ぼくはむかし、ハカセだった
ぼくのあだ名は「ハカセ」だった。大学の先生みたいな喋り方で、クイズと宇宙が好きだから。
そう、宇宙。ぼくは宇宙が好きだった。親に買ってもらった宇宙の本で読んだ銀河系の想像図に心を弾ませた。ぼくらの地球はわりと端っこにあった。いつか中心のブラックホールにたどり着いたら、観光地になるのかな。この本は今も僕の本棚に収まっている。覚えている限り、いちばん長い付き合いだ。
超新星爆発が好きだった。太陽より4倍から8倍大きい恒星は、はじめのうちは太陽と同じように水素を核融合し、ヘリウムを生む。ヘリウムは強い重力により収縮し、また核融合して炭素を生む。炭素も核融合を始めるが、今度はその激しさに星が耐えきれず、ついに大爆発。これがⅠ型超新星爆発だ。
壮大な星の一生の終幕でもあるが、新たな始まりにもなる。生み出された炭素、酸素、マグネシウム、ケイ素は周囲にばらまかれ、新たな星の礎となる。
より重い星であれば、より激しい爆発を起こし、より重い元素を生む。ぼくの体を形作っている原子たちは、ぼくよりもっとずっと大きな星が死の間際に残した置き土産なのだ。幼いぼくが、初めて知った生きる理由だった。
ぼくは人よりも星が好きだった。幼い恋の対象として。初恋の星は冥王星だった。でも、冥王星にはもうカロンがいるし、エッジワース・カイパーベルトはぼくの家からだと遠すぎる。
今も、星を愛してる。けれど、あの頃ほどの情熱はないかもしれない。僕はもうガレリオ衛星の名前すら忘れてしまった。
結局あのあとM理論はどうなったんだろうか。ニュースで聞かないし、まだまだ最終理論は未来の話なんだろうか。そもそもM理論ってなんだったっけ?超ひも理論がなんとかって……よくわかんないや。
宇宙ハカセだったころの知識には、中学高校で大いに救われた。数学も化学も物理も、勉強しなくてもいい点が取れた。心の中のハカセに「これ知ってる?」と尋ねるだけ。
もうハカセは眠ってしまった。起こすのも忍びない。おやすみなさい、小さなハカセ。
ぼくはむかし、ハカセだった。
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