北へ【3】

 気配が動く度に、森の中に不釣り合いな音がした。衣の擦れる音と木材がパチパチと燃える音だ。


 既に追っ手が掛かったのだろうか。セラは気配を殺して様子を伺った。


 このまま何事もなく、通り過ぎてくれればいい。今のセラにはそれを祈ることしかできない。


 だが、その祈りは届かなかった。


「若様、お待ち下さい」と濁りのない男の声がして、足音がやむ。


「いかがした、タキス」


 濁りのない男の声に返したのは、低く重い男の声だった。


「近くに何かいます」


「この寒い森の中にか?」


「土にまだ新しい足跡がある。小さいが二足歩行だ。おそらく人間かと」


「まさか追っ手が?」


「いえ、それにしては小さいし、第一痕跡を残しすぎている。もちろん罠という可能性も捨てきれませんが」


 気づかれたーーとセラは思った。


 セラの追っ手にしては彼らの会話は不自然なのだが、焦りと恐怖がセラを支配していてそれに気づく余裕もない。セラの心臓は早鐘を打ち頭は真っ白になっていた。


「見てきます」


 それでも近づいてくる気配は、セラの決断を待ってはくれない。狭いうろの中では逃げ場を失い直ぐに殺されてしまうだろう。


 逃げなければーー。


 死への恐怖が身体を突き動かして、セラはうろの外に躍り出た。


「うさぎ、か」


「いや、人です!」


 後ろ手に上がった声とひゅんっと宙を飛ぶ音。セラの足元を矢が掠め、足が絡まりセラは前のめりに転がった。


 体勢を立て直す暇もなく、再度弓を引くしなる音がする。


「待て! 殺してはならぬ!」


 矢の代わりに飛んだ澄んだ声にセラは初めて背後を振り返った。


 それと同時にーー


「動くな」


 と目の前に突きつけられた剣先に、セラはようやく動きを止めた。


 乱れた息を整えながら、セラは相手を観察する。短髪の赤髪が印象的な、長身の剣士だ。彼が持つのは帝国の兵士が持つのと同じ仕様の剣。しかし身につけているものは、あの忌々しい黒とは違っている。


 彼を含めて一行は三人。彼らは一様にセラが普段外出時に身につけるのに似た、風除けのマントに身を包んでいた。


 帝国兵ではなさそうだ。けれどそれにしては剣を操る男の身のこなしも、狭い森の中で矢を操る弓の腕も尋常ではない。明らかに武器の扱いに馴れている。素人目のセラからでもそれはわかった。


「若様、いかがいたしますか?」


 剣士は濁りない声で、主に指示を仰いだ。危険がないと判断したのだろう。壮年の弓使いが、地に投げ出した松明を拾い、主を伴って近づいてくる。


 彼らの主は薄暗い森の中にあってなお目深にフードを被っているため、正体を伺い知ることはできない。だが弓使いを制した声のトーンから若い男だということはわかった。


「あまり近づかれては困りますよ」


 彼は弓使いの忠告を手で制してセラの間近に寄ると、膝を折りフードの中に隠れたその双眼をセラと交差させた。


 セラはその瞳の色に覚えがあった。緊張に張りつめていた糸が切れ、声にならない音が胸の奥から込み上げてくる。


 セラが見たその瞳の色は、流星と同じ金色それだった。


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