拝命の儀式、その神託はどうやって下されたんですか?」
やや強引にだけれど、話を変える。このまま講義を聞いているわけにはいかない。
あ、俺が「話が長い!」って怒られてた時、皆そう思ってたりした?
えーと、なんて言うか、すまん。
「お祈りのさなかにな、突然授かったのさ。
本来はな、聖女拝命の許可を願う儀式でよ、是非を問うていたんだよ。
んでな、それは毎月十六夜の夜に行っとった。神託の下った日の夜にも予定してたのよ。なのに神託が下されたのは朝の祈りの時間だ」
「その際、突然一人の少女が立ち上がって伝えたのです。聖女拝命を行う…と」
「嘘くせぇ」
クロムの言葉は容赦ない。吐き捨てるとはこう言う時の表現なんだなあと変に感心する。
「いや、でも、30年行われてないってことは、少女って言われるような年の子なら存在自体知らないんじゃないか?それなら女神の神託はありえるんじゃ…」
「お前がでっち上げだって言いだしたんだろうが。どっちの味方だお前は」
うん、まあ、そうなんだけど。
「スレンの兄ちゃんの言うことはもっともだ。30年間是非を問うてもうんともすんとも返してくださらなかったモンだ。それを急に司祭ですらねえ、御業は使えるがただの神官の娘っ子が言い出した。そりゃあ疑うさ」
アスター女神のような真面目な神は儀式の手順を変えたりしない。
まして神託は、神が直接語りかけるから受け手側に負担も大きい。
かつてバレルノ大司祭が二日も意識を失ったように、下手をすれば命を落とすか廃人になる可能性もある。
だからこそ、儀式という術式でその負担を軽減させるわけだ。
煮えたぎったお湯に手を突っ込めばただでは済まないけれど、水である程度薄めておけば軽い火傷で済む。
その儀式をすっ飛ばして神託を下すというのは、いきなり頭から沸騰したお湯をぶっかけるようなものだ。
そんなことをしてくるのはよっぽどの非常時だけだろう。
「しかもな、その娘っ子はちょっと難しい子でな。
元々は違う町の娘だったんだが、礼拝に熱心にきているうちに女神の声が届いてよ、御業を授かった。そんで大神殿に入ったんだ。
だがな、大神殿にゃ娘っ子より若くても御業を使うもんもいりゃあ、娘っ子の御業は、特に強力ってわけでもなかった。それをよ、納得していない子でな」
「ああ、いるな。そういう勘違いしたブス」
「いや、顔の美醜は関係ないだろ?」
「何故かそういう奴はブスなんだよ。まあ、男女を問わずだが。
顔がよけりゃ、周りがチヤホヤするだろ?
自分もチヤホヤされたい。だが、顔じゃ勝負できないことは分かっている。
自分はもっとチヤホヤされるはずだ。
こんなその他大勢の一人じゃない。
そう拗らせてるとこに御業なんて授かってみろ。壮大な自分スゲー物語が脳内で展開していくぞ」
「すげー決め付けだけど、確かに割とあるな…」
「士官学校にいっぱいいたからな。その手のアホ」
「おいおい、さすがにブスはやめてやれ。まあ、その娘っ子の顔については何も言わんからな」
笑いを堪えつつ少し怒って見せるという難しい顔で、バレルノ大司祭はクロムを窘めた。
うん。女の子の顔を貶すのは良くないよな。なのにクロムは容赦なく続ける。
「顔の作りがマズくても、いつも前向いて笑っているうちに愛嬌が出てくる。それもしないで人よりチヤホヤされてえって顔しているからブスなんだよ」
「クロム、ブスの話はもう言いから…」
「で、そのブス、この娘を聖女にするから儀式をやれとかぬかしたんだろ?」
「よくわかったな。その通りよ。だがな、神託が下りたわりにゃ、娘っ子はぴんしゃんしとった。祈りのために跪いてからの記憶はないと言っておったがな。
だが、妄想だ捏造だと決めつけて、もし本当に神託だったらどうするか。
それがあってな、おれらは困り果てた」
すでに一度、女神の信頼を裏切っている。それでもし、神託が本当だったら。
今度こそ女神は、アステリアを見捨てるかもしれない。
「その娘っ子は、左方に属していた。だからな、ドノヴァン殿が女神の真意を確認するための儀式を執り行うと決めたのさ」
「え、いいんですか?女神さまに今のホント?って聞くわけですよね?」
「そうともよ。不敬とお怒りになる可能性もある。
だが、儀式を経ずに降りた神託にはな、そうやって真意を問うこともままあったのよ。記録を見るとな。ただ、慎重にならなきゃいかん。
