命降る夜【4】
そしてセラが冷たい土間の上で目を覚ましたのは、辺りがすっかり暗くなってからのことだった。村長の姿も、忌々しい兵の姿も、何より兄の姿も、もうどこにもない。
頭に鈍い痛みを感じるから、どうやらあの兵に昏倒させられたらしい。あれからどのくらい経ったというのだろうか。
かまどにくべられた火は、燃料の木材を灰に変え、既に消えてしまっている。
開け放されたままの木製のドアは、風を受けてキーキーと音をたてていた。
セラはそのドアを視界に捉え、ついっと視線を上へ向けた。
太陽はその姿を潜め、空に姿を晒しているのは月と星々であった。星々の位置と月の高さからいって、あれから一刻以上は過ぎている。それを裏付けるように、セラの手足は冷えきっていていうことを聞きそうにない。もう少し目が覚めるのが遅ければ、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。そう考えてセラは身震いをした。北の地に生きるセラは、十分に寒さの恐ろしさを理解している。
しかし今はそれ以上に、兄の行方を考えることの方が恐ろしい。
寒さに重たくなった身体をゆっくりと起こし、セラは胸の前で手を組んだ。
「お願い、星よ。兄さんを連れていかないで」
それは声というには小さすぎる音だった。それでも胸の奥から喉を通って、込み上げてきた熱がその音を形作ったのである。その熱がセラの身体から外に出る瞬間、セラは目の前に火花が散ったかのような感覚に襲われた。
キラリッと一瞬、何かが光り、セラは思わず目を瞑ってしまっていた。
「じゃあ、乙女、君が代わりに俺と共にくるかい?」
降ってきたのは、兄のそれとは違い、荘厳な鐘の音を思わせる男の声だった。驚いてセラが目を開けると、月明かりを纏った少年とも、青年ともつかない年頃の男の姿がある。
よく見れば彼が月明かりを纏っているように見えるのは、儀式に使う帯と同じ素材でできている服を身に纏っているからであった。髪は夜の闇を溶かしたような艶やかな黒髪で、その黒髪に縁取りされた輪郭の中、真っ直ぐにセラを捉えていたのは金色の双眸である。
セラはその双眸に息をのみ、掠れる声で尋ねた。
「あなたは誰?」
その問いに彼の者は笑う。
「俺に呼びかけた君が、それを聞く?」
質問に問い掛けで返されたが、セラはその言葉に彼の正体を悟った。彼は星なのだ。そう考えてみれば、彼の双眸は空で寄り添う双子星のようである。
だがどうしてこんなに近くに星がいるのか、セラにはわからなかった。
「私はあなたの元まで来てしまったの?」
「違うよ。俺は
「流星……」
セラはその言葉を反芻して、目を見開いた。
先程セラが目にした光は、きっと彼が落ちて来たからなのだろう。
流星――地に落ちた星、失われた輝き。それはシューレの民にとって禍事の象徴として語り継がれている。目の前に立つ彼は災厄を運んできたのだろうか。
だが確かに彼は、セラの呼びかけを聞いたと言った。彼がその呼びかけに応じてやってきたというなら、セラにとっては災いではない。むしろ兄を助けてくれる唯一の救いといってもよい。
「お願い、兄さんに星を詠ませないで」
セラは重たい身体を引き摺り、ドアの外に立つ流星に縋りつく。流星は膝を折り、セラと視線を合わせると、そっとその手を取った。
「それが君の願い?」
セラは無言で頷く。それに流星は優しく微笑んだ。
「では兄に代わり君が村長にこう伝えるんだ――かの星は天の頂に座さず、地に落ちた、と」
そこで一旦言葉を区切り、「けれど」と流星は表情を引き締める。
「それを口にしてしまったら、君はもうこの村にはいられないだろう」
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