第53話 最後の告白(2)

つっぱねるような僕の言い方に彼女は戸惑った顔をしながら僕を見た。


「そうか・・・そうだよね。じゃあ、もう私は必要ないね」


彼女は寂しそうに俯いた。


僕はすうっと大きく深呼吸をする。


「僕はやっぱりスズカのことが好きだ。これからもずっと一緒にいて欲しい」


言った!


やっと自分の気持ちを言葉で伝えられた。

でも、前置きも無しにちょっと唐突過ぎただろうか?


恐る恐る彼女の顔を見た。

すると、よほどびっくりしたのか、彼女は目を見開いて固まっていた。


「何? まだリハーサル続けてるの?」

疑うような細い眼差しで僕を見つめる。


「違うよ。リハーサルなんかじゃないよ」


僕の強い口調に彼女は困惑した表情になる。


「私の病気のこと、知ってて言ってるの?」

「関係ないよ!」


彼女の言葉を遮るように叫んだ。


「僕には何もできないかもしれないけど、これからもスズカと一緒にいたいんだ。君と一緒に病気と闘いたい。辛い時や怖い時は言って欲しい。僕も一緒に・・・これからもずっと一緒に・・・とにかく君とずっと一緒にいたい!」


頭の中が整理できていなかった僕は、とにかく自分の中にあった彼女への気持ちを全てぶちまけた。


不細工な告白だった。

それを聞いて彼女は僕から顔を背けるように反対を向いた。


――あれ?


彼女は黙ったまま空を見上げていた。


何も言ってくれないまましばらくの時間が過ぎた。

どうも返事に困っているようだ。


やっぱり駄目だということらしい。

彼女にフラれるのはこれで三回目になる。


そんな諦めの気持ちが込み上げてきた時だ。

彼女は僕のほうに向き直り、すっと目の前に立った。

そして、じっと僕の目を見つめながら右手の人差し指を立てた。


「もう一回」

「え?」


「もう一回言ってくれる?」

「は?」


彼女の言ってることがすぐに理解できなかった。


「だって心の準備ができてなかったんだもん。さっきと同じでいいから」

「あの・・・意味がよく分からないんだけど」

「だから、さっきのはリハーサルってことだよ。次が本番ってことで」

「もしかしてさっき言った・・・をもう一回言えってこと?」


彼女は口元を緩めながら大きく頷いた。

そして構えるようにゆっくりと目を閉じた。


さっきは勢いで言ってしまったけど、改めてもう一回というのはさすがにキツい。

でも、言わないととても許してくれそうもない。


僕は再び大きく深呼吸をした。


「あの・・・君とずっと一緒にいたい!」


さすがに恥ずかしくなり、僕は瞼を閉じた。


返事は何も返って来なかった。

恐る恐る目を開くと、彼女はキョトンとした顔で僕を見つめていた。


――何?


「そっちじゃないほう・・・」

「え?」


そっちじゃないって、どっち?


僕はもう一度大きく息を吸った。


「葵さんのことが好きだ」


言った。

無茶苦茶恥ずかしかった。

でも今度こそ言った。


しかし何故だ?

彼女はまだ不満そうな顔で僕を睨んでいる。


「あの・・・違った?」


もう勘弁して欲しい。


「誤魔化してもだめだよ。今、『葵』って言ったでしょ。さっきは名前で呼んでくれたよ」

夢中だったので覚えていないけど、どうやら彼女を名前で呼んでたらしい。

「はい、もう一度」


彼女からの容赦ない追い込みは続いた。


彼女と出逢ってから僕が手に入れたもの。

それは開き直りという無責任さだ。


僕はさらに大きく息を吸い込む。


「スズカのことが好きだ!」


穴があったら入りたいくらい恥ずかしかった。


彼女は照れながら目を細めて僕を見ていた。

そしてスッと身体を僕から背けて空を見上げた。


「私も大好きだよ。ハルのこと」


――え?


今、僕のことを好きって言った?


「あ、あの・・・・・」


僕は驚きと嬉しさのあまり言葉に詰まった。


彼女の顔をそっと覗き込む。

その顔は真っ赤に染まっていた。


「ちょっと何見てんのよ!」

見たこともないような恥ずかしそうな彼女の表情だった。

こんな仕草をする彼女は初めてだ。

「何よ。しょうがないでしょ。私はリハーサ

ル無しでぶっつけ本番だったんだから」


――ぶっつけ本番?


恥ずかしそうに俯く彼女がとても愛おしく感じられた。


「空、真っ青だね・・・・・」

「うん。前にスズカと一緒に来た時と同じだね」


「ああ、花火の季節、終わっちゃったな・・・・・」

彼女が寂しそうに俯く。


「花火大会は来年もその後もずっとあるよ」


そう。僕たち二人の時間はまだずっと続くんだ。


「ハル」

彼女がぽつりと呟く。


「何?」


「私もハルとずっと一緒にいたい」

彼女が嬉しそうに笑った。


僕は照れ臭くなり思わず顔を背けた。

彼女の笑顔がとても眩しかった。


「ねえ、タコ焼き食べたくなった」

「タコ焼き、売ってなかったんでしょ」

「じゃあ、一緒に捜しに行こ!」


彼女は僕の手をぎゅっと握ると坂道を強引に登り始めた。


「ちょっと痛いよ」


でも、その腕の痛さが妙に心地いい。


これからはずっと二人で同じ景色を見ていきたい。


身体に受ける海風の冷たさと彼女の手の暖かさのコントラストが気持ちよかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る