第6話 母方のひいひい婆ちゃん




連載戯曲『梅さん ⑥母方のひいひい婆ちゃん』  


 時   現代

 所   東京の西郊


 登場人物


 瞳   松山高校常勤講師

 由香  山手高校教諭

 美保  松山高校一年生





ふく: ごめんなさい遅くなって。はい十六人分の署名と捺印(回覧板を渡す)

梅: ありがとうふくさん、グッドタイミングよ。

渚: 誰、その人?

梅: 渚の母方のひいひい婆ちゃん。

渚: お母さんのひい婆ちゃん? でも、なんで……

梅: ダサくって齢とってるか?

ふく: このなりとこの齢で死んだからさ。

梅: でも、歳は無理でも、その服装くらいなんとかしたら。

ふく: ハハ、動きやすくってさ。それに回覧板まわすのにピッタリでしょ。この子が渚? かわいい赤ちゃんだったのにねえ……

渚: 今でもかわいいよ!

ふく: ごめんね梅ちゃん、美智子がずぼらな育て方しちゃったから。

梅: 自分の責任よ、もう二十歳なんだから……

渚: ムッ……でもさ、聞いてよ、お母さんのひい婆ちゃん……梅さん、あたしの体を奪おうとしてんのよ。

ふく: アハハ、そのとおりだね「奪う」ってとこだけで聞いちゃうと変なこと連想しちゃうけど、渚にしてみりゃその通りだもんね。

渚: ね、でしょ、だから……

ふく: 元締めの決済も終わってるんでしょ?

梅: ええ、ついさっき。

ふく: じゃしかたないわ、回覧板も回し終わっちゃったし……

梅: ご覧、わたしを含む十六人の署名捺印。

渚: 十六人?

梅: 四代さかのぼると十六人の人間がいるんだよ、渚って子が一人生まれるのに。

 その十六人のやしゃごだからね渚は。その人達の認めをもらってきてもらったの。

 渚の心は初期化し、体はわたしが預かって、まっとうな人生を歩みますって……

 またいずれ、新しい人間として生まれ変わるんだ渚は……

ふく: 悪いようにはしないから。ね、梅さんもついてることだし。そういうこと……じゃ、あたしそろそろ……

梅: もう?

ふく: うん、内やしゃごの消去に行かなきゃならないから。

梅: 決まったの!?

ふく: ここに来る前に、元締めからレッドカード……とりつくしまもなかった。

梅: ……遠いんでしょ、ふくさんとこは?

ふく: 気持ちがね……孫の歳三がドイツ人と結婚しちゃったから……

梅: マレーネちゃん……だったよね。

ふく: うん、マレーネ・エッセンシュタイン・フクダ、舌噛みそう。

梅: レッドカードじゃ完全消去ね……

ふく: うん、でもカードの片すみ見て(カードを示す)

梅: 初期化可、ただし圧縮保存のうえ、百年間は解凍不可……情があるようなないような……

 あたし、最後くらいドイツ語でかましてやろうと思って、急ぎのアンチョコだから自信なくて、聞いてくれる?

梅: うん。

ふく: エス イスト ツァイト。エス イスト ショーン シュペート!

梅: もう遅すぎる、時間だよ……まるでファウストね。

ふく: ありがとう、通じるようね……渚ちゃんは百年もかからないからね、それに……

梅: ふくさん。 

ふく: 用事が済んだら、また戻ってくるわ。じゃ、アウフビーダゼーエン(消える)

渚: おふくさーん……行っちゃった……

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