第26話「二人の共同作業」

 かーかー……!


 すっかり日も暮れた頃。

 カラスのなく墓所入口にゲイルとモーラが顔を出した。


「ん~……空気がうまい!!」

「あー……ダメ。アタシ、二度と墓所には入らないわ」


 ノビノビしたゲイルと、ゲッソリしたモーラ。

 彼女は顔面蒼白で口元をハンカチで抑えていた。


「そんな大げさな。日帰りコースじゃん」

「ソーサラー退治して日帰りコースとか、アンタ頭おかしい発言だからね、それ」


 うっぷ……。


「だ、大丈夫か? おんぶする?」

「おねが──────って、いいわよッ! 何考えてるのよ、いやらしいわねー!」


 キュっと体を抱きしめるモーラ。

 かえってふくよかな体が強調されるが……。


「……い、いや? そう言うの狙ってないんだけど──ま、いいや」


 本気でクタクタそうなモーラに気を使っただけなんだけどね。


「ったく、油断も隙もない。だいたいアンタのほうがおかしいのよ? 臭いやら───気味が悪いやら……。よくそんな平気な顔してられるわね」

 神経を疑うわよ、と続けるモーラにゲイルは首をかしげる。

「そんなに嫌かなー?」


 墓所はゲイルにとっては気楽な素材回収場所。

 少々カビ臭くて暗いのが難点だけど、安全安心、楽しいピクニック気分だ。

 持ち主不明の副葬品もあるし、ダンジョン化すれば宝箱だってリポップする。


 それになんたって、アンデッド素材!!


「へへ」


 その回収した素材で呪具をたくさん作れると思うと、それだけでウキウキする。


「なによ、気持ち悪いわねー」

「いや~。久しぶりの新鮮な素材なんだもんよ。これで呪具がたっぷり作れるかと思うと───うへへ」


 ちょっとトリップしていて気持ち悪い。


「アンタってば───……」


 さすがにあきれた様子のモーラ。

 骨とか腐肉が詰まったそれアンデッド素材を、丁寧に丁寧に袋の上から撫でるゲイルをみてドン引き。


 しかし、


「くすッ」

 まったく……。

「……アンタってば、ほ~んと呪具が好きなのねー」

「え? そりゃあ、楽しいし────へへ。カッコいいじゃーん!」


 ばばーん!


 そういって、ぶら下げているお気に入りのネックレスを見せるが、


「…………センスは壊滅的だけどね」

「な?!」


 失礼な!

 この良さがわからないとは……。


「ったく、ほんとこのセンスが分かる人、中々いないよなー」


 クルクルとペンダントを指でもてあそびつつ、スチャっと手に収める。


「……いやいや。それをセンスとかいう時点でズレてるからね? アンタ」

「ふん。世間がずれてるんだよッ!」


「あー。そうー」


 肩をすくめるモーラをジト目でみつつ、王都に思いをはせるゲイル。

 そういう意味では、王都で出会ったあの少女・・・・は中々見どころがある。


(……思えば、露天で商売するのは楽しかったなー)


 王都にはロクな思い出がないし、

 最後にカッシュに言われるままに商売にして路銀を稼いだのは唯一のいい思い出だ。


 あの少女が初めてゲイルの装飾品の良さを分かってくれたっけ───。


 うんうん。

(……よーし、呪具の在庫ができたら、また露店でもしようかな?)


 うっし! そうと決まったらさっそく今夜あたりに何か作ろうかなー。

 そして、それを露店でうって、ウシシシシ……!


「ふふん……きっとそのうち世間が追いつくさッ」


 そういって、輝く瞳で希望と愛に満ちた目で虚空を見つめるゲイル───。

 キラキラキラ……!


「いやいや、ないない。それは一生ないから」


 モーラは完全否定。


「むむぅッ!」

 ちょっとムクれるゲイルに、モーラは肩をすくめた。


「ま、そこがいいとこなんでしょうね」

「どういう意味だよ?……ほめてないよね?」


 う~ん、と伸びをしたモーラと並んで歩くが、夕日の逆光で彼女の表情がよめない。


「どうかしらねー。ふふ」

「ちぇ、わからねぇ奴───」


 さほど付き合いが長いでもない二人。

 追放された男と初日で脱退した女。


 ……共通点はそれくらいだ。


「でも、ちょっとは楽しかったわよ」

「は? よく言うよ───ビビッて泣きべそかいてたくせに」


「な?! 泣きべそなんてかいてないわよ!!」


 夕日で顔を赤くしたモーラ。

 さらに真っ赤になったのは気のせいか?