そこでな、ドノヴァン殿はおひとりで儀式に臨むとな、仰られた」
「おひとりで?」
「ああ。自分一人が行えば、女神の怒りが向くのも己のみ。もし神罰で息絶えていれば、それこそが女神の真意であったと思ってほしいとよ。側近も連れずに三の塔に籠られた」
礼拝堂を囲む、四つの塔の一つの事だろう。
「翌日、げっそりやつれたドノヴァン殿が降りてきてな。聖女拝命の儀式については間違いなく女神の意志であると宣言したのさ」
「ブスは?」
「ドノヴァン殿の回復を待って確認したら、それについては女神は何も告げなかったってことでな。どう解釈したもんかと議論を重ねて、まあ、あの娘っ子は女神の声を漏れ聞いて勘違いしたんだということになった」
直接神託が降りたのなら、無事で済むわけがない。
けれど、神託自体はあったのなら、本来その夜に儀式で授かるべき神託が、聖女拝命の儀式というところだけちょろっと、その少女が聞いたんだってことにしたってことか。
かなり無理があるなあ…
「娘っ子は書物やらで聖女拝命の儀式を知って、芝居をしたんだろうな。
だが、その芝居をしようという考え自体、女神の意志が僅かにその娘っ子に零れて、そんなことを思いついたんだろうとな。
そうじゃなきゃあ、そんな突拍子もねぇことせんだろうと」
「ああ、なるほど」
彼女は自分の意志で芝居を打った。だけど、その意志そのものが女神に影響されていたってことか。
「それから大神殿はてんてこ舞いよ。陛下への報告とアスラン王国へのお伺いを
「まあ、うちの方は若い女性の神官自体少ないですしね」
美味しいところだけ取られたようにも見えるけど、それなら儀式が失敗すれば大打撃を受けるのは左方の方かな。
最初ギルドに左方の神官がやってきたことを考えても、より熱心なのは保守派の方なんだろう。
「しっつもーん!」
ぴょい、とヤクモの手があがる。
「あのさ、その、左の方の人は、ダメだった頃の大神殿にしたいんだよね?ドノヴァンさんっていい人っぽいのにそれはいいの?」
「難しい質問だな」
あんまりにもストレートなヤクモの質問に、大司祭たちは苦笑を浮かべた。
「あの方が目指しているのは、王家や貴族とずぶずぶになって贅沢三昧じゃなくてよ、王権は神殿が神より預かって授けるもの、政治なんぞは世俗のモンに任せて、神官は祈りだけ捧げて過ごす…そんな時代のことだわな。
左方の食事が質素なのも、ピンハネしてるやつがいるのはもちろん、ドノヴァン殿がそれで満足してるからだしな」
「朝はお茶のみ、昼はスープとパン。夜はミルクと炒った豆を摘ままれるだけだそうですわ」
「まあ、おれも似たようなもんだがな。年取るとなあ、肉やら魚が重くなってきちまって。だが、若いもんまでそれじゃいけねぇや」
「大司祭はお酒も召しますしね」
うーん。金がないときの俺たちより質素だ。それにしちゃあの神官は太ってたけど。
「前はもう少し召し上がってたらしいんだがな。ここ半年はそんだけだと。まあ、そういうところも含めて、絵にかいたような聖職者なのよ。あれでもう少し、周りの些事に目を向けてくれりゃあな。実際に不正がわかりゃ容赦はしねぇが、それまでは盲目的に信じちまう」
末端の神官まで粗末な食事なのも、贅に溺れることもなく、清貧に過ごすためだと言われれば納得する。
実際には、そう宣う輩がブクブクと太っていても。
御業は寄進額で一律に行うのではなく、本当に困っている、助けなければいけない人に嘆願すべきだと言われれば、その通りだと頷く。
その困っている人が金持ちか貴族ばかりでも。
それでも、ドノヴァン大司祭自身は清廉で善人。
うん。人の上に立っちゃいけないというか、都合がいい人というか。
「神の使徒としちゃ、ほんとうにすげぇお人だよ。信仰もなんも揺るぎない」
バレルノ大司祭の人物評に悪意はない。むしろ、好意を感じる。それは、大司祭の兄上を語るときに似ていた。
「そんなもんで、神託は本物だ。だが、都合がよすぎるっつうお前さんの意見もわかる」
「うーん…なんだかすごく引っかかるんですけどね」
神託が先だとすれば、未帰還者の発生が早すぎる。
神託が下ることを予想して仕掛けた?予想なんてできるのか?
それとも、本当にたまたま偶然だっていうのか?
