すべて忘れて、今ここに

全部、昔のことだ。

名前、なんだったっけ。もう覚えてないや。

思い出と感傷に浸っている暇はない。明日までにこの本棚ぐらいは片付けないと。


電話が鳴ってる。

あいつ、こっちが忙しいの知っててやってるな。

しかたなく電話に出てやる。あいつの声が聞こえる。

「……分かった。今から行く。荷造り手伝えよ?」


 カーディガンを羽織って玄関の扉を開ける。もう冬だ。今晩には雪が降るらしい。

自転車に乗って、走り始めた。さっき思い出した過去を振り払うように。


 「いや、もしかしたら……」

口をついた考えも冬の寒さに消えていく。

いつか今日も思い出になるんだろうか。

いつか今日を思い出すんだろうか。

「忘れたくは、なかったな。」


冬の風の中に、ほのかに春の香りがした。いつか夏に至る、かすかな予感があった。

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