なんてことない、ただのサラリーマンの話

訓練された社畜

第1話

私は今、特急電車の中にいる。


大学卒業後、地元では名の知れた中堅企業へ就職し、営業としてそこそこの成績を納めた。

40歳となった今では部長職に就く程度には会社へ貢献してきたつもりだ。


プライベートでは25歳の時結婚をし、27歳で長女、30歳で長男が生まれた。


ここまで聞けば、順風満帆な人生に思えるだろう。事実、私は幸せな人生を歩んできたのだと思っている。


しかし、ここから一転して落ち目に変わる。


部下が犯した致命的なミスを庇い、フォローしようとしたまでは良かった。

その後、フォローの甲斐もあり売上が3割減になる程度で収まることが出来たのだが、フォローに奔走しているうちに、なぜかそのミスは私のせいだったということになり、会社からの評価は暴落。


地方の支店に飛ばされることになった。


そのことを家族に伝えたところ、小学生のうちに環境が変わるのは良くないという話になり単身赴任することになった。

が‥‥、そのすぐ後、駅で同じ会社に勤める女性とばったり会い話し込んでいたところを見た妻が、浮気だと騒ぎ出した。


勿論そんな事実はないのだが、話を聞いてもらえず、粘り強く話し合いをした甲斐なく、そのまま離婚することに。


駅で女性と話し込んでいただけで浮気と思われるなんてあり得ないと思うだろう?


その時は、最初は談笑から入ったのだが、途中から「なぜあのミスが私のせいになったのか」を聞かされていたのだ。

なんのことはない、その話の出所は私が庇った部下だった。


客先の信用回復に奔走していた私は気付かなかったが、当時、なぜ担当ではなく部長が奔走しているのか という話題になったらしい。


役員から事情を聞かれた部下は、私が打ち合わせに同席した時に失言をし、怒らせてしまった。それを隠し無かったことにしようと奔走している。と説明した。というのが事の顛末だと聞かされた。


そんな立て込んだ話をしていたがために、表情が真剣になり、親密な話をしているように見えたのだろう。



そして、単身赴任のはずが、新天地への旅立ちとなり、電車の中にいる現在に至るわけだ。


まさに、弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂 とは、今の状況を言うのだろう。


そんなわけで私は一人、特急列車に揺られながら赴任先の新天地へ向かっている。



列車が目的地へ到着し、駅へ降り立つ。

今まで住んでいた町と比べれば、一昔前の街並みと言わざるを得ないだろう。


40歳を超えた体だが、心機一転、この地で一から頑張ろうと決意を固め駅を出ようとした時、思わぬ人物と遭遇した。


「あれ?もしかして佐藤先輩ですか?私です。先輩のいたバスケ部でマネージャーをやっていた小鳥遊です。」


と、声を掛けてきた人物。

もちろん知っている。というか、私を覚えていたことに驚きなのだが‥。


「こんなところで会うなんて奇遇だね。もちろん覚えているよ。久しぶり」


彼女は小鳥遊 沙織さん。

高校時代、持ち前の明るさと可愛さで隠れたファンが多かった子だ。

そのせいでガラの悪い連中に絡まれることも多かった子で、私も何度か助けた(というと大袈裟だが)ことがある。

ちなみ私も、隠れファンの一人だったりする。


「こんなところなんて失礼ですね(笑)これでも私の地元なんですよ!」


と笑って言う彼女。

どうやら彼女はこの町の生まれらしい。


「あぁ語弊のある言い方で申し訳ない。こんなところというのは、高校から随分と離れたところという意味だよ。」


「分かってますよ。相変わらずの真面目さで安心しました♪」


どうやら揶揄われたらしい。

可愛さに和むが、少し反撃をしておこうか(ニヤリ)


