第11話「出発」

 チュンチュン……。


 王城でちょっとした騒動があったなど、ゲイルの知らぬ一夜が明ける。


「ふぁー……」


 稼いだお金でそこそこのグレードの宿に泊まったゲイルは、チェックアウトを済ませると宿の外に出て「う~ん」と伸びをする。


「ッッかぁー……。よく寝た。いやー、いい風呂&いいベッド──癖になるわー」


 コキコキと首を鳴らす。

 いーきもち!


 「さて、と」──ひとり荷物を担いだゲイルは、ツヤツヤの肌と髪質を取り戻し、意気揚々と王都の正門へと向かう。

 せっかく一人旅をするので装備も一新した。


 なんか、露店でエラい稼いじゃったので!!

 それで買い物もしちゃったり、ね。


「……へへ。これいいよなー」


 ゲイルは昨日買った装備に、早速──身を包んでいた。


 宿の中で初めてそでを通したそれを、陽の元でクルリと回って確かめる。


 バサリ。


 ──縁に細かな銀の刺繍の入ったオリーブドラブ色のマント。

 内側には様々な呪具が隠し、仕込まれている。


 そして、半オーダーメイドの鉄線入りの上部な服。ちょっとした刃物なら跳ね返せる丈夫さだ。

 ちなみに、マントと同じく、ポケットや内側に沢山の呪具が入る様に工夫されている。


 さらに、


 腕を守る手甲に、足のすねを守るレガース。

 防具らしい防具はこれだけだ。


 だが、これでいい。


 ゲイルはあくまで呪具師であって、戦士でも魔法使いでもない。

 後衛でかつ、デバフ専門というちょっと変わった立ち位置だが、自分の身を守ることができれば、あとは仲間の仕事だ。


「ま、仲間はいないんだけどねー」ケラケラケラ


 今さらカッシュ達のところに戻りたいとも思わないし、ちょうどいい。


 さて、これで装備の確認は終わりかな?

 最後に腰の後ろにマントに隠すように自家製・・・の短剣を指した。


 シュラン……!


 これで最低限の身は守れるだろう。

 ……あとは、持ち歩いている『呪具』頼みだ。


「さ、準備は整ったし、いくかな──」


 道具袋の口を閉じて、その紐を指に引っ掛け──肩に担ぐ。

 そのまま、チラリと王都の街並みを流し見つつ、ゲイルは正門へと向かった。


 まだまだ町は起き始めだったが、朝の動きも活発で人の往来もそこそこある。

 賑わいつつある王都。


(なんだろう。ほんの少しだけ──……)


 王都もこれで見納めだろう。

 感慨深いようなそうでもないような──……。


「ん? あれって────……カッシュ??」


 歩き始めたゲイルの目に留まった4人組み。



「うー……寒いー」

「ちょっとぉ、変なところ触らないでよ!」

「触るほどないじゃないですか」

「そーそー」



「て、てめぇえらぁぁぁあ!!」



 と、まぁ。

 何やら見覚えのあるような小汚い4人組が路地で身を寄せ合っていたが────……まさかね。


「──はは、まさか、カッシュ達が王都の中で野宿してるわけねーか」


 ぎゃーぎゃーと喧嘩しつつも仲の良い4人を尻目に、途中で買い食いをしながら正門をでた。

 その途中。


「おい! こっちに増員してくれ!!」

「バッカ! 城門前なんて、衛兵が見張ってるから大丈夫だっつの!」


 ガッチャガッチャガッチャ!


「うわ……! お、王立騎士団か?……ヒェッ! こ、近衛このえもいるぞ──」


 なんだ、なんだ??


 大声で叫びながら、騎士団やら衛兵隊が血眼になって街中を走り回っているが……なんぞ?


 ガッチャガッチャガッチャ!!


「おい! 広場は見たのか?!」

「とっくに! 今は近衛兵団が監視している──蟻一匹見落とさないさ!」

「ならどこにいる! 宿は全部当たったのか?!」

「当然だ! しかし、情報が少なすぎる──……センスのない装飾品を売り歩く小汚い青年。なんてどこにでもいるだろうが──!!!」


 へー。人探しか。

 騎士団まで使ってご苦労なことだねー。


 それにしても、センスのない装飾品とは────まぁた、哀れな行商人もいたもんだねー。


「む! 青年……。貴様、年恰好は近いが──」

「な、なんスか?」


 突如呼び止められるゲイル。

 ……しかし、センスのない装飾品を探す連中に呼び止められる理由などこれっぽっちも見当たらないので、完全に居を突かれていた。


「青年……。年恰好は近し──……そして、センスなし。……装飾品売りではなさそうだが──むむむッ!」


 え?

