99歳9か月

杏野 凜華(あんの りんか)

看護師時代の備忘録。

 私は、とある病院の看護師。

 仕事は一通り覚えたけれど、まだまだ若手。毎日毎日やる事がたくさんあって、正直いっぱいいっぱいだ。

 これは、そんな私が夜勤入りした「あの日」のお話。


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「99歳と、9ヶ月?人生カンストしてます感満載だなぁ。」


 それが私の最初の感想。カルテを開いてのんきにそう考えていた。それと同時に、そこまで生きている人が、どんなことを考えているのか、何をお話するのか興味がわいてきた。


 清潔感はあるけれど、無機質な病室。

 その中央に彼は寝ていた。これが私の職場。いつも通りの風景だ。そして彼は、私の顔を見るなりこう言った。



「ああ、運の悪い人生だった。」



 …って。え、99年も生きて第一声がそれ?人生の総括がその一言なの?

 思いがけない発言に、そもそも初対面の人に突然そう言われて、私は固まってしまった。

 いや、何か言ったところで、難聴過ぎて簡単には伝わらないのだけれど。


 呆気にとられる私を気にも留めず、彼は語り続けた。

「今でも出撃命令に怯えているんです。爆弾を積んで出発する夢を毎日見る。死にたくはない、まだ生きていたいと叫ぶところで目が覚める。

 嘘みたいだと思うかもしれない。でも、全部、本当のことなんですよ。あなた達は幸せだ…平和な時代に生まれて。」と。


「はいはいはい…」って、先輩達はいつも聞き流して仕事進めて行くのだけれど、私はそれはしたくなかった。

 だって、この先戦争を実際に体験した世代の人から話を聞くことはもっともっとできなくなるから。

 少しでも下の世代に伝えようとする彼との気持ちを、痛みを、雑に扱いたくなかったから。


 普段、他の人がどう対応してるのかは知らない。

 でも、私は個人的にも最後までお話を聞かせてほしくて。時間はないのだけれど、彼の気が済むまでその続きを聞かせてもらった。


「今でも辛い思いをされてるんですね。お話聞かせてくださってありがとうございます。聞けて良かったです。」って言ったら、


「ああ…!嬉しい。嬉しい。あなたのような人が来てくれて。あなたに出会えて、本当に良かった。ありがとう。また必ず来てください。」って。


 彼は私の手を握りながら泣いたの。


 そんなこと、誰かに言われたことある?


 オチはない。ただ私が忘れたくなかったあの日の話。それだけ。

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「こんな事を二度と繰り返してはいけない。」

 文字にしてしまうとあまりにチープだ。


 だけど、私は確かにそう思った。

 もう二度と、こんなに悲しい人生の振り返り方をする人が出ないように。

 話を聞くのが、次の世代に伝えるのが、戦争を経験した人と直接話せる最後の世代としての責任なのかもしれない。

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99歳9か月 杏野 凜華(あんの りんか) @azuazu3dayo

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