第2話 世間知らず
「・・・・・・・・・・・・」
町へ到着したイズミ。目前の光景を見て、ただただ呆然としている。
町の名は「すずしろ町」。
時折二階建てが見られるものの、大多数は木造平屋建てである。
特徴的なのは町の外れにある神社らしき建物で、建物がある山へ向かって一本道で繋がっており、多くの参拝客が訪れているようだ。
メインストリートとなる
道行く人は基本的に和服なのだが、近年は他国の文化も取り入れているようで洋服を着用する者も散見される。
「な、なんだここは……どうしてこんなに建物が多いんだ? 何でこんなに人がいるんだ? それに何だあの格好は? あんな姿で戦えるのか!?」
町へ通ずる唯一の経路である吊り橋があのような状態であったことから、少なくともイズミは町になど一度も行ったことがないだろう。
彼女は両親とたぬき、そして鬱蒼とした森の中という、これまで極めて限定的なコミュニティでしか生活をしてなく、つまりは世間知らずなのだ。
大いに慌てふためくイズミ。先の危機的状況下の落ち着きぶりはどこへやら。
もちろん周囲にはそんな落ち着きのない人物はいないので、悪い意味で目立ってしまっているのは言うまでもない。
「……」
ぽん吉がため息をつく。彼の不安はまさにコレだったのだろう。
動物である彼も町には行ったことがない様子だが、長年の付き合いなのかこのような状態になる可能性を危惧していたことが窺える。経験がなくとも、容易に想像できた訳だ。
ため息のあと、ぽん吉がイズミの裾を咥えて引っ張り始める。
「え? ん? ちょっと人通りのないところに行こうだって? ……わ、分かった。あまり引っ張るな」
一人と一匹は裏通りを目指す。
※※※
大通りから外れた裏路地。イズミは何も言わず、少し疲れた素振りをしつつその場に腰を下ろす。
「町とは……何とも面妖な……」
あくまで表通りには出ず、裏路地から伺うように街の様子を何度も眺めていれば既に夕刻。
初めての光景ばかりに面食らってしまったのか、彼女はうつろな表情でぶつぶつとつぶやいていた。
「まあ、驚いてばかりでも仕方ないな。そろそろ宿を探さないと……」
「ぽ、ぽん!」
「え? お金が必要? そんなことくらい知ってるぞ! 小さい頃に聞いたからおぼろげだけど、ある程度父上から街のことは聞いているからな。……ちょっといろいろと聞いたこと以上だけど……」
やはり不安が拭えないぽん吉。しかしイズミは彼を無視して宿らしきものを探し始める。
すると十分程度過ぎたあたりで…
「アレだよな。『宿』って書いてあるし」
イズミが指を差したのは、彼女の背丈ほどある大きな提灯に『宿』と書かれている、周囲の住居よりもかなり大きな木造二階建ての建築物だ。
彼女は足早に建物に入る。
「ご、御免! 一晩お願いしたい!」
入っていきなり部屋を所望。何も知らなければこんなものだろう。
「いらっしゃいませ。一食一晩二百文になります」
イズミの仰々しい感じを特に気にせず、淡々と受付業務をする女性。
「な!? に、にひゃくもん!?」
驚く。彼女の金銭感覚は、少々世間とズレがあるようだ。
ぽん吉はこの状況を予想していたのか、すでに背負っていた風呂敷を下ろし、ガサガサと何かを取り出し女性に差し出す。
「あらあら、おりこうなたぬきさんね。はい、二百文ぴったり確かに。お部屋にご案内差し上げてー」
ぽん吉からお金を受け取った女性は、他の仲居さんと思わしき女性に案内をするよう指示する。
もちろんイズミは置いてきぼりだ。
「え? え? ぽん吉? どうしてそんな大金を持っているんだ!?」
とにかく今を切り抜けたいのか、ぽん吉は黙ってイズミの裾を引っ張り、案内に付いて行くよう促す。
「わ、分かったから! 行くよ! でも後で話を聞かせてもらうからな!」
『はぁ……』と、ため息でも吐き出そうなぽん吉。イズミがこの調子であるため、気苦労が絶えない様子だ。
※※※
~宿の一室~
「そうだったのか……たぬ右衛門からいろいろ教わっていたんだな」
