海菜と百合香の話
三郎
一年目
野外学習前(「青山商業には百合が咲く」6話の裏)
虚構の王子様
交際宣言をして数週間。登校すると、机の中に手紙が入っていた。『昼休みに体育館裏で待つ』という内容だ。差出人の名前は無い。告白か、あるいは……どちらにせよ、百合香には黙っておこう。
昼休み。トイレに行ってくると嘘をついて、体育館裏へ向かう。そこに居たのは一人の男子生徒だった。
「これ。君?」
彼は頷き「来てくれてありがとう」と笑った。
「俺さ、鈴木さんのことずっと気になってて。付き合ってほしい」
「……私、彼女居るから。ごめんね」
「知ってるよ」
一歩一歩、彼は距離を詰めてきた。
「レズなんだろ?鈴木さん」
「そうだよ」
以前もこんなことがあったなと思い出す。女性しか恋愛対象にならないことを知りながら告白してきた男子が居た。断ると彼はこう言った。「男の良さを知らないだけだよ」と。歳上の、女癖が悪いことで有名な人だった。
彼によく似た雰囲気の目の前の男子は、あの時の彼と同じことを言い放ちながら、私に詰め寄った。
「ふぅん。そう。で?君はどっち?私を抱きたいから口説いてる?それとも、抱かれたいから口説いてるの?」
煽り返すと、彼は怯んだ。隙をついて、ネクタイを引いて、壁に押し付ける。
「私ね。男の子としたことは無いけど、君がどうしてもって言うなら抱いてあげても構わないよ。男性には興味無いけど、私を見下す君が、私に良いようにされて鳴く姿にはちょっと興味があるから」
私は、私の恋愛対象が女性だけだと知りながら近寄って見下してくる男性が嫌いだ。死ぬほど嫌いだ。異性愛主義のこの世界と同じくらい、大嫌いだ。だけど……
「っ……」
見下すつもりが見下されて、悔しそうな顔をする彼。その顔は好きだ。大好きだ。
性格が悪いなと自分でも思う。だけどそれはお互い様だ。見下してきた奴を見下し返して何が悪い。
「お、お前……女しか愛せないんじゃないのかよ……」
「そうだよ。でも、一方的に蹂躙することなら出来るよ。されたい?」
「っ……」
「ふふ。ちょっと期待してる?」
「し、してねぇ!」
「えー?本当?本当は私に虐められたくて煽ったんじゃないの?」
ネクタイを緩め、制服のボタンに手をかける。すると彼は青ざめた顔をして「ひっ」と悲鳴を上げた。別に本気でそこまでする気はない。こんな奴、触りたくないし。
「冗談だよ。冗談。けど、君が本気なら調教してあげても良いからね。調教されたくなったらまたおいでね」
手を離し、解放してやると、彼は怯えながら逃げて行った。
「さて……」
先ほどからずっと声が聞こえていた。愛しい彼女と、もう一人女の子の声が。
「百合岡さん。私の彼女と何話してるの?」
物陰に隠れている二人に声をかける。クラスメイトの百合岡さんは「ひえっ!」と怯えるような悲鳴を上げたが、百合香の方は冷静に「ただの世間話よ」と答えた。
「……知ってるよ。ごめん。私今ちょっとイラついてるから」
甘えるように、彼女の肩に頭を埋める。愛しい彼女の匂いが心の棘をぽろぽろと解く。
「……百合香。キスしていい?」
「駄目に決まってるでしょ」
「……ごめん。冗談。百合岡さんが居なくなったらするね」
「百合岡さん、休み時間終わるまでここに居て」
「えっ。いや、お昼食べなきゃだし」
早くどこかへ行ってほしい。邪魔だ。空気を読んでほしい。だけど、居てほしい。今人目が無くなると、私の中の劣情が爆発してしまいそうだから。そんな矛盾した気持ちを隠すために、彼女を揶揄う。
「私は百合香食べなきゃいけないから戻っていいよ」
「食べないで」
「だってお腹空いたもん」
「教室戻ってお弁当食べましょう」
「……君を食べたいな」
「……今度、黄身だけの玉子焼き作ってあげる」
「ふふ。
「玉子の黄身よ」
「私は
「駄目。学校でそういうことしないで」
「学校じゃなければ良い?」
「もー!」
