フィーンド

slaughter

- スローター -

不意（ふい）に事務所（じむしょ）の入口（いりぐち）が開（あ）き、次（つ）いで事務所（じむしょ）内（ない）の電気（でんき）が点（つ）いた

俺（おれ）が入口（いりぐち）の方（ほう）に向（む）き直（なお）ると血相（けっそう）を変（か）えて息切（いきぎ）れした営業（えいぎょう）所長（しょちょう）が立（た）っていた

「オマエ、天間（てんま）を連（つ）れ戻（もど）せないんだろ？」

乱（みだ）れた呼吸（こきゅう）で息切（いきぎ）れしながら営業（えいぎょう）所長（しょちょう）は続（つづ）けた

「理不尽（りふじん）だとは思（おも）わねぇか？俺（おれ）は常々（つねづね）オマエのコトをクビにしろと云（い）い続（つづ）けてきてたのに・・・」

きっと６階（かい）のこの事務所（じむしょ）までエレベーターも使（つか）わずに階段（かいだん）を駆（か）け上（あ）がってきたのだろう

「そのオマエの愚行（ぐこう）の尻拭（しりぬぐ）いで俺（おれ）が責任（せきにん）を問（と）われるのは理不尽（りふじん）じゃねぇかって云（い）ってんだよ！」

そう怒鳴（どな）ったかと思（おも）うと営業（えいぎょう）所長（しょちょう）は俺（おれ）の方（ほう）へとゆっくりと歩（ある）き出（だ）した

気（き）でも狂（ふ）れたのかのような表情（ひょうじょう）で俺（おれ）に対（たい）する憎悪（ぞうお）を剥（む）き出（だ）しにして

この緊迫（きんぱく）した状況（じょうきょう）を掻（か）き消（け）すかのように能天気（のうてんき）にケタケタと笑（わら）う天間（てんま）の笑（わら）い声（ごえ）がパソコンのスピーカーから流（なが）れて来（き）た

「係長（かかりちょ）ぉ♪やっとココに辿（たど）り着（つ）けたのねん♪」

鍵付（かぎつ）きのファイルを開（ひら）くと自動（じどう）再生（さいせい）される設定（せってい）にしていたのだろう

チラッとパソコンのモニターに目（め）をやると、あの河川敷（かせんじき）で自撮（じどり）りをしながらヘラヘラと話（はなし）をしている天間（てんま）の顔（かお）が映（うつ）し出（だ）されていた

「俺（おれ）はあらゆるコトを犠牲（ぎせい）にして努力（どりょく）して漸（ようや）く関東（かんとう）圏内（けんない）の営業所（えいぎょうしょ）を任（まか）されるだけのポストにまで乗（の）し上（あが）って来（き）たんだ」

にじり寄（よ）って来（く）る営業（えいぎょう）所長（しょちょう）の話（はなし）とパソコンから流（なが）れて来（き）ている天間（てんま）の話（はなし）と、どっちに耳（みみ）を傾（かたむ）けたらいいか迷（まよ）っていると、営業（えいぎょう）所長（しょちょう）の手（て）に、いったい何処（どこ）から持（も）って来（き）たのか、肉屋（にくや）が使（つか）うような大（おお）きなナタ包丁（ぼうちょう）が握（にぎ）られているのが目（め）に入（はい）った

「ルールは簡単（かんたん）よん、頭（あたま）の宜（よろ）しくない係長（かかりちょう）でも理解（りかい）出来（でき）るわ」

悪（わる）いがそれどころじゃない！バックレた事務員（じむいん）の戯言（たわごと）に付（つ）き合（あ）ってる場合（ばあい）ではない

この狂気（きょうき）に溢（あふ）れた営業（えいぎょう）所長（しょちょう）の顔（かお）、本気（ほんき）で俺（おれ）のコトを殺（ころ）す気（き）で来（き）てるに違（ちが）いない

「オマエの所為（せい）で俺（おれ）のボーナスはカット、給料（きゅうりょう）も減俸（げんぽう）、降格（こうかく）も免（まくが）れないだろうな」

俺（おれ）は営業（えいぎょう）所長（しょちょう）の気迫（きはく）に怖（お）じ気（げ）付（づ）いて微動（びどう）だに出来（でき）なくなっている

その間（かん）もパソコンからは天間（てんま）のはしゃぐ声（こえ）が垂（た）れ流（なが）しになっている

よく喋（しゃべ）るオンナだ、喧（やかま）しい

「仮（かり）にこの営業所（えいぎょうしょ）の所長（しょちょう）と云（い）うポストに居残（いのこ）れたとしても、俺（おれ）は850万（まん）もの赤字（あかじ）を抱（かか）えたこの営業所（えいぎょうしょ）を建（た）て直（なお）して黒字（くろじ）に持（も）ち込（こ）むなんて出来（でき）やしない、会社（かいしゃ）に飼（か）い殺（ごろ）しにされるだけだ」

