〈04〉お迎えにあがりました
「初めましてジョブさん……私がムストウです。お迎えにあがりました」
その人は笑顔を浮かべながら、大きな瞳でこちらを見た。
ムストウと名乗るその男性の背丈は、私より十センチほど高い。バッチリと紺のスーツを着こなしている。髪は少し縮れていて、その色は全体がグレイだが、老人ではない。黒い手袋を両手にはめている。
ムストウは私の横を通過して、テーブルに近づき、リンゴを取って食べ始めた。
私は、下にいるティニたちに知らせるべきかと思ったが、なぜか、そうしたくなかった。
「――今ジョブさんは、下の連中に通報できませんよ。私から逃げることもできません。アプリで行動を制限させていただいてます」
と、私の思っていることを読み取ったらしいムストウが説明。
「なるほど…………予告の時間より、早いんじゃないですか?」
いろいろ疑問だらけだが、最初は簡単なことから質問することにした。
「ふふ……真面目なんですねぇ、ジョブさん。早めに来た方が不意を付けるじゃないですか」
ムストウは、嫌な感じの笑みを浮かべた。
「ちなみに十二時というのは、あなたをネット上の世界に転送する時間ですよ。転送の準備が完了するのが、その時間というわけです。今日はジョブさんを、その世界にお連れしようと思ってましてね」
「――ネット上の世界?」
「ネット上に作った仮想の世界です。旧ネットとは違って新ネットでは、仮想世界に
――なるほど……新ネットでは人体を転送できるわけだから、そういうことも可能なんじゃないかとは思っていた。そういえば、昨日行った家電ショップに、そういうゲームがあった気がする。
「そこに……私を連れていく目的は何ですか?」
「そこには、私たちの事務所がありましてね。――そこへジョブさんを閉じ込めておきながら、必要な交渉を進めていくわけです」
ムストウはソファに座って、くつろぎ始めた。
「……その交渉が決裂したら、私はどうなるんですか?」
「そうですね……ジョブさん次第のところもありますが……嫌でも私たちの仲間になってもらいましょうかね。……でも大丈夫ですよ。交渉は成立しますから」
ムストウは、ニヤニヤしながらこちらを見ている。
私は今、縛られたり猿ぐつわを付けられたりしてはいないが、アプリによって行動を制限されているわけだから、すでに拉致されてしまったようなものか。
「おなかを満たしておいた方がいいですよ」
ムストウはテーブルの上の料理を指した。
私は、言われるがまま、とりあえずテーブルの前に座る。
「あなたは……その……本物のムストウなんですか? 死亡したって聞きましたが」
私はサンドイッチを食べながら、さっきから一番気になっていることを質問した。
「ええ、確かにムストウは死にました。……でも、
「?」
ムストウはそれ以上の説明をせず、窓の外を眺めている。
「――それにしても愚かな連中ですねぇ。強力なロボットを配置すれば、警備を固めたことになると思い込んでる」
「どうやって入って来たんですか?」
「お聞き及びかと思いますが、私はアプリ開発が得意なんです……多分、不可能なことはないんですよ。こうやって、あえて敵を呼び込んだって平気です。――おーい! ジョブ君をさらっちゃうよ~」
ムストウは急に大きな声を出して、手を叩いた。
次の瞬間、料理を作ってくれたメンちゃんが、私の前に立っていた。
「ジョブさん! 逃げてください!」
メンちゃんが勢いよく開けたドアが吹き飛ぶ音が、ほぼ同時に聞こえた。
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