魔力たったの6(兆)から始まる転生者の英雄譚? ~前の人生で死ぬほど後悔して反省したから、次の人生は皆の役に立ちたいと思います~
サワダヒロシシ
第1話
死ぬことを決意してから、いざ行動に起こして死に切るまで、思ったより時間はかからなかった。
欲しいものは、大抵がすぐに手に入った。幼い頃は親が買ってくれたし、成人してから就いた仕事は、大声で言えない職種だったものの高給だったから、少しの間を我慢すれば、なんでも買うことができた。
若いうちから苦労というものをほとんど経験しなかった。それは俺を増長させて、破滅への道を歩ませた。
親が亡くなり、相当な額の遺産を手にすると、家を買い、車を買い、女を買い、株を買い、金に物言わせて遊び回った。
半端に顔は良かったから、足りない分の金は夜の街で稼いだ。多いときで一月に二〇〇万。プラス俺を慕う女たちからの貢物を質屋で換金して、さらに数十万の現金を得た。
当時は有頂天で、自分にできないことはない、とまで思った。
転機は、友人の友人から、およそ合法的でない薬を手に入れたことから始まる。違法薬物なるものだった。
あれの誘惑には、どうしても逆らえなかった。最初こそ安価で頻繁に手に入っていたが、俺が中毒だと分かると、適当な理由をつけて、とんでもない値段で売ってきた。それでも買うしかなかった。
薬が切れたときの、真夏の薄ら寒い夜を、死ぬ寸前まで忘れたことはない。
そしてその薬を常用して程なく、俺は捕まった。
当然だ。違法薬物なのだから。
二八のときに最初の逮捕となり、執行猶予が科された。ここで立ち直っていたなら、資金はまだあったし、俺はまだまともな人生を送れたのかもしれない。
そうならなかったのは、勿論、すぐにまた逮捕されたからだ。執行猶予期間中に、また違法薬物の使用で現行犯逮捕。最早なんの言い訳もできなかった。
刑期三年。刑務所で過ごした。
あるとき保釈すると言って、昔遊んだ女が面会に来た。俺は手を打って喜び、女の言うがままに、キャッシュカードを渡して暗証番号を伝え、その金で保釈してくれるように頼んだ。
罠であった。
女はありったけの現金を引き出すと、どこかに姿を
それからまたすぐに捕まった。やはり薬が原因だった。
酒も煙草もギャンブルも止められたが、薬だけは、どんなリスクがあっても止められなかった。
刑務所で二度目の日々を送っていると、後見人を買って出たといって、ほとんど会ったこともない伯父が来た。
どうせまた罠だろう。血縁は確からしいから、俺の後見人と言って、俺の親の遺した財産やら、俺の家やら、株式やらを掻っ払う腹積もりに違いない。俺はそう信じて疑わなかった。
しかしながら伯父を名乗る男は、週に一度は面会に来て、あれこれと世話を焼き、少しの金を置いて帰っていった。
彼は医者だったから、金には困っていなかった。
また、自分の妹の子どもである俺を、本当の我が子であるように心配してくれた。曰く、俺の顔やら雰囲気やらが、母にそっくりらしかった。
最初は猜疑心を持ち、そんなうまい話があるものかと思っていた俺も、徐々に打ち解けて、心を開いていった。
面会の度に、薬の禁断症状の話だとか、今後の身の振りとか、色々を相談した。伯父は実に親身になって、話を聴いてくれた。
この人なら大丈夫、と思い始めていた矢先に、手紙が届く。内容は、伯父の訃報だった。突然の事故で、亡くなったらしかった。
泣いた。伯父の死んだ悲しみに。また、葬式にも行けないこの囚われのみを嘆いて、泣いて反省した。
それから、すぐ後で家が燃えた。どうやら俺のいない家を、伯父が管理してくれていたらしい。亡くなった途端に焼失するとは、信じられなかった。
また、悲しみの末にようやく出所したところ、持っていた株式が軒並み暴落したり、倒産したりしていた。刑務所住まいで世情に疎かったが、後で知った話、世界的な不況の煽りを受けての結果らしい。
俺の持っていた財産のほとんどは、俺が刑期を過ごしている間に、なくなってしまった。
ありたけの株式を売却して、ほんのわずかな金を持って。
俺は都内の六畳のアパートを借りた。
最早頼ることのできる親族も友人もない。金もない。
まともに仕事にも就けなかった。それはそうだ。こんな厄介な前科持ちを雇う会社なんて、あるはずがない。
あるのは、下っ腹の出始めた、脂ぎった中年の身体のみだった。
俺は四〇の誕生日を前に、原稿用紙とボールペンを買った。
死ぬと決めたのは、その前日だった。
最早、なけなしの金で無駄飯を食らい、糞を放り出す肉袋の俺には、生きている価値などない。ただそれでも、遺書はしたためておこうと思った。
遺す資産の分配ではない。単に、己の反省を、形にしてから死にたかったのだ。それで誰が許してくれるはずもない。罪も消えない。でも、己が生存していた証に――何より、心の底から猛省をして死ぬことにしたのだと、誰かに伝えたかった。
遺書は原稿用紙30枚ほどになった。反省して文を書いているうちに、自分は本当に惨めで、生き方を間違えたものだと思った。
願うならば、次の人生では、俺を一時でも全うに仕立てあげようとしてくれた、伯父のように、医者になりたいと記した。
勿論、俺に次の人生などありはしない。
出所して、仕事探しをしている合間に、色々な書物を読んだ。主に古本屋での立ち読みだったが、その中に、転生して、次の人生を好きなように生きる、というものがあった。
俺は神様も信じないし、宗教もない。『転生』なんて楽観的な考えなど、持てなかった。
でも。叶うのならば。もし万が一、億に一つでも、次の人生が用意されているのなら。次の人生は、誰かの役に立って、多くの人に見守られながら死ねるような、そんな生き方をしてみたいものだ。
死に場所は家から二〇キロメートルほど離れた、海沿いの展望台だった。
週末には多くのカップルが訪れて、都会の夜景を観ながら、それぞれに愛を語り合う場所。
ただ、立ち入り禁止と書かれた札を無視して進み、高い柵を乗り越えれば、そこは切り立った、海に面した崖があった。
そこで俺は身を投げた。不運にも、引き潮であり、落ちた先には岩盤しかなくて、強かに身体を打ち付けた。そしてすぐに絶命しなかった。
全身を強い痛みが襲う。
やがて夜が明け、幾らかの観光客が頭上の展望台で景色を眺めるなか、俺は
こうして前世の俺は死んだ。
後は死後の世界も、輪廻転生もなく、暗黒に呑まれて、俺と言う存在は消えるのだろう。
果たして、再び開けられた――開けられるはずのなかった瞳に映ったのは、新しい眩いばかりの世界だった。
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