「ぽん」
「それにしても……たぬきであるたぬ右衛門より何も教えてくれないとは、何たる実父だ! 危うく大恥をかくところだったぞ」
『もう十分かいてる』と言いたげだが、ぽん吉はイズミから目を逸らし黙り込む。
その後は、世間の常識というものをある程度ぽん吉から叩き込まれたイズミだが、たぬきが人間に対して人間社会のルールを教える構図はかなりシュールなのであった。
さらに時間は経ち、夕食を終えて半刻ほど過ぎたあたりでイズミとぽん吉は床につく。
「なあぽん吉。明日からどうしよう? まさか一晩泊まるだけで二百文も必要だなんて思わなかったよ。ということは、このまま進むにもお金がたくさんいるって事だよな。……あー、今さら何言ってんだろ」
「ぽぽぽん?」
「ん? どうやって旅をしていくかって? 何言ってんだ。西に真っ直ぐ進めばいいだけじゃないか」
つまりはノープラン。
「ぽ……ん……」
当然の如く絶望するぽん吉。『何言ってんだコイツ』的な目線を彼女に向ける。
もはや、何で自分がここに居るのか分からなくなるだろう。
しかしすでに賽は振られている。彼は、たぬきの脳でこれからどうすべきかを必死で考える。
そして出た結論が……
「ぽん」
「仕事? 働くのか? ……そうだな。何をするにしてもお金が絶対必要なんだもんな。よし、働くなら任せてくれ! 今までどんな雑用もこなしてきたからな!」
ぽん吉はたぬき語で説明する。
今の時代、様々な属性を操る忍術は非常に有用で、ある程度の技量がある忍者であれば仕事は引くて数多とのこと。
町の中心で自分を売り込むか、どの町にも存在する忍者雇用協会設置の『忍掲示板』を利用するかが一般的な方法となるようだ。
「忍者雇用協会って何だ……ま、いっか。父上直伝の力忍術なら、仕事なんていくらでも見つかるだろ」
「ぽん〜……」
「また心配してるのか? 大丈夫だって。力忍術はどんなことだってできるんだ。明日になって仕事探しを始めたら、たちまち億万長者だぞ!」
楽観的なイズミ。よほど父から教わった力忍術に自信、そして誇りを持っているのだろう。
しかし隣にいるぽん吉は、やはり一握の不安が拭えないようだ。旅が始まってから心配の嵐……前途多難が容易に想像できる。
ぽん吉はさらに続ける。
「ぽん、ぽぽぽぽ。ぽんぽんぽぽぽぽぽ、ぽんぽぽぽぽーんぽーんぽぽぽ……」
「ふむふむ」
『これまで話した以上のことは分からない』、また『人間社会はめんどくさいから協力者が居た方がいいかも』とのこと。そのもふもふとした愛らしい見た目とは裏腹に、かなり慎重派のぽん吉。
「ぽぽん……ぽーん」
「ん? ああ、分かってるよ。そんな簡単に協力者なんて見つからないだろうけど」
そう言ったイズミは、改めて掛け布団を自分に掛け、眠る手筈を整える。
「よーし、今後お金には困らないくらい稼ぐぞー!」
「ぽん!」
決意新たに、一人と一匹は眠りにつこうとする……が、ここでぽん吉が何かに気付く。
「ぽ……ぽん?」
「ん? もう終わったぞ?」
イズミに何かを質問するも即答される。
すると、ぽん吉の毛という毛が逆立ち始める。
「ぽぉぉぉーーーーーん!!!!!」
明らかに怒気を孕んだ鳴き声。
イズミは床から飛び上がり、部屋の隅に避難する。
「や、やだ! おしぼりで大体拭いたじゃん!!」
「ぽん!! ぽぽぽぽーん!!!」
じりじりとイズミに近付くぽん吉。
「だからヤダって! 風呂は嫌いだって!!」
「ぽぽんぽぽぽぽぽんぽぽぽぽぽぽん!」
『一日中動き回って汗まみれなのに、風呂に入らないなど言語道断。好き嫌い関係なく今すぐ身体を清めてこい。さもなくば……』とのこと。
「わ、分かったから! 脇と股にもふもふするなぁあぁあぁあーー!」
その後イズミは、またしてもぽん吉に無理矢理引っ張られ、身体を洗い切ったと同時に湯船に叩き落とされたのであった。
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