「いや、泣いてたよ? それに、俺の服の裾モーラに引っ張られてビロンビロ───」

「ちょ!! 人聞きの悪いこと言わないでよ!」


 むきー! と怒ったモーラがゲイルをポカポカ叩く。


「あはは。冗談さ」

「冗談じゃなかった! 冗談じゃないわよ!」


 あははははは!


「ごめん、ごめん。なんだかんだで感謝してるよ」


 本心だ。


「……パーティを追い出されて、流れるようにして農業都市に来たけど───。一人だったらもっと、寂しくて辛かったかも」


 たとえ、お金があっても、

 たとえ、農業都市がいいところであっても───。


「誰かと笑いあえるってのは……うれしいことなんだなって。全部、モーラのおかげさ」

 ド直球。

「ちょ……。恥ずかしんですけどぉ!」


 モーラはフードを引っ張り出してすっぽり顔を隠してしまう。


「こ、こっちこそ。ありがとうよ……。アイツ等・・・・のせいで王都に居づらくなったし……」ごにょごにょ

「ん? なに? 聞こえないよ?」


「なんでもないわよ! そ、それより報酬はどうするのよ?!」

 顔を真っ赤にしたモーラが思いっきり話題を反らす。

 ゲイルはといえば、

「ん? 山分けでしょ?」


 ずるぅ……!


 思いっきりモーラがズッコケた。


「うわ?! 大丈夫かよ? 肩貸すぜ───」

「いらないわよ! っていうか、アタシなんもしてないんですけどぉぉお!!」


 無理やり同行して、足引っ張りまくって報酬を折半??


 バカですか?!


「あーもう! 全部あんたのもんよ!」

「そ、そうはいかないだろ?」


 ゲイルは食い下がるけど、

 モーラがやったことといえば素材回収とゲイルに持ち切れなかった荷物をわけるくらい。

 それも全然量が違う……。


「いやいや。パーティなら役割分担ってのがあるし、今回の墓所探索だって、そこは……ほら───」


 えっと……。


 ゲイル。攻撃、防御、デバフ、斥候、先導、荷物回収担当。

 モーラ。…………お色気担当?


「───あれ? あ、」

 ほんとだ。ゲイルがほとんど全部やってる。

「でしょ?…………って、お色気担当ってなんじゃい!!」


 ムキーーー!!


 モーラがユッサユサと揺らしながら怒り狂う───……うん、パイ乙カイデ~。

「だいたい、荷物もアンタがほとんど持ってるじゃん!!」


 どーーーーーーん。と、モーラの軽く10倍は越す荷物を担いでいる。

 中には、ソーサラーやグールの素材……。白骨なんかがぎっしり───。


 衛兵に尋問されたらちょっと言い訳できない怪しい荷物。


 ……それ以前に、改めてみると、ゲイルの持っている荷物の量がちょっとおかしい。

 モーラは支援職なので、もちろんパワーには自信がない……。ゆえに、ちょっとした袋を人る担ぐのがやっとなんだけど───。


 ゲイルは、その……なんていうか──。


「……アンタ、それ、どんだけ持ってるのよ?! 上級のポーターだってそんなに持てないからね!」

 絶対基準がおかしいから!


「大げさだなー。これくらいなら普通じゃないの? あと、これのおかげかな───」


 そういって、服の裾に隠している呪具をサラリと示す。


「な、なにそれ?」


 髑髏と毒々しいいばらが巻き付いたブレスレット、なんかドクンドクンと脈打っているようにも見える───……いわずもがなの呪具である。


「うッげ……! 気ぃん持ち悪ッ! アンタ、マジでそういうのやめたほうがいいわよ」

「し、失敬な!! 見た目最高、効果最適! お気に入りの一つなんだからな!!」」


 口元を抑えて俯くモーラを見て、プンプン怒り出すゲイル。


「───いや。だって……」


 そのデザインはないわー。

 見た目、最低だわー。


「時代が追い付いていないんだよ!!」

「一生追いつかないわよ!!」


 追いついてたまるか!


 ……だが、センスはともかく、その付与効果がこれまたすごい。

 聞いて驚け───……っそいて、聞いたら驚いた!



