第21話 決着
うつ伏せのまま動かないケイユン。
その場からほとんど動かず、相手を翻弄したトム。
その二人の戦いを気にしつつ、深井から目を離さないイズミ。
未だ何を考えているのか分からない深井。
一見イズミとトムが優勢に見えるが、辺りが異様な雰囲気に包まれ始めた。
「サテ、ここからが本番デスネ」
「だな。二人の気が強くなった。来るぞ」
その言葉のとおり、倒れているケイユンは血まみれながらも何とか起き上がり、深井は気を練り身体から狼煙を上げる。
まもなく双方がぶつかるその間際、イズミが口を開く。
「その前に……深井の能面。名を聞こう」
「ガイト。……とりあえずの名だがな」
名を聞いた彼女は、両足のスタンスを広げ腰を落とし、左手は前へ右手は腰へ置き構える。
「そうか。では行くぞ! ガイト!!」
言葉と同時に真っ直ぐ突き進む。イズミの、とても戦法とは言えないいつもの戦法。
「戦闘能力こそ以前とは大きく変わったが、その前口上は変わらんようだ」
「人はそう簡単には変わらないのでね!!」
会話を挟めば、既にイズミがガイトの懐へ。いつもの鉄拳をお見舞いする!
ドゴォォォ!!!
「!?」
腹部へ強烈な当たり。打撃音からしても直撃であるのは間違いないのだが、ガイトに動きが見られない。
イズミは即座に距離を空け、注意深く観察する。
「硬い……? 何だこの感触……」
「ぐ……やはり末恐ろしい。
「じん……こうがい?」
気が付けば、ガイトの体表に鉄製の鎧のようなものが確認出来る。
「イズミサン! その男ハ金忍術を使いマス! カナリ打撃に強いので、注意してクダサイ!」
「金忍術……! 分かった!」
背後でケイユンと戦闘中のトムからの助言。イズミはすぐさま受け入れる。
戦闘中でも彼女への配慮が出来る辺り、やはりトムは相当な実力を備えていることが分かる。
一方でトム。
「サテ、あなたはアナタデちょっと珍しい毒忍術デスカ……そんな瘴気ばかり撒き散らしてイテハ、モテませんよ?」
「う゛う゛あ゛あ゛!!」
軽口を叩くトムを無視し、ケイユンは印を結び己の技を示す。
ー
「ム!」
気を放った地面が、たちどころに毒沼化する。
足場を失うので、当然トムは空中へ逃げるが……
ー瘴気弾!!ー
人の頭程度、黒いもやが掛かる玉がトムに迫る。
しかし彼は余裕の表情。
「風忍術の前ニハ、毒など無力デース」
ー守勢・
ビュオオォォォーー……
何処からともなく吹き荒れる風。
「守るコトに特化した風帆ト違い、風波は攻撃をソックリそのまま跳ね返しマス。ご自分の毒でオ眠りクダサイな」
トムに迫っていた筈の瘴気弾が、方向を百八十度変えケイユンに迫る。
「?」
そんな状況であるにも関わらずケイユンは動かない。トムは疑問を抱く。
さらに棒立ちのまま印を結び始めており、まるで瘴気弾を無視しているかのようだ。
ここでイズミが何かを察する!
「トム!! そこから動け!!」
「!?」
彼女の言葉を受け、トムは忍法を使ったのかその姿勢のまま空へ舞い上がろうとする。
しかし、
ー鬱蒼橡!!ー
ケイユンの目前に、一瞬で木々が高密度に生える。
瘴気弾はひとつの木に衝突し相殺。瘴気弾は消え、木には黒いもやが掛かりやがて枯れる。
さらにそれだけではなかった。
ー堕葉刃!!-
落ち葉を刃にする忍法。
木々は空に浮こうとするトムより早く生成され、彼は否応なしに上部からの落ち葉を警戒しなくてはならなくなる。
しかも意図的に操作をしているのか、トムの頭上で密集しながら漂う落ち葉たち。
「木……忍術……? 複数の忍術とは……アリエませんね……」
「ぎぎ……」
いくら落ち葉を風で散らしたところで、また木から生成される。
後は自身を木で守りつつ遠距離攻撃を仕掛けていく、または刃と化した落ち葉で切り刻むだけ。ケイユンは勝ち誇ったような態度だ。
「……トム!」
「何処を見ている!!」
トムの危機に気を取られたイズミ。ガイトの接近を許してしまう。
バキィ!
「ぐう!」
生成された鉄を纏った拳で、顔面を殴打されるイズミ。
大きなダメージとなる筈だが彼女はひるまない。
「はぁ!!」
ドガァ!!
「ぬう!!」
それどころか殴り返す。もちろん鉄の鎧など知ったことではない。
「はぁ!! てぇい!! せやあ!!」
ドガ!! メキ!! ズドォ!!