なんて身勝手（みがって）な了見（りょうけん）だ、部下（ぶか）の責任（せきにん）を取（と）るのが上（うえ）に立（た）つ人間（にんげん）の定（さだ）めだろ？

そんなコトで俺（おれ）を殺（ころ）そうだなんて御門違（おかどちが）いも甚（はなは）だしい

「きっとあたしのコトが筆頭（ひっとう）に挙（あ）がるんだと思（おも）うけど、あいにくあたしは天魔（てんま）だから人間（にんげん）である係長（かかりちょう）にはあたしを殺（ころ）すことは不可能（ふかのう）よ、リストには載（の）せないように」

何（なに）をガチャガチャ訳（わけ）の分（わか）からないコトを喋（しゃべ）り続（つづ）けているんだこのオンナは！

「明日（あした）からもオマエがこの地球上（ちきゅうじょう）の何処（どこ）かでのうのうと生（い）きていると想像（そうぞう）するだけで俺（おれ）は気（き）が狂（くる）いそうになる」

ふざけんな営業（えいぎょう）所長（しょちょう）！あんたはもうとっくに気（き）が狂（ふ）れてるじゃないか

そんなデカいナタ包丁（ぼうちょう）なんか持（も）って来（き）て、正気（しょうき）の沙汰（さた）じゃないのは火（ひ）を見（み）るより明（あき）らかだ！

「オマエの息（いき）の根（ね）が止（とま）まるのをこの目（め）で確認（かくにん）しなきゃ気（き）が済（す）まねぇんだよ！その為（ため）には俺（おれ）が自（みずか）らの手（て）でオマエを八（や）つ裂（ざ）きにする必要（ひつよう）がある！」

ゆっくりと近付（ちかづ）いて来（き）ていた営業（えいぎょう）所長（しょちょう）の足（あし）が徐々（じょじょ）に速（はや）くなり俺（おれ）の手前（てまえ）あと３歩（ぽ）の距離（きょり）に来（く）る頃（ころ）には駆（か）け足（あし）になっていた

「俺（おれ）は一生（いっしょう）塀（ほり）の中（なか）で臭（くさ）い飯（めし）を喰（く）っても良（い）い！死刑（しけい）だって覚悟（かくご）してる！俺（おれ）の人生（じんせい）をぶち壊（こわ）したオマエが悪（わる）いんだからなー！」

と叫（さけ）び終（お）える頃（ころ）には大（おお）きく跳（と）び跳（は）ねて振（ふ）り被（かぶ）って俺（おれ）の頭（あたま）をそのナタ包丁（ぼうちょう）で叩（たた）き斬（き）る寸前（すんぜん）だった

よく、交通（こうつう）事故（じこ）に遇（あ）って死（し）にそうな瞬間（しゅんかん）にスローモーションになると聞（き）いたことがある

今（いま）の俺（おれ）が正（まさ）にその状態（じょうたい）だ

営業（えいぎょう）所長（しょちょう）の手（て）に握（にぎ）られたナタ包丁（ぼうちょう）が俺（おれ）の頭（あたま）に向（む）かって振（ふ）り下（お）ろされているのが物凄（ものすご）くゆっくりに見（み）える

そして俺（おれ）を目掛（めが）けて跳（と）び跳（は）ねた営業（えいぎょう）所長（しょちょう）が着地（ちゃくち）するコトなく宙（ちゅう）に浮（う）いた状態（じょうたい）で、ナタ包丁（ぼうちょう）が俺（おれ）の前髪（まえがみ）に触（ふ）れるか触（ふ）れないかの位置（いち）で、事務所内（じむしょない）の全（すべ）てが静止（せいし）した

「係長（かかりちょう）がその６人（にん）の眉間（みけん）にその拳銃（けんじゅう）の弾丸（だんがん）を撃（う）ち込（こ）めば、時間（じかん）は元通（もとどお）りに動（うご）き出（だ）すし係長（かかりちょう）も元（もと）の生活（せいかつ）に戻（もど）れるわよ」