 かくかくしかじか



「───……はぁっぁああ?! 【持ち物運搬容量増大インベントリアップ】【筋力増強パワーアシスト】【疲労軽減リラクゼーション】の付与効果付きぃぃいいい?!」


 ──当然、呪い付き。


「うん。荷物運び用に作ったんだよ」

「……い、いやいやいやいや!! つ、作ったんだよ───って、」


 アンタ……。

 アンタってば───。


 頭を抱えるモーラ。


 ゲイルはちっともわかっていないが、………………これ、とんでもない性能の代物だ。


 いっちゃあなんだけど、多分戦争の概念すら変えそうな代物で───……。


「あ、あのねぇ……。アンタって、本物の魔道具見たことあるの?! 店とかにおいてる───」

「あるよ! あーいうのって、センス最悪だよね」


 いや、そこ・・じゃねーから!!

 だよねって言われても、頷きづらいわッ! あと、センスの話とかしてないから!!


 ……そもそも、そんなに狙って作れるようなマジックアイテムが早々あってたまるかっつーの!


 っていうか、

「───あのね?! 魔道具の付与効果ってのはね、普通は一つなの!! ひーとーつ! それも、せいぜい能力が1割も上昇すれば御の字よ?!」

「だよねー。装飾にこだわりすぎ、もっとこう───……」


 いや、だからぁ……!


「装飾とかじゃなくてぇぇえ! 付与効果が二つ以上もついていて。性能がぶっ飛んでいるものは───アーティファクト伝説級アイテムっていうの!!」

「ははっ。国宝とかのあれでしょ? あははー。アレとかクッソださいよねー」


「だーーーっ、かーーーーーらーーーーー!! だぁれがセンスの話してるのよ!!」


 あははー……じゃないわ!!


「あーもう! アンタってばホンッと規格外よね!!」


 色々!!

 特に、センスと理解力ぅぅうう!!


「はは、モーラは大げさだなー。付与効果とかどうでもいいじゃん。そんなの工夫次第でいくらでも組み合わせ出来るんだから───まぁ、呪われるけどね」──だって、呪具だしぃ。


 あっけらかんというゲイルに頭が割れそうなくらい頭痛のするモーラ。


「どーでも、ってアンタ……」


 謝れ。

 今すぐ、全国の魔道具職人に謝れ!


(あーもう……)


 付与効果がすごいのもあるが、その凄さをゲイルが全く理解していないことに頭を抱える。

 工夫次第でいくらでも・・・・・・・・・・作れたら誰も大金を出してまで魔道具を買わないっつーの。


「はー。アンタの基準に付き合ってると魔道具が玩具おもちゃに見えてくるわね……」


 たしかに、呪われた品には凄まじい付与効果があるのは知られている。


 だが、呪いというリスクが大きく。

 また、付与効果に対する対価も大きい。


 しかし、呪具職人の手によって、それがコントロールできるとすればどうだろうか??


 呪いを消せば付与効果は消える。

 ならば、

 …………………あえて、呪いを残したまま呪具を作り、あまつさえ、その軽弱をコントロールできるとすれば?


「玩具ねー。これくらいでいいなら、いくらでも作れるけど?」


 これくらい、というのは自ら作ったアーティファクト級のブレスレット【持ち物運搬容量増大インベントリアップ】【筋力増強パワーアシスト】【疲労軽減リラクゼーション】のことらしい。


「───……アンタってば、もしかして世界の根幹を揺るがす、すごい職人かも」

「だろぉ!! へっへー。いつ見ても完ぺきなデザインだもんな」


 うん。

 デザインの話してないから。


「…………やっぱ、ないわー」


 ニコッ


「おぉい! 上げて落とすなよ!」


 うん。あのセンスはない。

 多分、一生ゲイルの時代は来ない──────。


 …………そう。

 あの呪具のセンス・・・・・・・・である限り、世界はゲイルに気づかない。




「……呪具師ゲイル・・・・・・、か─────」




 足を止めたモーラは、

 大量の荷物を抱え、喜々として町に向かうゲイルの後姿を見つめる。




「ふふっ。面白い奴」






 ニコリとほほ笑んだモーラは、ちょっとだけゲイルに興味を持った。

 少なくとも、これからもたまにはパーティを組んでもいいかな、と思うほどには───。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る