「ンでよ、お前さんらがほかの依頼も受けちまっているから、護衛はできねぇってのもわかる。
そのうえでな、別口で依頼をしてぇ」
「別口ですか?」
「ああ。何かがいるのもわかった。そいつがシャレにならんってことも。なんでな、右方としては、麓の村まで援護のための部隊を送ろうと思う」
「山には入らずに、ですか?」
こくりと大司祭は頷いた。
「最悪、そいつらも突入させにゃならんかもしれん。
でな、お前さんたちにはその部隊を麓まで護衛してもらうことと、山でなんか見つけたり、なんかあったら知らせてほしいのよ。
儀式がそのせいで失敗したとしてもまあ、仕方ねえ。できりゃ神官は保護したいが、何より麓の村や旅人に被害が出るのを防がなきゃならん。山の麓とはいえ、街道もあるしよ」
「山に入った連中の救出はなしでいいんだな?」
「おう。情報を持ち帰るのを最優先にしてくれ。つまりな、お前さんらの生存が第一だ。
必ず生きて情報持って帰ってきてくれ。相手が何なのか正体も掴めねぇんじゃ対策も立てられん。
報酬は、五日間で前金ひとり中銀貨2枚。成功報酬は、全員で金貨5枚」
「きんか…」
金貨1枚は、大銀貨1枚と同じ価値…とされている。
大銀貨は、中銀貨10枚で両替ができる。
中銀貨1枚で十日間生活ができるわけで、つまり三ヶ月くらい何もせずに暮らせる。
それだけじゃない。銀貨はたいていほかの国に行けば価値が下がるが、金貨は変わらない。なんで、実際に両替する場合は、大銀貨12~14枚くらいで交換できる。
金貨を欲しがるような大商人は、大抵他国と貿易をしているから、その場合の支払いは金貨で行うんで、相対的に上がるんだ。
つまり、ものすっごい大金。
「爺さん」
「おう」
「もう一声」
えええ?十分だと思うんだけど??
「道中の食事、宿代もこっちもちでどうだ」
「…まあ、いいだろう。だが、必要な魔法薬も経費として請求するからな」
「ちゃっかりしてんなあ。
「守護者だからな。危険にさらすわけにもいかんし、これ以上庶民感覚身につけられても困るんだよ。まあ、もうそっちは手遅れだが」
ふうとため息をついてクロムは肩を竦めた。
「金貨で取り乱してるようじゃなあ…」
「ああ本当に」
なんで意気投合してるんだよ…
「えーとですね。バレルノ大司祭。依頼として受けますが、きちんと冒険者ギルドを通しておいてください。ギルドを通さない依頼は罰則を受けることもあるので」
「おう。リタ、頼んだぞ」
「はい。かしこまりました」
「出発は悪いが一日くれ。明後日の朝、開門と同時に出発する。集合は西門でいいか」
そうなると少しばかり強行軍になるなあ。
ただ、大神殿の協力が得られれば、目的の場所を探す必要はない。
どのあたりに聖女神殿跡地があるのかわかれば、そこに向かって行けばいいからだ。
だけど、やっぱりなんか引っかかる。
偶然のわけはない。なのになんで、今回の件に関わってそうな影が見えてこない?
誰がこれで一番得をする?
左方の陰謀かと思ったけれど、失うものは左方の方が多い。
失敗すればバレルノ大司祭より、主導しているドノヴァン大司祭の責任の方が重大だからだ。
いくら失脚を望んでいても、左方に人を纏められる人材がいないのも事実。
追放や地方の神殿への左遷は困るだろう。
発言力が落ちて、名誉職かお飾りの存在になるくらいが理想のはず。
右方の画策なら、バレルノ大司祭が少しくらいは掴んでいるだろう。
なにより、行う理由があまりに少ない。
なら、誰が、何のために?
「あんまり今から悩んだって仕方ないだろう。禿げるぞ?」
「禿げねーよ…祖父ちゃんも未だふさふさだわ」
「俺たちの仕事は、お客を村まで送って草をむしって帰ることだ。陰謀がどうとか悩むことじゃない。違うか?」
トン、とクロムの拳が俺の左胸を打つ。
お前の心臓はちゃんと動いている。だからそんなに慌てるな。
それを思い出させるのに心臓の上を叩く。
あー、うん、そうだ。ここでぐるぐる考えていたって、どうしようもない。
それは、
「そうだな。うちのパーティ戦士、男ばっかのありがちなパーティだもんな。陰謀暴いてどうのこうのは、向いてないな」
「だろ?なら、できることをやればいい」
こういう時、思考の泥沼から引っ張り上げてくれる仲間がいることは、本当にありがたいと思う。
「運命だの神の意志だのなんざ、捨てておけ。楽な仕事で金貨だ。使い道考えておこうぜ」
「そうだな。とりあえず、全員の下着新しくしちゃうか?ほら、結構履き古してきたと思うし!」
「…そういうところだぞ?」
はあーっとクロムがまた溜息をついた。なんで?
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