第24話「墓所最深部」
墓所最深部……。
魔素が澱み、ダンジョンと墓所の陰鬱な空気が集まる場所。
そこには大量の白骨と、安置されて以来虫やネズミに食いあらされた干からびた遺体で埋め尽くされていた。
もちろん、そのうちの半数以上は起き上がり、うつろな表情で地下空間をうろついている。
『うーあー…………』
『コカ、コカカ……』
アンデッドの中でも上位種のスケルトンナイトに、グールシューター。
さらには、深部から沸きだした正真正銘の魔物である、ダークファントムに
『ロォォォオ……!』
『グガァァァ……!』
うじゃうじゃ、うじゃうじゃ……。
「うわ……。み、見ちゃった」
「おいおい、目ぇつぶってなくて大丈夫か?……デッカイ声出さないでくれよ」
ブルブルと震えるモーラはゲイルのマントの裾を掴んで離さない。
それでも、潜った当初に比べれば多少は落ち着ている。
「も、もう、大丈夫よ! 慣れたわ!」
嘘つけ。
「しーしー! もうー、声大きいよ!」
※ 注:お前もな ※
アンデッドから隠れつつ様子を伺うゲイル達。
深部にあたるそこは広いホールのようになっており、死体の山と、アンデッドに溢れかえっていた。
「んー………………」
そこをジッと見つめるゲイルだが──。
「ど、どうしたのよ? アンタにしてはビビってるの?……やっぱり、ほんとはアンデッドが怖いんでしょー」
ちょっと意趣返しするようにモーラが意地悪を言うが、
「ん? 別に?」
本気で何とも思っていない顔で答えるゲイル。
「う……。じゃ、ど、どーしたのよ? なんでさっさと──」
「いや、リッチいないじゃん」
「あ…………ホントだ。───って、そんな「チキン売り切れじゃん」みたいに軽く言わないでよ!」
だが、これで一安心。
リッチがいないんじゃクエスト達成は不可能だ。
さすがにいないなら出直すしかない。
(あー……助かった)
……モーラは、これでやっと地上に戻れるとばかりにホッと息をついた。
「じゃ、じゃあいったん引き返しましょ? あ、アタシ寒くって……」
ブルブル。
地下の低温のせいばかりではないだろう。
ゲイルがあまりにもサクサクと鼻歌交じりに深部まで来るからモーラとしては心構えも何もなかったのだ。
「ん? コート使う?」
「い、いいわよ! それより早く帰りましょ!」
ゲインがセンスのないコートを差し出そうとするのを固辞してモーラは帰還を主張したのだが、
「お、みっけ」
ゲイルの緊張感のない声が墓所にシンと響いた。
そして、
……ソイツは現れた。
『ロォォォォ……』
「み、みっけ───って、嘘。……あ、あれは」
モーラとしてはいない方がありがたかったのに……・
だけどそんなにうまくいくはずもなく───彼女にとっては最悪の形となって表れる。
「あ、あれは……!」
リッチがいなければ、引き返してくれると思ったのに────。
『ロォォォォオオオオオオオ…………!』
「そ、ソーサラー?!」
心臓を鷲掴みにするような凍える死者の叫びがモーラを直撃した!
「……だね」
よりにもよってリッチどころか、リッチの上位種がそこにいた。
「───だね。って……じょ、冗談じゃないわよッ! 災害クラスのアンデッドじゃないの!」
ソーサラーはアンデッド最上位種。
一体でも地上に出現すればアンデッドの軍勢を築き、人類に死の厄災をばらまくといわれるほど。
「災害? そうだっけ?」
「そうよ!! アンタ、教会とかいかないの?!」
アンデッド根絶を標榜する教会では、その最上位種たるソーサラーの脅威をいつも喧伝しているほど。
「え。いかない」
「あっそ─────って、ばかーーーーーーー!!」
それはモーラは激高し、
「ちょっとは神様とかに感謝しないさいよ!! だいたい普通は行くでしょ?! 休日とかいつも何してんのよ!」
「え? 呪具作ってるけど? あと、解呪の札の内職とか───」
こともなげにいうゲイル。
「ばか! ばか!! そーいうことしてると、教会に目ぇつけられるわよ! だいたい解呪の札って、……それ教会にばれたら大目玉よ!!」
「へ? なんで?」
「なんでって、…………アンタ!!───そりゃあ……」
教会の資金源にもなっている『解呪の祝福』。
金貨を支払い、呪いを解いてくれる教会の秘術なのだが、それを内職感覚でほいほいやっちゃうのって───。
「もう、信じられない! っていうか、今どういう状況かわかってるの?! 災害クラスのアンデッドがいるんだから、まずはギルドに報告して、教会から大神官クラスを──────って、あ…………」
しーーーーーーーーん
「………………モーラ、声大きいって」
ゲイルに詰め寄っていたモーラはツツーと冷や汗を流す。
そして、ゾクゾクしちゃう背筋の気配に、ギギギギギと振り返れば───……。
『『『………………』』』
一斉に振り向くアンデッド軍団。
その目が闇でギラリと光る……。
「いやぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」
ちょ! でかい!!
