第3話 剪定士
連載戯曲『梅さん ③剪定士』
時 ある年の初春
所 水野家と、その周辺
人物 母(水野美智子 渚の母)
渚(卒業間近の短大生)
梅(貸衣裳屋、実は……)
福田ふく(梅の友人、実は……)水野美智子と二役可
梅: よろしゅうございます。恐れ入ります、そこにおなおりいただけますか。
渚: おなおり?
梅: お座りくださいまし……正坐で、背筋をお伸ばしなさいまして……
渚: は、はい。
梅: 失礼いたします(スマホを出して写す)元締め……上役に最後のチェックをさせていただきます……
渚: イエィ! 百点満点!(スマホに向かってVサイン)
梅:(スマホで話をする)はい……でも……はあ……はあ……やはりそうですか。
はい、承知致しました……(みぞおちのあたりに力をいれるようにして)申し上げます……わたくし実は……
渚: 実は……?
梅: 貸衣裳屋、常磐衣裳とは、世を忍ぶ仮の姿。実は……剪定士でございます。
渚: え……植木の散髪屋さん?
梅: 植木ではなく、なんというか……人間の……
渚: あ、美容師さん!? やだよあたし、リボン付けんのはいいけど、入社式までは、ヘアースタイル変えるつもりはないんだからね!
梅: 美容師ではなく……いわば、人間そのものの剪定士。
渚: え……
梅: 放置しておくと、この先世のため人のためにならない人間を剪定するのが役目。
渚: え……
梅: 元締めと呼ばれる……神さまと申しあげればよろしいかと……その元締めから、この人間を剪定せよと申しつかり、このように種種様々な方法で剪定される人様に近づくのです。そして、念には念を、ただ今元締めによる最終チェックをいたしました。
渚: それって……え? え?
梅: 残念ですが、冗談でもドッキリでもございません(懐剣を取り出し床に据える)
渚: ゲ!……渚のこと殺すの!?
梅: いいえ……この懐剣は、渚さんの肉体と魂を切り離すためのもの……
通常は(ピストルのようなものを取り出す)このピストル型の人消しを使います。
渚: 人消し……
梅: 存在そのものを消し去り、このカートリッジ(銃からカートリッジを取り出す)に魂を回収します……
たとえば、筋向かいの池田さんのおうち。去年定年をむかえたご夫婦だけで暮らしてらっしゃいますよね。
渚: そうだよ、水野さんちは渚ちゃんがいていいねって、小さい頃からかわいがってもらって……
梅: 若い頃から不妊症かと思って、ずいぶん努力を……
渚: そうだよ、病院を何軒もまわって、体外受精とか、いろいろやったけど、結局……
梅: (カートリッジを示して)実は、この中に、池田さんの息子の魂が封じ込めてある……
渚: え……?
梅: ……(カートリッジをガチャリと銃にもどす)
渚: ……池田さんちに子供なんていないって。
梅: ……よくできた盆栽の剪定といっしょ。初めからそういう形であったかのように見える……
その梅の盆栽も、半月もすれば、始めから、自然にきれいに枝や花が整っているように見えるようになるわ。
池田勇君て子がいたの、記憶は消えてしまっているけど、渚とは保育所のころからいっしょ。おもしろい子だったけど、中学のころからくずれはじめ、たばこにシンナー、お酒にクスリ……ここまではいいとしても、
将来、とんでもない災いのもとになる……元締めからそういう依頼があって、先週剪定した……つまり存在そのものを消した。
渚: 消した?
梅: 親でさえ、その存在を忘れ、彼がこの世に存在していた痕跡の全てを消してしまうの。あの子の部屋は、そこ……あの家の少しゆったりしたカーポートの半分を占めていた増築部分……今は跡形もないけどね。
渚: うそ……
梅: ほんと。
渚: ……魂は?
梅: 初期化して、問題がなければ、またどこかの赤ちゃんとして生まれ変わる……そして、今度剪定の依頼をうけたのが、あなた水野渚さん……(じっと見つめる)よろしく。
渚: (耐えられずに、戸や障子を開けて逃げようとするが、ことごとく鉄の扉のようにロックされており、ビクともしない)……そんなあ……(;゚Д゚)
梅: まあ、そんなにお騒ぎにならずにお座りなさい……(指先で渚を、そして元の座っていた位置を示すと、見えざる手によってつかまれたごとく、元の場所に正坐する渚)
渚: ……あ、あんた魔法使い?「千と千尋」の湯バーバみたいな!?
梅: どうせ言うなら銭ーバくらいにしてもらいたかったわね……少しは情ってものがあるのよ、私にも……
わがままで見栄っ張りで、面倒くさがり屋で、人の世話をするのが大嫌いで、こらえ性がない……こんなにかわいいのにねえ……将来は、結婚と離婚を繰り返し、二人の子供を車の中に置き去りにして、渚はパチンコに熱中。子供は車の中で熱中症で死亡。悲観のあまり自宅でガス自殺。そのガスに引火して大爆発。大勢の人がまきぞえをくって死んだり怪我したり……そして、その死に至るまで、通りすがりの人や近所の人達に数え切れない悪影響を及ぼすんだそうよ……
渚: そ、そんな……
梅: という元締めの話。
渚: どうしてそんなふうになるってわかるのよ!?
梅: 言ったでしょ……運命の神さま。人がこれからどんな生き様を示すかを見通す、剪定士の元締め。どの枝を切り、どの花を生かせば、人や人の世が平和になるかを見通される。その的中率は九十九点九パーセントだといわれる。
渚: だ、だからって、まだやってもいないことに責任とらされるなんて理屈に合わないよ!
梅: これをごらんなさい。
池田君が存在し続けていた場合の、つまりわたしが彼を剪定しなかったらこうなったという別次元の新聞、
日付は一昨々日の夕刊。
渚: ……暴走男、男女五人を轢き殺し、他四人重軽傷……親と口論の末、酒を飲んで暴走……父親は責任を感じて自殺……
梅: 死んだ人の名前を見てご覧なさい。
渚: 死者は、太田豊子、新田幸子、水野渚……!?
三人は卒業旅行の待ち合わせのため、水野さん宅前の路上を歩いているところを……
梅: そう、放っておいても渚は死ぬことになっていたんだけど、他のまきぞえくって死ぬ人はもっとかわいそうでしょ。理不尽だわ、加害者のお父さんは責任感じて自殺に追い込まれるし、渚のお父さんやお母さんも、嘆き悲しむ。警察は余計な仕事が増えて、喜ぶのはテレビのワイドショーくらいいのもんでしょ。それで、これがその現場写真。
渚: (チラッと見て顔をそむける)なんでこんなものが……
梅: 超正確な天気予報みたいなもの。近い未来は確実に見通せる。
渚なんて、車の下に巻き込まれて五十メートルも引きずられて……もう人間の形してないよ。
渚: ……
梅: 普通、元締めはここまで見せたり、教えたりはしてくれない。ただ「だれそれを」剪定してこい……こんなに詳しく教えてくれるのには訳がある。渚……あなたはわたしのやしゃごだからよ。
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