第2話 はじめての強制送還術(クーリングオフ)前編

 地上に着いたのでしょうね。あたりの景色が会議室から森になっています。羽も没収されているみたいだし戻れないなあ。私の気持ちも知らないであの女神様は……

「さあ、サラさま!張り切って根絶やしにしましょう!」

 横を見ると黒い霧ことクロムさんがいました。

「また怨念が漏れ出てますよクロムさん」

「これは失敬、そういえば女神様よりこれを預かっています」

 クロムさんは紙切れを1枚私にくれました。どこから出したかなんて野暮なことは聞きません。正確には聞いている余裕がありません。


「ええとなになに、この付近に野宿をしている異世界人がいるので最初のターゲットにすべし。名前は宇生 翔(ウブ カケル)、送られて10日前後のルーキーなので最初の相手としてはうってつけ!日本にいたころはいじめを受けていて助けてほしいと強く願った結果、転移対象になったみたいね。この情報が役に立つことを祈ってるわ。あと、あなたのアイテムポーチに状態異常を回復できる薬と傷を少しだけ癒せる薬草を1つずつ入れといたから感謝していいのですよ!だそうです」


 女神様、この文章なんだかゲームのチュートリアル感ありますね。あとアイテムがしょぼすぎます。ちなみにアイテムポーチは別空間からいろんなものを取り出せるもので転移者や転生者はみな持っています。

「さすが女神様、ではさっそくその外来種をさがしま」

「ギギギ―――――――ッ!」

 クロムさんが言い切る前に近場で魔物の声が聞こえてきた。私たちは目を合わせるような感じで声のした方へと向かいました。いいですねこのやりとり。なんか仕事できるタイプのやりとりです。なおクロムさんの目がどこにあるかはわかりません。


「ぎぎぎ!ぎぎぎ!」

 様子を見てみるとゴブリン3匹と対峙している少年、その後ろに少女がおびえた風な様子でいました。

「ゴブリン、何を言っているのかわかんないけど敵意だけはわかるよ」

 汗を流しながらゴブリンと対峙している少年。どうやらあまり戦闘馴れしていないっぽいです。でも、後ろの少女のために戦っている感じです。

「クロムさんどうしましょう?」

 とりあえず老長の英才教育を受けたプロフェッショナルの意見を聞きましょう。


「ゴブリンと共にあの外来種を駆除しましょう。正義は我々にあります」

 普通に考えたら確実に正義は向こう側で仁王立ちしていると思いますよ。

「えっと一応聞きますけど、少年のスキルは見えてますか」

 スキルとはこの世界の人間の場合は自分で身に付けた技術、転移者や転生者たちにとっては女神様より授けられるものと自分で身に付けたものです。私はその両方というか相手のステータスを見ることができる権限を持っています。

「いいえ、何一つ見えていませんが我の中の何かが殺せとささやきかけてきます」

「直感んんん!?」

 プロフェッショナルとは私の幻想だったようです。


「申し訳ありませんサラさま。我は突貫作業で作られました故、戦闘系スキルと強制送還術以外は備えられていないのです。今後のバージョンアップを楽しみに待っていてください」

 サポートセンター(老長)へ今すぐ殴り込みに行きたい気分です。

「ちなみにここからその強制送還術(クーリングオフ)とやらはできるのですか?」

とりあえず私でも思いつく作戦を進言してみます。


「無理です。強制送還術(クーリングオフ)は対象とサラ様を私の作った魔法陣の中に5分ほど留めておかないといけないのです。更に魔法陣の制作にも5分ほどかかります」

「え?結構条件厳しくないですか!?あと私も入ってなきゃいけないんですか」

「サラ様が必要なのは天界の力を少し分けていただくためです。それと魔法陣の条件も外来種を拘束したり眠りに落としたりすればワンチャンあります」

「ワンチャンしかないのですか!?」

 こんなやり取りをしている間にも一進一退の攻防が少年とゴブリンとで繰り広げられていました。

「とりあえずあの戦闘みてどう思いますか解説のクロムさん?」

「やはり3匹がかりのゴブリン優勢に見えますね」

 クロムさんにはやはり見えていないようです。解説役を解任します。


「残念ながらゴブリンさん達に勝ち目はありません。あの少年にはこの世界に来るとき女神様からいただいている武器があります。ゴブリンさんまだ当たっていませんが当たれば即死です。さらに通常のスキル以外に女神さまから与えられている補正があります。この補正は渡された本人にも見えませんがマスクデータとしてちゃんと存在します。あの少年の場合は……周囲にいる自分の好みに合う異性を自分と引き合わせる[主人公補正Ⅰ~導入編基礎]、自分の周囲にいる異性の好感度が何をやっても大体上がる[主人公補正Ⅰ~導入編応用]、異性が見守っている時のみ身体能力が強化される[主人公補正Ⅰ~導入編発展]が発動しています」