 え、え?


「おい、そんな小綺麗な恰好じゃないらしいぞ」

「そーそー。売り歩く装飾品が壊滅的センスらしいからな」


 だ、だよね?

(お、俺関係ないよね??)


「む……。確かに。センスはあれだが──」

 

 うるせぇ!!


 っていうか、

 な、なんだよ急に熱い視線を向けて──。


(ハッ、まさか……お、おれにそんな趣味はないぞ?)


「うーーーーーーむ。……よし、行っていいぞ!」

「言われなくても行くよ」


 ったく失礼するぜ!

 どこがセンスないんだが──。このマント、手甲にレガース! そして、イケメン!!!



 センスの塊やんけ──!!!


 ──やんけー!!


 やんけー……。



 と、憤慨しつつ。

 衛兵の不躾な目線を、そそくさと躱すとゲイルは街をでて、正門前の広場に降り立った。


 …………さて、これからどうしようか。


 目的地があるわけではなかったけど、再び冒険者として再起するにしても、

 カッシュ達がいうように呪具屋だとか道具屋をやるにしても、この町で彼らと顔を合わせるのだけは避けたかった。


 別に何かされるわけではないのだろうけど、やはり気まずいものだ……。



「よーし! とりあえず、ここじゃない大きな町にいくか!」



 この町で一人でウジウジしても誰も助けてくれない。

 そんなことはわかりきっていた。


 だから、動こうと思ったときに動き出す!

 お金も十分あるし、手に職もある。それに健康だ!!


「ハハッ!」

 他に何を望むってんだ。


「うんうん。よしよし。この時間ならいくらでも乗合馬車があるし、選びたい放題だな」


 大都市にはたいてい乗合馬車がある。物流が発達しているため、その余席に人を乗せることで小銭を稼ぐ業者が多数いるのだ。


 そして、ここ王都には最大の交通路が敷かれており、正門外の広場には多数の馬車がひしめき合っていた。


「……そうと決まれば。どこにいこうかな?」


 特に、あてのある旅でもない。

 故郷には随分帰ってないし、帰っても何もない。


 なら、好きなところに行って好きに生きてもいいんじゃないかな。


 ただ、ド田舎に行くのはよろしくなさそうだ。

 冒険者にせよ、呪具屋にせよ、なんにせよ──仕事を探すなら……ある程度の都会だろう。


「うーん……近場の商都エンバランスか、軍都グラシアスフォート──……いっそ、古都グランシュタットでもいいかな」


 馬車の業者が掲げている看板を覗き込みながらゲイルはどこに行くか頭を悩ませる。

 そこに、


「はーい! コチラは空きがあと2席ですよー。すぐに出発するので、お安くしておりまーす」


 な、なぬ?!

 どこだどこだ? どこ行きだ??


「…………農業都市ファームエッジ。銀貨1枚」

 か……。


 農業……。


 農業──。




 豚肉、

 卵、

 玉ねぎ、

 芋、

 キャベツ、

 ソラマメ、

 リーキ────……ごくり。




 よし!!




「すいませーん! 乗りまーす!!」「あ、それ──乗るわ」



 と同時に手を上げる二人。


「「え?」」


 え? え?


 なんということか、乗者が二人。……タイミングばっちりなので思わず顔を見合わせる。


「って──アナタはたしか……!」


 手を上げたのは、青い髪。

 口元まで覆うフードに、肉感的な体────。


(あれ……?)

 コイツどっかで……。



 …………あ。



「──あ、ああー…………」


 やべ、名前が出てこない。


 見覚えはすっごいあるんだけどー、

 もう少しで口元まで出かってるんだけどー。


 どうしても、名前が出てこない。


 同じタイミングで手を上げた女性をまじまじと。

 振り返った女性も、ゲイルをみて目を見開く。


「ゲイルさん?」

「うん。アンタは、たしか──……あーカッシュの」


 え、えっと……。


 名前なんだっけ?

 青い髪──支援術師らしき、ローブにすっごいきょぬー。


 きゅぬー……。あ!!


「モーラよ。モーラ・グラリス──……数日ぶりかしら?」

「そうだ! モーラさんだ!! あーそうそう!」


 この、きょぬー。忘れるはずもない。

 うんうん。




 そう…………。

 農業都市行きの馬車にて、

 なぜか、ゲイルの後釜として『牙狼の群れウルフパック』に入った支援術師のモーラがそこにいた。

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