だけどやっぱり、それだけではどうしても治まらない。
「……ごめん百合香」
謝り、一旦彼女を離す。
「……百合岡さん、ちょっと後ろ向いて。誰か来ないか見張っててくれる?」
「へ」
「絶対に振り向いちゃ駄目だよ。百合岡さん」
「えっ、えっ?」
百合岡さんを後ろに向かせて、百合香を壁に追いやる。
「ちょ、ちょっと海菜……」
「ごめん。お願い。ちょっとだけ。ちょっとだけ甘やかして」
泣きそうな私を見て、一瞬怯んだ彼女の隙をついて、唇を重ねる。
「ちょっと海——んっ……っ……!ちょっと……」
「ごめん……ごめんね……」
「っ……ずるいわよその顔は……んっ……んっ……」
最低だと分かっている。分かっているけど、どうしても止められない。謝りながら、彼女の唇を貪る。やがて彼女は抵抗をやめて私の頭をぎこちなく撫でた。
「あ、あのー」
「……っ……はぁ……。今お食事中だから。絶対振り向かないで。……ん」
「っ……はぁ……海菜……っ……ん……流石にもう……良いでしょ……っ……」
「……あとちょっとだけ」
「ちょ、調子に乗りすぎ……っ……っ……待って……待っ……あっ——!」
ガクッと、腰を抜かす彼女を支える。
「おっと。……ふふ。ごちそうさま」
「馬鹿……」
睨まれてしまった。流石に少しやり過ぎた。
「あのー……お食事は終わりましたでしょうか」
百合岡さんが恐る恐る問う。この位置からだと、振り向いたら百合香の顔が見えてしまう。彼女を抱いたままくるりと反転して、位置を入れ替えて壁に背を向けてから振り向く許可を出す。
「見張り、ご苦労様。お食事タイムのことはみんなには内緒だからね」
「何がお食事タイムよ!馬鹿!バカバカバカ!」
ぽかぽかと肩を叩かれるが、手加減してくれているのか全く痛くない。なんだかんだで優しい。可愛い。
「あ、もう見張り大丈夫だから。教室戻って良いよ。ちょっと、百合香と二人にさせてくれる?」
「あ、は、はい。戻ります」
「君は何も見なかった。いいね?」
「うっす……」
去っていく百合岡さんを見守る。しばらくすると私の肩に頭を埋めていた百合香が後ろを振り返り、彼女が居なくなったことを確認してから私に向き直して私の両頬を摘んだ。
「……いひゃい」
「……さっきの子に、何言われたの」
手を離して、彼女は問う。
「……聞かない方がいいよ」
「言いたくないくらい酷いこと?」
「……」
「……分かった。聞かない。けど、もう二度とあんなことしないでほしい。私はあなたが好きよ。だけど、八つ当たりでキスされるのは嫌」
「……うん。ごめんね」
はぁ……とため息を吐き、彼女は私を抱き寄せた。
「……ハグまでなら、許してあげる。嫌なこと言われてイライラしたら、抱きしめてあげる。そこまでは、許してあげる。……今回は特別。次はないから。わかった?」
「……うん。ありがと。……君のそういう優しいところ、大好き。優しさに甘えて、酷いことをした自覚はある。反省してる」
「……次はないわよ」
「ごめん。……ごめんね。弱虫で。私は気高くて強い王子様なんかじゃない……」
「知ってる。あなたが弱いことはもう知ってる。だから私はあなたを守りたいって思うの」
ぽんぽんと、彼女の優しい手が私の頭を撫でる。
「……君の方がよっぽど王子様だ」
「ふふ。光栄ね」
強がりで、わがままで、臆病。そんな、私が大嫌いな私さえ、彼女は優しく包み込んでくれる。だけどちゃんと、叱る時は叱ってくれる。全てのわがままを許してはくれない。それがたまらなく嬉しい。
こんな人、きっと二度と現れない。大切にしなければ。
「……お詫びに、何か奢るよ。何かほしいものある?」
「焼肉奢って」
「ふふ。了解。お店探しておくね」
「奢ってくれるまでキス禁止ね」
「ええ!?」
「じゃ」
「ちょ、百合香ぁ……」
その日、帰ったら速攻で店を予約した。
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