声がでかい!!
あと、何か顔に当たってるものがデカい!!
「も、モーラ! は、離れて……! く、苦しいって!」
ガバチョとゲイルに抱き着くモーラ。
「無理無理無理無理無理!! いやぁぁあああああああ!!」
「し、死ぬ……! ギブ、ギブギブギブ!! い、息が……」
ちょ、なんか川が見えてきた……。
「ぷはぁ! 窒息させる気かぁ!!」
なんと這い出したゲイルだが、肝心のモーラは恐慌状態。
「に、にににににににに──」
「にに?
「そうそう、
もう、ばか!!
「アンタばか!! 信じられない! もう、ばか! 超バカ!!」
「いや、そんなバカバカ言わなくても……」
ゲインは口をとがらせて拗ねた表情。
「いーえ、馬鹿よ! それもただのバカじゃなくて、大馬鹿よぉぉおおお!!」
「言い過ぎじゃね?! 俺が何したっての?!」
「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いのよ!! あーーーーきたぁっぁあああ!!」
『『『『コカカカカカカカカ』』』』
『『『『ウガォォオオアアア』』』』
ドドォォォォオオ!! と津波のように押し寄せるアンデッドたち。
モーラの目にはこの世の終わりに見えたことだろう。
「もうやだ! 死んじゃう!! こんなところでアンデッドに殺されてあああああああああ」
「いや、うるさいって。───ほい、【解呪】っと。……あと、バカバカ言い過ぎ!」
ボロォォォォォオオオ……!
ゲイルの手から放たれた解呪のスキルがアンデッド軍団を溶かしてしまう。
「馬鹿は馬鹿でしょ! ソーサラーがいるなんて聞いてないわよ! っていうか、話しながら【解呪】してんじゃないわよ、まだ人が話して、って………………え?」
『ロォォォォ…………ォォォオオ──────』
ボロボロボロボロ──────ボロォ……。
「ちょ、え? ちょ……」
ボロボローと、崩れていくアンデッドたち。
あまりにも何気ないゲイルの【解呪】のせいで、その瞬間すら見えなかった。
「う、うそ……? え? じょ、ジョーク?」
最後まで形を保っていたソーサラーであったが、フッ……と、どこかの国の貴族のような面影を見せた、そのまま満足した空気を放ちながら、崩れ落ちていった。
ガラガラガラガラガラガラ……!!
そして、あれほどの大群が、あっという間に消え失せ、ガラガラと遺体の山に帰っていく────。
「ま、マジのすけ?」
モーラが口をパカー……。
そして、
「うそ!? ご、50体はいたよね?!」
「そうだっけ? 数えてないけど───リッチも奥のほうにいたっぽいよ。やったね」
いや、やったね、ってアンタ───。
アンデッド軍団を一瞬で殲滅したというのに、ゲイルは全くいつも通り。
それどころか、屍の山をみて徐々にホクホク顔。
「やー。大量大量! クエストも完遂したし、素材たっぷりだし! 今日はいい日だな」
「…………アタシは今日で人生終わるかと思ったわよ」
だってソーサラーが出現したもん。
「大げさだなーモーラは」
「あ゛?」
何言ってんのコイツ。
「ソーサラーくらい結構いるじゃん」
「いないわよ!!」
いるか!!
いてたまるもんですか!!
「ん? そうか?? 古い墓所とか、大きな墓所の深部には割といるよ? 素材としてたまに狩るし」
「いやいやアンタ───!」
だから何言ってんコイツ!
「つーか、」
アンデッド殲滅を標榜している教会の教えをなめんな、こら!!
──ソーサラーが墓所から出てきたら大災害なんですけどぉぉぉお!!
はー……
はー……
はぁ…………。
「…………あー」
なんか疲れたと、天井を仰ぐモーラ。
嘘ではないってわかるだけに怖い……。
教会がソーサラー出現なんて知ったら、大騒ぎになって、神殿騎士団を編成し、討伐隊を組んで倒すクラスのモンスターを素材としか見ていないのが怖い!!
……つーか。
「もしかして、各地の墓所とかたまにいってたりする?」
「ん? 素材回収のこと?」
あ、行ってるのね。
なるほどー。
………こいつってば、案外、人知れず大災害を未然に防いでいるんじゃ??
「じゃ、素材回収して帰ろうぜ」
──……うん。
「…………やっぱ、アンタってば、規格外だわ」
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