「小鳥遊さんこそ、相変わらずの可愛さだね。高校の時から可愛かったけど、そこに大人の魅力が足された感じかな!」


本心ではある。


「っ!先輩は真面目なところに、女誑しが加わったみたいですね〜‥」


と、顔を赤くしつつ言う彼女。

どうやら仕返しは成功したようだ。


「ははっ、こんなこと滅多に言わないよ。しばらくここに住む事になるから、またよろしく頼むよ。」


「そうなんですね!じゃあLINE交換しときましょうか♪」


言われるがままにQRコードを出しLINE交換。

苗字が小鳥遊のままなのか‥。


「それじゃあまた連絡するよ。またね。」


「はい!私もまた連絡しますね♪」


そうやり取りをして別れ、これからの新居になるアパートへ向かう。


着いてすぐは正直気落ちしていたが、彼女のおかげで楽しみもできたな。悪いことばかりでもない。多分、建前だろうが‥。


アパートに着いた後は夕飯を食べ、滞りなく就寝。明日から仕事だから、早めに寝ないとな。


‥‥‥‥


翌朝、いつもより少し早めに目が覚めた私は、少し緊張しつつ会社の事務所に向かう。初出勤だ。


異動の理由が理由なだけに、どういった反応をされるのか不安に思いつつ、事務所のドアを開ける。


「課長!あ、今は部長でしたね、お久しぶりです。」


と声を掛けてきたのは、私がまだ課長職だった時に教育係を任されていた社員だ。

異動したとは聞いていたが、ここだったのか。

それにしても、昨日から懐かしい顔に会う機会が多いと思う。


「久しぶりだね。ここに異動していたのか。また上司にならせてもらうけど、よろしく頼むよ。」


そう返事をして、周りを見渡す。

どうやら既に全員出社しているようなので、そのまま挨拶に繋げておこう。


「他のみんなははじめましてかな。今日からここで働かせてもらう佐藤です。一応所長にはなるけど、こちらでの仕事は分からないことだらけだから、色々と教えてもらえると助かるよ。れからよろしく頼む」


そう告げると、ヒソヒソと小声で話す社員がいた。その社員が、意を決したような表情でこちらに近寄ってくる。


「所長、これからよろしくお願いします。本社での話は聞き及んでいますが、この事務所一同、所長がミスを犯したと思っていません。大方、担当のやつが保身で嘯いたんだろうって。」


いきなりこんなことを言われるとは思ったいなかったが、どうやら懸念してた内容は杞憂だったようだ。


彼はそのまま続ける。


「担当のやつとは同期で、一緒に仕事をしたことあるんで分かります。あいつは保身のために人を悪者にすることを躊躇いません。それに、社長からも電話があって、そのことに気付いているみたいでした。あ、出社したら社長に電話するよう言付かっています。」


何やらおかしな話を聞いているようだ。社長が気付いていたなら、なぜ左遷されたのか‥


「分かった。後で電話するよ。それじゃあみんな仕事に戻ってくれ。」


そう締めくくり席に座って、すぐに本社へ電話をする。


「あ、もしもし、◯◯営業所の佐藤ですが、社長に取り次ぎ願えますか?出社したら電話するよう言われているのですが」


そう告げると、電話口の女性は予め聞かされていたのか、すぐに取り次いでくれた。


「あ、佐藤君かい?遠いところに行ってもらって悪いね。電話してもらったのは他でもない、君の移動に関して誤解を解いておこうと思ってね。今回の異動は、君に期待してのことなんだよ。その営業所は、ここ数年非常に伸びていてね、周りに大手企業の工場も多く、今後に当社の主軸となってもらいたいと思っている場所なんだ。しかし、元々いた所長が定年でね。次の所長を今いる所員の中から選ぼうとしたら、ある所員から、君を指名されたんだ。」


ふむふむ。ある所員というのは、おそらくだが私が教育してた彼かな?


「そんなわけだから、左遷とかではない。むしろ栄転に近いと思って欲しい。結果が出れば、役員の席も視野だ。あ、そうそう。君がなんとか繋ぎ止めたあの会社だけど、社長直々に電話をもらったよ。君を左遷するとはどういうことだ!と、すごい剣幕でね。担当の彼が面白おかしく話のネタにしたらしい。もちろん、今の話をして誤解は解かせてもらったよ。」


あの社長ならそれぐらいしそうだな、と思ってしまったが、そこまで買われていたと思うと嬉しいな。それにしても、役員かぁ‥


「そういうわけだから、これからも頑張ってくれ。プレッシャーを与えて申し訳ないが、大いに期待してるよ。」


そう告げると、電話が切れた。

どうやら誤解を解くと共に激励するための電話だったようだな。


その後は仕事をこなしつつ、営業所独自のルールややり方を教わり、その日の仕事が終わる。後日、歓迎会を開いてもらえるようだ。



昨日と今日で色々とあったな。

これからの人生は今までとは違うが、充実したものになりそうだ。

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