まるで時間（じかん）が止（と）まったかのように静止（せいし）した事務所（じむしょ）の中（なか）で、パソコンのスピーカーから垂（た）れ流（なが）しになっているバカオンナの声（こえ）だけが止（と）まっていなかった

ふと見（み）ると、今（いま）さっき確（たし）かに閉（し）めた筈（はず）の天間（てんま）のデスクの１番（ばん）上（うえ）の引出（ひきだ）しだけが開（ひら）いていて、ちょうど俺（おれ）と宙（ちゅう）に浮（う）いたまま静止（せいし）している営業（えいぎょう）所長（しょちょう）の間（あいだ）を遮（さえぎ）る形（かたち）になっていた

引出（ひきだ）しの中（なか）を覗（のぞ）き込（こ）むと、信（しん）じられないコトにさっきは空（から）だった引出（ひきだ）しの中（なか）に１丁（ちょう）の拳銃（けんじゅう）が横（よこ）たわっていた

九死（きゅうし）に一生（いっしょう）とはこのコトだ！

正当（せいとう）防衛（ぼうえい）だ、悪（わる）く思（おも）うなよ営業（えいぎょう）所長（しょちょう）

俺（おれ）は引出（ひきだ）しの中（なか）からその拳銃（けんじゅう）を手（て）に取（と）り狂気（きょうき）に満（み）ち溢（あふ）れた表情（ひょうじょう）で宙（ちゅう）に浮（う）いたまま静止（せいし）している営業（えいぎょう）所長（しょちょう）の眉間（みけん）に銃口（じゅうこう）を押（お）し当（あ）てて引（ひ）き金（がね）を引（ひ）いた

パスッと営業（えいぎょう）所長（しょちょう）の眉間（みけん）に１円（えん）玉（だま）くらいの穴（あな）が空（あ）いた

「選択肢（せんたくし）～ぃ、そ・の・２♪」

天間（てんま）のデスク上（じょう）にあるパソコンからは相変（あいか）わらずおどけたアホな声（こえ）が流（なが）れ続（つづ）けている

モニターを見（み）るとちょうど天間（てんま）が指（ゆび）を２本（ほん）立（た）てていて、まるで俺（おれ）を嘲笑（あざわら）いながらVサインをしているかのように見（み）えた

堪（たま）らず俺（おれ）はパソコンのモニターに映（うつ）る天間（てんま）の眉間（みけん）に銃口（じゅうこう）を向（む）け引（ひ）き金（がね）を引（ひ）いた

弾丸（だんがん）はパソコンのモニターを貫通（かんつう）して向（むか）い側（がわ）のデスクに積（つ）み上（あ）げてあった書類（しょるい）の束（たば）を吹（ふ）き飛（と）ばした

舞（ま）い上（あが）がった書類（しょるい）も落（お）ちることなく宙（ちゅう）に浮（う）いた状態（じょうたい）で静止（せいし）した

時間（じかん）、止（と）まっているのか？

俺（おれ）は天間（てんま）がパソコンの中（なか）から話（はな）していた内容（ないよう）を思（おも）い出（だ）そうとした

確（たし）か、６人（にん）殺（や）れば時間（じかん）が戻（もど）ると云（い）っていたっけ

お安（やす）い御用（ごよう）だ、この事務所（じむしょ）のあるオフィスビルを出（で）れば大（おお）きな交差点（こうさてん）があって、こんな時間（じかん）でも終電（しゅうでん）を逃（のが）したバカなガキどもや徘徊（はいかい）してる酔（よ）っぱらいがうじゃうしゃいる筈（はず）だ

弾（たま）はあと４発（ぱつ）、表（おもて）に出（で）て出（で）会（く）わした順（じゅん）にあと４人（にん）の眉間（みけん）に残（のこ）りの弾丸（だんがん）を撃（う）ち込（こ）めば一件（いっけん）落着（らくちゃく）だ

事務所（じむしょ）を出（で）てエレベーターホールの窓際（まどぎわ）から下（した）にある交差点（こうさてん）を見下（みお）ろすと微動（びどう）だにせずに信号待（しんごうま）ちをしているターゲットが何人（なんにん）も見（み）えた

こんな時間（じかん）まで飲（の）み歩（ある）いてるアイツらが悪（わる）いんだ

俺（おれ）は自分（じぶん）にそう云（い）い聞（き）かせてエレベーターの脇（わき）にある非常（ひじょう）階段（かいだん）へと歩（ある）き出（だ）した