「ふん! はっ!! せえい!!」
ガシ! ゴッ! ズド!
イズミとガイトの殴り合い。それを延々に繰り返すかのように見えたが……
「ぐ……はぁ……!」
ガイトが先に仰け反る。生身のイズミが押し勝つ。
「ふう……片足が使えないにも関わらず、よくボクとここまで殴り合えたもんだ」
彼女の言葉の端から、絶対に殴り合いだけは負けないという気持ちが伝わる。
たとえその相手が鉄の塊であっても。
「な、るほど……鉄では守り切れない……か。確かに……記録した」
「終わりだガイト! この一撃で終わらせる!!」
イズミから、先ほど覚悟を決めた時のような膨大な気勢が上がる。
「あ゛あ゛……」
ガイトの危機に、ケイユンは茂る木の隙間から不安そうな素振りをする。
「アナタ、人の心配をシテイル暇があるのデスカ?」
そう言い放つのは、空中に浮かぶトム。
今まさに彼は追い詰められている状況であるにも関わらず、全くそんな印象を抱かせないほど余裕の面差し。
「この程度で我輩を追い詰メタと思ってイルのだとシタラ、おめでたいコトです」
「う゛あ゛あ゛ーーー!!!」
ケイユンは警戒したか、さらに木々を生成する。
「無駄デス。ニンポー……」
ー攻勢・
トムから放たれる、長さにして5m以上の一枚刃。
ザンッッ!!
「あ゛……?」
ケイユンの前で大いに茂る木々。それらが風の刃で薙ぎ払われる。
気が付けば、目前にあるものは切り株ばかり。
この際トムは指を二本立て、ケイユンを指し示すように印を結ぶ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
丸裸となった事で焦ったのか、雄叫びを上げながら再び木々を生成する……が、
「ソレは既に攻略済みデス」
トムの言葉のとおり、概ね直線的に生成される筈の木々があらぬ方向に生えてしまう。
よって、ケイユンが剥き出しであるに変わりがない状態となっている。
さらにトムは何かを狙っているのか、新たに印を結ぶ。
「攻勢・
不可解な現象。その答えはトムにあった。
今度はケイユン、彼に直接的に攻撃を仕掛けようと印を結ぶも、時既に遅し。
「狙い、距離、時間……バッチリデス。良い戦いデシタ」
「!! ……お゛お゛……? あ゛あ゛あ゛あ゛……ーーー!?」
ここでトムの勝利宣言。
現にケイユンの様子に異変が生じている。
「攻勢・包洞。発動に時間ガ掛かりマスし、照準を合わせルノモ難しいデスが、成功スレバ一撃必殺デース!」
「お゛あ゛あ゛あ゛ーー!!」
「チッ! そんなもの、気で吹き飛ばしてしまえ!!」
ケイユンは、呼吸が出来ず踠き苦しむ。ガイトが指示をするも慌てふためき、正常な判断が出来ないようだ。
「ここでよそ見か? お前も人の事は言えないな」
「!!」
ガイトがケイユンに気を取られている間に、イズミの気は完全に練り上げられている。
炎のように纏う気を右拳に集中し、彼女から放たれるは……
「力忍術……奥義!!」
ー強空拳・
極限まで濃縮された気を纏った右拳が、ガイト目掛けて直線を描く。
「ぬおおおーーー!!!」
ガイトもやられまいと、即座に両手に分厚い鉄を生成し防御体勢に入る……が、
バガァァァ!!
「な!?」
鉄にまみれた両腕はあっさりと粉砕される。
そしてそのまま……
「ああああああああああ!!」
ズド!! メキメキ……メキィィィ!!
イズミの猛りと共に、その拳がみぞおちに命中。さらにガイトの胸骨、肋骨をまとめて持っていく。
「ぐ……はぁ……!!」
手応えあり。ガイトはよろよろと、後ろに数歩下がる。
「安心しろ。命まで取る気はない」
イズミは突いた拳を引き様子を伺う。
「あ……」
片膝を付きその場に停止し動かない、若しくは動けないガイト。
「やはり……一対一では……勝てぬか。私と……ケイユンの年代は……まだまともな……修行をしてない……からな」
「?」
言い訳のように聞こえる、そして意味深なガイトの断末魔。
だがそこは能面の者たち、言葉に何らかの意味があるのは間違いない。
「ケイユンも……やられたか……あの風忍術使い、なかなかの……手練だな」
ガイトの言葉を聞き、イズミがトムの方向を見ると、そこには横たわり意識を失っているケイユンの姿があった。
彼女が視線をガイトに戻すと、彼は能面越しにイズミを見据えているようで、まだ息の整わないたどたどしい口調で話す。
「さて……何が聞きたい? 私が……教えられる範囲で、教えて……やろう」
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