一問一答
@lil-pesoa
第1話
文学的な問に対する答えというものは必ずしも要するに、でまとめきれるものではない。例えば、表現と言う問に対しての答えとして、以下のものを提示する。
小説家のSは家の近くの喫茶店でコーヒーを一杯頼み、ノートを開いてペンを持ったまま、ほとんど動かずにいた。
「忍びつつ、忍びつつ、氷結していく水面、忍びつつ、忍びつつ、…………。」
と呟いて、後は思案し続けている。どうやら詩を作りたいらしいが、上手くいかないと見える。
するとどこからともなくもう1人、ブラウンのチェック柄のスーツを着た男が現れて、Sの対面に腰を下ろした。Sは一瞥しただけで、挨拶もせず腕を組んで悩み続けている。
すると対面に座ったスーツの男はメニュー表を手に取って開き、口髭を右手で撫でながら、Sの方を一切見ずにゆっくりと口を開く
「今まで一体誰が正確に自分のことを告白できたと言うんだ?」
男はSの返事を待つ様子もなく、胸ポケットから煙草を取り出し、火をつけて吸った後、煙を吐き出し、
「表現に縛られるなよ。いいか、文法を超えるんだ。」
灰皿の上で煙草を2回、静かに叩く。
「………螺旋を表現できるか?」
ここで初めてSが反応する。
「わからない。やってみないことには。」
そう言ってまた思案の沼に沈んでいく。
そこにウェイトレスの女が現れた。あまり印象のない、寡黙そうな女だった。スーツの男に注文の有無を聞く。
「コーヒーを一つ、砂糖は二つくれ。」
一礼してウェイトレスが去った後、
Sが手に持っているペンをくるくると回しながら、
「あのウェイトレスなら表現できる。」と言う。
「どのようにして?」
Sはノートの余白に「朝顔の蔓」と書いた。
スーツの男は不満そうな顔をして、「つまらない」と呟き、店を後にした。
Sがそれから詩の続きを完成させたかは、わからない。恐らくは詩の事など忘れて、冷えきったコーヒーを飲んで帰ったのだろう。
一問一答 @lil-pesoa
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