第7話 梅さんもついてきて!
連載戯曲『梅さん⑦梅さんもついてきて!』
時 ある年の初春
所 水野家と、その周辺
人物 母(水野美智子 渚の母)
渚(卒業間近の短大生)
梅(貸衣裳屋、実は……)
福田ふく(梅の友人、実は……)水野美智子と二役可
渚: おふくさーん……行っちゃった……
梅: 忙しいのよみんな。担当の数も多いし、身内のこととなると、やっぱり人任せにはできない。明治女の業かもね……
渚: ……
梅: 少子化って問題になってるでしょ。あれ、半分ちかくはわたし達の仕事。
そこの池田さんちの勇君、説明したら、わりとあっさり受け入れたわよ。
「ああリセットできるんだ」そう言って、うっすら笑って消去。
ハリのないことおびただしい「じゃ、やるわよ」「うん」「プシュッ!」それでおしまい。
逆に、こちらが口を挟む間もないくらい、言い訳しゃべりまくる人もいる「海外旅行行き損ねたところがあるから……」「まだ本当の恋をしたことがないから」「いっぺん万馬券をあててみたい……」「阪神の優勝をもう一度」
紙屑が燃えるときみたたいに、ペラペラと良く喋る……でも両方とも一緒。まっとうに生きようという気持ちがない。渚は……
渚: 一つ聞いていい?
梅: なに?
渚: 梅さんはどうしてあたしの体を……?
梅: 言ったでしょ、わたしにも情があるって。たとえ体だけでも渚を生かしてあげたい……それと、正直に言うね。
わたし、もう一度やり直したい……やり続けたい思いが山ほどあるの、文章を書いてみたい。心の想いを形にしたい。
わたしが雪を生んで、あの歳で死ななかったら、五千円札の肖像は、私だったかもしれない……
わたしの心の中には、この源七の盆栽のように開く寸前だった蕾がいくつもあった。
人の一生は短い、渚の体を受け継いでも、四十年がいいとこ……(それほど痛めつけてるのよ、自分の体を)……
それでも、せめてその蕾の一つでも花を咲かせたい、そう言う想い……これ以上は酷だからよすわ。それともう一つ…
渚: それってもっともらしいけど、自分勝手じゃね?
梅: どうして?
渚: だって、あたしの体だよ。
どうしてもっていうんなら、その池田なんとか君みたいにあっさり消してもらったほうがさっぱりするよ!
梅: だってもったいないでしょう、あと四十年はもつんだから、その体。
渚: だって、だってあたしの体だよ。どうしようとあたしの勝手じゃん!
梅: その勝手で迷惑をかけられる世間は渚のものじゃないんだよ。渚は、木に咲く一つの花にすぎないんだからね。
渚: でも、やだ! あたしの体はあたしの体だよ!
梅: そう……そこまで言うんじゃ仕方がない(消去用の銃をとり出す)
渚: あたしの体なんだ、たとえひいひい婆ちゃんだからって……
梅: みんな忘れちゃうんだよ、お父さんもお母さんも、友だちも先生も、コンビニのおねえさんも、となりのポチも。
この引き金をひいた瞬間に……渚って子を忘れちゃう……ううん、存在しなかったことになる。
渚の持ち物も、関係したものも全て消える。
小学校の卒業記念に壁のタイルに残した手形も、ぬりたてのコンクリートにいたずらで残した靴のあとも……いいのそれで?
水野家は、この盆栽と同じように、渚が存在しないことが、ごく自然な中年夫婦だけの家になる、池田さんちのようにね。
むろんわたしも人生のやり直しをあきらめなくっちゃならないけどね。
渚: (梅の懐剣をとっさにとる)なら死んでやる! そうすれば、渚が死んだ悲しみをみんな憶えてくれるじゃないか。
そして、後悔すればいいじゃないか、ああもしてやればよかった、こうもしてやればよかったって!
梅: 最低ね、あてつけに命を絶って、みんなが悲しむ方がいいの?
渚: あたし……だってあたし……
梅: やり直そうよ二人とも、わたしは渚になって、渚はまた赤ちゃんにもどって……
渚: ウヮー(泣く)やだよそんなの、どこの家に生まれるかわからなくって、あたしがあたしでなくなって……
そんなのやだよ、怖いよう、ウワーン……
梅: 安心おし、わたしが渚を産みなおしてあげることになっているから……きちんと育てて、
夢と思いやりのある子に育ててあげる……元締めとのやりとりで、そういう約束になっているの……
これ、本当は言っちゃいけないことなんだよ。インサイダー取引と同じだから。
渚: ……あたしは……あたしは、ほんとうにこのままでいると……沢山人に迷惑をかけるんだね……
梅: うん、酷なようだけど……明日の天気予報よりも確かなことよ……
渚: ……渚のこと、かわいがって育ててくれる? 夜遅くまで保育所にいれっぱなしにしない? ちゃんとダッコとかしてくれる?
学童保育で渚がいじめられてることを知りながら「やられたらやりかえしな」って無責任につき放して、鍵っ子にしたりしない?
梅: あたりまえじゃないか、四代先のやしゃごが、今度は自分の娘になるんだから……
自分の子供がかわいくない親なんて、わたしの時代にはいなかった。
「できたみたい」そう言ったら「二人の子供だ、しっかり産めよ!」わたしの時代の男は、みんなそう言った……
そういう男を見る目は確かだからね……いい男を亭主に見つけるよ……だから、やり直そうね……
渚: うん……
梅: じゃ、いくよ(懐剣をかまえる)……覚悟!
渚: ちょっと待って!(梅ずっこける)
梅: な、なによ?!
渚: 最後に会っておきたい人がいるの、その人に一目会ってから……
梅: いいよ、それくらいのこと。会ってくればいいよ。どこにいたって、渚の居場所はわかるから。
渚: ほんと? 三丁目の八百屋さんなの。梅さんもついてきて!(立ちあがる)
梅: え、あたしも!?
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