 自分で言って思ったのですが、補正のネーミングセンスに絶望を感じる。名前はさておき、ただの女たらしになるための補正構成じゃないですかこれ。あの女神様はどんな考えでこの少年にこんな補正を与えたのか。是非とも私にお聞かせ願いたい。

「では、なおさらのことゴブリンに加勢せねばなりませぬ。やつら自分たちの巣の近くで焚火されるのを注意しに来ただけです」

「え?ゴブリンの言ってることが分かるのですか」

「わかりますとも。これでも魔物の怨念の集合体です」

 クロムさん、解説役への復帰を許可します。というかこれ話し合いで解決できそうな案件では?

「ではさっきからゴブリンさんたちは何を叫んでいるのですか?」

「夜の森での焚火は大変危険です。もっと開けた場所でやってくださいとかですね。それで焚火を消そうと近づいたらあのように剣を振り回されたといったところです」

 あれ?すごいまともなんですけど。私はてっきり少女がぐへへな展開になるのを少年が守ったと思っていたのですが。


「では行ってまいります」

私が制止しようとするのより早くクロムさんは行動に出ていました。剣を振り隙ができた瞬間を的確に見計らい自身の霧状の体を変化させ黒い槍みたいな形になり少年の胸を突き刺しました。ゴブリンさんは状況が理解できず止まってますね。

「安らかに眠れ外来種」

クロムさんが少年に終わりを告げます。それと同時に突き刺した槍がとげとげに変化、少年の体を完全に壊しました。後ろにいた少女はもう絶望的な顔してますね。

ですが、クロムさん。そんな攻撃ではやれませんよ。


「まだだ!」

 少年の体は瞬く間に再生していきます。一日一回使えるお手軽チートスキル[蘇生]です。このスキルは所持者が死ぬような攻撃をくらうと即座にその状態から体を復元します。一般人はまずもっていないスキルですが一度死を体験したものが得られるスキルです。

彼は気づいたらクロムさんの槍から抜け出し距離を取っています。

「だ、だれだお前は!」

少年がクロムさんに叫びます。


「さすがに一筋縄ではいかないようだ。次はどう駆除してくれよう」

「くっ聞く耳持たずか!ならこれでどうだ!」

 少年の持っていた剣が輝きを放ちます。今まで以上のスピードでクロムさんに斬りかかりました。クロムさんは自身の槍状態を解除し辺りに散らばります。さすが霧ですね。独特の回避法です。少年はどこに攻撃すればいいかわからず剣をぶんぶん振り回していました。

しかし、クロムさんの霧を吸い込んでしまった少年が苦しみだします。ああー毒霧ですかーなかなかいい手段です。ですが…

「これくらい気合で何とかしてやる!!!」

敵をぎりぎりで倒した後ヒロインに介抱させる演出用補正[主人公補正Ⅰ~危険編気合]。相手のバッドステータス付与をどれだけされてもこの戦闘が終わるまで付与されても効果が適用されません。


「なかなかしぶとい。これならばどうです」

今度はクロムさん自体が少年の体に口から入り乗っ取ろうとしてますね。絡め手が多めで私としては好感が持てるのですが、たぶんあれが発動します。

「くっうう、こいつ、僕の体をのっとろうとしているのかだんだん体の自由が……意識も……」

 精神攻撃はだめです。条件そろっちゃいます。

「だが!負けられないんだああああああああああああ」


 お次は加護[メンタルお化け]。精神汚染を受けてつらくても己を保ちどんどん精神力が上がっていき魔力や体力なども上昇するチート加護です。ちなみに加護は女神様より与えられるものでこの世界の人間も稀に女神様の気まぐれで加護を与えられていたりします。ネーミングセンスを神に求めてはいけないのがよくわかりますね。ただ、補正と違って加護はマスクデータではなく本人がその存在を認識できます。

「なんなのだ……どんどん抵抗が強くなるっ!?」

 クロムさんお帰りなさい。少年の体から出てきました。乗っ取りをあきらめたようです。

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