水縹の日記

 積層都市第113~128階層「ミネルヴァ層群」での遺物回収作戦に参加することになった。ミネルヴァ層群では機械と生命の境目が曖昧になるほど科学技術が発展している。我々のほとんどは基幹世界やそれに近い世界の出身であり、ミネルヴァ層群での活動適性を持たない。そこで、「バイアリィ・スーザン多元解釈ポイント転移」を使って作戦を実行することになった。これはある種の遠隔精神転送システムであり、ミネルヴァ層群の人間の素体を我々が遠隔操作することが可能になる。正直なところ、ミネルヴァ層群のような世界の科学技術は今の私の手には負えない。まだまだ学ぶことは多いと痛感するばかりだ。

 肝心なのは、バイアリィ・スーザン多元解釈ポイント転移は任意の精神を転送できるわけではないことだ。積層都市は並行世界がどういうわけか空間的に連結されたために生まれた。元が並行世界であったため、異なる層でほぼ同一の存在が複数同時に存在しうる。つまり、異なる層に「もしもの自分」がいる可能性がある。バイアリィ・スーザン多元解釈ポイント転移はこの「もしもの自分」に精神を転送するシステムである。

 組織が入手した素体のうち、組織のメンバーと適合した、つまり「もしもの自分」が素体の中に居たのは私だけだった。そもそも非常に確率は低かったから、一人居たというだけでも奇跡だ。私に課せられた任は重い。作戦決行日までに私は素体を完璧に操れるように訓練しなければならない。未知の体験を前に私は興奮している。明日から早速トレーニングが始まる。今日は早く寝なくては。


補遺:この作品の「積層都市」という概念は、『銀剣のステラナイツ』というTRPGのルールブックに書かれた世界観設定に登場する「積層都市アーセルトレイ」に強く影響を受けている。また、この作品は、筆者が参加した『銀剣のステラナイツ』のあるセッションから強いインスピレーションを受けて執筆した。『銀剣のステラナイツ』を作られた方々と、あのセッションで一緒に遊んでくれた友人たちに感謝する。

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