〈07〉すべてが夢だったかのように

気が付くと、私は、ベッドの上に横になっていた。


とにかく起き上がって周囲を見ると、見覚えのある部屋だった。


「ん? これって……」


ここは、ラボに引っ越す前に住んでいた部屋だ。家具も、荷物も、何もかもが、あの時のままだった。――荷物は全部、ラボに運んだはずなのに……!


初めに頭をよぎったのは、ここが〈ネット上の世界〉である可能性だ。ムストウに案内されて見た、あの架空の世界のことだ。


窓の外を見る。――そこには、多くの人々が行き交っていて、車が通過している。人間がだれも存在していないあの世界とは、全く違っていた。


――ここは、たぶん現実世界だ。


家の中を調べてみる。どこを調べても、間違いなく、私の住んでいた部屋だ……。私の名前宛の、郵便物さえある。


そして日付が、過去に戻っている。この日付は、ちょうど前の仕事を辞めた次の日だ。


過去にタイムスリップした――かのように見える。


いや、この家の時計とカレンダーだけが過去に戻っている可能性もあるから、ネットで時間を確認してみよう。新ネットはダメでも、旧ネットなら使えるかもしれない。


あのときのまま置かれていた私のノートPCを開いて、ネット検索し、現在時刻と日付を調べてみる。やはり、時間が過去に戻っていた。ネット上のどこを調べても、あの日よりも未来の情報が見つからない。


どういうことだ……?


過去に戻った……? 過去に戻るといえば、〈ネット上の世界〉のシミュレーションで見せてもらった技術を思い出す。ムストウはそれを、いずれ現実世界で実用化すると言っていたけど、まさか、もう……?


だとしてもあれは、過去に戻れる技術ではなく、あくまで疑似的であって、過去であるかのように・・・・・見せる技術に過ぎなかった。つまり本当に過去に戻ったわけではない。


とにかくムストウが言っていたように、私たち全員が、二度と会えないようにするための、何らかのアプリが作用しているに違いない。


なんとかして教授たちと連絡を取らなければ! 新ネットがオフラインだけど、UDを起動することはできるはずだ。中に、連絡先とかの情報が――


――あれ? 無い!


ポケットに入れていたはずのUDが、無くなっている! 徹底的に連絡を取らせないということか……


何か方法があるはずだ……なんとしても、教授たちと合流しなければ……!


いや……私一人がいなくても、教授たちによって、ムストウの計画は阻止されるのかもしれない。――それでも……この、とても重要なときに、教授の活躍を見られないなんて耐えられない。――なんとなく、リンジーの気持ちが分かった気がした。


教授に出会った時と同じルートをたどってみるのはどうだろう。……つまり、バーブズ氏に会いに行ってみるのだ。バーブズ氏なら、何か対処してくれるかもしれない。


私は外へ出て、タクシーを拾った。


バーブズ氏の家の場所に関するデータは残っていないが、私はそこへの行き方を、ある程度は覚えていた。運転手に聞いても、バーブズ氏のことは知らないと言う。私は何とか記憶をたどり、運転手を道案内する。バーブズ氏の家の方へ近づくにつれて、少しずつ、あの日のルートを思い出してきた。


そして、バーブズ氏の家へと続く、曲がりくねった一本道にたどり着いた。――間違いない。この道だ。


バーブズ氏の家の前にタクシーが止まる。


ここからはよく見えないが、なんとなく様子が変だ。


私はタクシーを降りて、念のため運転手には待っていてもらい、バーブズ氏の家へ近づいていく。


――バーブズ氏の家が、完全に廃墟になっている。


玄関の前まで行ってみたが、家の壁にはつる植物が侵食し、地面には草が生え放題。庭や畑も荒れていた。


――どういうことだ……?


……もしかして、全てが私の夢だった・・・・・・・・・かのように、見せかけたいってことか?


教授も、新ネットも、すべてが私の夢か妄想か何かだったかのように、見せかけているのではないだろうか。


私が新ネットや教授に二度と関わらないよう、すべてが夢だったと思いこませようとして、ムストウのアプリが情報操作をしているわけだ。


といっても、この世界を全て書き換えているとは考えにくいし、そこまでする必要はない。そんなことをしなくても、ムストウの目的を達成するには、とにかく『私の五感で得られる情報』だけを操作すればいい。つまり、あくまでも私だけから見て、この世界が、教授たちに会う前の過去に戻っていて、新ネットが存在しないかのように偽装すればいいわけだ。


あるいは――――


――もう一つの可能性が頭をよぎったが、それは感情的に受け入れられないので、あまり深く考えたくなかった。


――『本当に全てが夢だった』という可能性だ。


本当に全部が夢で、バーブズ氏に会ったのも夢だし、教授の助手になったのも、私の妄想だったという可能性――――確かに、今の私は、教授たちの存在する証拠を何も持っていない。


でも、あの体験が全て夢だったなんて、さすがに考えにくい。


とにかく、ムストウのアプリによる偽装だと仮定して行動してみよう。


どうすれば、このアプリから逃れられる?


そもそも、そのアプリはどうやって私を認識して、私だけに攻撃してきてるんだ? 私の体に、何かが仕込まれているのだろうか。あるいは、私の体の形や組成などを登録してあって、それを認識しているのかもしれない。一度、ムストウに拉致されて、ネットの世界に入ったとき、それができたはずだ。


とにかく私は、タクシーに戻り、次の行き先を告げる。――大学だ。


もちろん、新ネットにアクセスできない現状では、新ネットの関連の建物には入れない。


でも何か、このアプリから逃れるためのヒントか何かが、そこにある気がした。

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