星詠みと流星

メグ

命降る夜【1】

 里中にあって、セラがその音に気付いたのは本当に偶然だった。


 北の地のひどく乾いた鋭い風の音に乗って、どこかで聞いたような鈴の音が聞こえる。セラが今いるのは、里の中央に位置する広場だから、どうやら音は里を南北に縦断する通りの南側から聞こえてくるようだ。


 風除けとしてぼろ布を張った店の軒下から、兄と共に顔を出せば、死者を見送るための葬列が進んでいくところだった。


 彼らの向かう先は北の樹海に作られた墓地だろう。現にそれは白と黒の不思議な列をなし、村の大通りを北に向けて歩んでいく。


 黒は麻布のマントを身に纏った棺の担ぎ手で、白い前開きの羽織に袖を通し、濃紺の帯を締めてそれを先導するのは死者の縁者と村長むらおさだ。


 木製の棺を四人がかりで担ぎあげているのは帝国兵だろう。セラはその銀色の瞳で葬列を追いながら、そう結論付けた。黒いマントの下からする武具の金属音は隠しきることはできないし、何より里の者なら葬列には必ず膝丈はある白い羽織を纏う。セラが聞いたのは、その羽織の裾袖に縫いつけられた鈴の音だったのだろう。


 セラは三年ほど前に両親の葬列に参加したことがあるから覚えている。あの頃は、村人しか葬儀に参加していなかったから、まるで夜空の天の川のように綺麗な白の流れができていた。


 しかしここ数カ月は、その白い流れを汚すように、黒衣の男達が葬列の中枢に入り込んでいる。

 悲しみを慰めるように鳴る澄んだ鈴の音は、剣と鎧がぶつかる無粋な音に邪魔されて、死者にもその縁者にも真の意味で響くことはない。

 セラはそれを残念に思うと同時に、口にはしない怒りさえ覚えていた。


 それほどまでに、ここ数カ月で目にした葬列の数は多い。セラの気持ちを代弁するように、同じく葬列を見送っていた兄は、「今月に入って、二人目だな。いったい誰が亡くなったんだ?」と言った。

 後ろで籠に荷物を詰めていた店の主人が、その声に反応して、半ば独り言のように呟く。


「ありゃ、ロウの葬列だ。可哀そうにまだ二十歳にもなっていないってえのに。優秀な星詠みでさえなけりゃあ、もうちょっと長生きできたのによぉ」


 そういう主人もまた、先日長年連れ添った妻を亡くしたばかりであった。

 だが悲しいことに、家族の死は、ガレの北の端に位置するシューレの人々にとっては酷く身近なものである。それでも、家族の死が悲しいことに変わりはないし、それを受け止めるには時間がいる。セラとて三年前に亡くなった両親のことを思うと今でも涙が出るし、両親の死と共に心に開いた穴は今も塞ぎきれずにいる。だがセラには、不思議でならないことが一つだけあった。シューレの人々がこのようなことになる原因を作った人物を恨むそぶりを見せないことだ。


 その証拠に、「ロウって、歳は兄さんと五歳も離れていないよ。この間まで、一緒に外の世界を見てみたいねって話していたばかりだったのに……」 

と、セラが恨めしそうに呟きをもらせば、セラと同じ銀色の瞳を細めて、兄は、「でも、ロウは皇帝陛下のために死んだんだ」と言う。


 けれどセラは、やはりその言葉に納得できない。

 否定の意を込めて、先程より強く首を横に振れば、防寒に羽織った革のマントのフードが落ちて、シューレの民特有の月明かり色の髪が乱れた。


「わたしたちを助けてくれているっていうなら、なぜ皇帝はあんなに沢山の命令を出すの。わたしたちが、魂の一部を飛ばして星を詠んでいるのは知っているはずなのに」


「皇帝陛下は俺達の村を守ってくれているし、北の実りの少ない地で暮らす俺たちに食料も与えてくれているだろう。陛下にお世話になっているんだから、その恩を返すのは当たり前だ」


「守る? でもこんなの、自由を奪って檻に閉じ込めているも同然よ」


 シューレの一族は代々、魂の一部を飛ばし星を詠む術を持っている。星は未来の可能性を教えてくれるのだ。その力を知った時の権力者はシューレの星詠み達を保護するかわりに、自分の一族にのみ仕えることを約束させた。だからこそ、シューレの人々は皇帝の許可なしにシューレの外に出ることはできなくなってしまっている。そうやって自身の元に集めた星詠み達の力を利用して、彼は大陸中に名を轟かせるほどの大国を築きあげた。その権力者が現在のガレ皇帝の曽祖父である。その頃より、シューレの一族はガレの皇家に仕え、その恩恵として実り薄い北の地での生活を保障されている。


 だが星詠みとて、無限に星が詠めるわけではない。星詠みは魂の一部を飛ばす分、非常に短命であった。命は、星を詠む回数に比例して縮んでいく。

 それを皇帝も知っているはずなのに、ここ数カ月、皇帝から下される命令は減るどころからどんどん増えている。外の世界で何が起ころうとしているのかセラは知らないが、現状を考えると、あまりよくないこととが起ころうとしているのは確かだった。


 いや、起ころうとしているというのは適切ではなく、起きていると表現した方が正しいのかもしれない。かもしれない――というのは、星詠みは確かに未来の可能性を詠むことができるが、星が伝える情報は断片的でそれを正しく解読することは難しいためだ。昔ならいざ知らず、外界と断絶された生活を送る星詠み達にはそれを解読するには情報が少なすぎた。したがって、星詠みは星から伝わった情報をそのまま兵に伝えるだけで、今帝国で何が起ころうとしているのか、もしくは起こっているのか知る者は、シューレの中では村長を除けば全くといっていいほどいない。


 兄の考えを否定するわけではないが、だからこそセラには、皇帝が事情も話さずにシューレの人々の日々の生活を人質にとって、無理難題を押し付けているようにしか思えなかった。

 二人の両親もまた、兄妹の生活を守るために命を落とした被害者であったからだ。


「納得できないならできないで仕方がない。でも、これから先もシューレで暮らしていく以上、受け入れなくちゃならないこと沢山あるんだよ」


 優しく諭すような兄の言葉にやはりセラは納得できない。セラは、ふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じた。


「兄さんは、父さん達のこと忘れちゃったの? 本当にそれでいいの?」


 その思いを言葉にすれば、やはりセラが望んだのとは違う答えが返ってくる。


「忘れたわけじゃない。だけど、受け入れることにしたんだ」


「そんなのおかしいよ……」


 両親が死んだ時の思いを忘れていなければ、受け入れるなんて言葉簡単に出てくるはずがない。それともシューレの人は皆、兄と同じように思いを隠し受け入れることで生きているのか。それは、酷く悲しいことのようにセラには思えた。


「おかしくても構わない。だけど、セラもいつかわかる時が来るよ」


 わかりたくもない――それがセラの素直な気持ちだった。

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