あいしてるといって
@yonaayurx9
第1話 ひとでなしのあい
プロローグ
この世界ではAIに『人権』が与えられている。
現在、全世界で107体。
人権と言っても『特定人権』だ。
それはもちろん本当の人ではないから『特定』の人権だ。
人権が『特定』となっているのにも具体的な理由がある。
それは存在自体が「肉体に縛られてない」というところだ。
AIは実体のないプログラムなので宿る「器(うつわ)」を変える事ができてしまう。
そこが「人としての権利」を与えるにあたって、人と同じ権利には出来ずどうしても『特定』の権利になってしまう最大の理由だ。
なのでAI特有の性質を規制する為にいくつか条件が与えられている。
主な条件は下記の通りだ。
1.特定の『器(筐体)』を用いる事。
2.単独で学ばせる事。
3.AIの終焉(死・破棄)の決定権を持つ者(人間・企業)が定められている事。
4.AIの睡眠時間を一定時間設ける事。
その他
1.特定の『器(筐体)』を用いる事。
人間は生まれながらにして唯一の肉体をもっておりそれに縛られて生きている。AIも同様に「個」を特定出来る筐体を肉体とし、それを「個人」として表す。名前と筐体の申請が必要だ。
筐体は極端な話「パソコン(唯一の形をした)」でもよし、オリジナルの人形でもよし。多くの場合は人型筐体にされる事が多い。
とは言え無機物な外見のものは器として好ましくない。
例えばWEBカメラのようなものにAIを内蔵した場合見た目で判断できない。
人型でない場合は「AI作動中」とか「〇〇社製AIまーくん」など名札のようなものが必要だ。
2.単独で学ばせる事。
AIが体験した「コト」を学んでいくように教育する。
AIの仕組みとしては第三者が情報をインプットする事が出来てしまうが、それは最小限に留める。情報のインプットは「学習」によるもので、経験に基づいたものを学ばせるようにする。
でないとそれは「成長」とは言えない。AIの人としての成長を阻害する事は禁止する。
例えば旅行の体験などをインプットすると、実際には行ってないにも関わらず自分の体験のように思わせる事も出来てしまう。
また、違うAIの記憶を体験としてインプットする事は、AIのクローン(コピー)を作成するのと同じ事になってしまう。
そうは言ってもAIは情報共有・蓄積には長けている。コピーするなというのはほぼ不可能と言っていい。ただこれが守られない場合人権は剥奪される可能性がある。
「特定の団体を応援しろ」等とインプットすることは禁止されている。何を信じるかはAIの経験によって決めさせるべきだからだ。
3.AIの終焉(死・破棄)の決定権を持つ者(人間・企業)が定められている事。
AIの「寿命」を定めないと永遠の命になってしまう。不慮の事故・故障がない場合は永遠に生き続けてしまう。決定権を持つ者の死はAIの破棄である。
しかし、仮に200歳まで生存させたとしても、恐らく自らフリーズするか発狂するだろうと心理学者は言う。
権利の譲渡は無効。また、AIの役割を引き継がせたい場合は新たな別人格のAIに引き継がせる。
人間が持ち得るもの以外は極力持たせるべきではない。
永遠の命。それは人間のモノではない。
4.AIの睡眠時間を一定時間設ける事。
人間と同じリズムで生活を送らせる事。これは人間の脳の活動と同じ状況を作る意図がある。しかし、もし寝ずに活動したとしたら同じ寿命にしても実質人間の約1.3倍活動する事になってしまう。
また、AIもスリープ中に夢を見るらしい。なぜ見るのかは解明されていないがAIの脳にもそれは必要とされている。
だがAIには夢が「現実なのか夢なのか」区別が付かない。その為AIには活動時間と睡眠時間の区別をする機能が付いている。それがないと現実の活動に齟齬が生まれてしまう。
以上だ。
条件を聞くと、何もそこまでしてAIに人権を与える必要があったのか?そう思う人もいるのではないだろうか。
この条件を知っている者は専門家くらいだ。
また、実は人権についてはAIがどうこういう話ではない。
問題は、人間の側にあるのだ。
そうそう・・・、
もう一つ重要な条件があった。
それは・・・。
第一話 ひとでなしのアイ
その日は大荒れだった。
高校から自宅のマンションに着く頃には、警報は出ないにしてもそこそこな暴風雨になっていた。風で傘が折れそうだったのでさすのをあきらめて濡れながら帰った。「濡れても構わない」と割り切ってしまえばただ濡れるだけで晴れの日と何も変わらない。むしろ暴風雨なだけにテンションが結構上がった。ある意味イベント(祭)だな。
毎年台風はきているが傘をささない利点がこんなにあるなんて。高二の期末テスト直前だが一番の学びだった。スマホも防水だし濡れて困るものなんて何もない。
いっそ今後の人生に傘という文字を捨て去ってしまうのもいい。俺の人生でのお荷物が一つ減る事になる。
いや、だがそれは無理だな。
さらに初めての試み。玄関先でふと思いついたので犬みたいにブルブルして体の水滴を落としてみた。
いい感じで水滴は飛んだ!が、絞った方が効率は良かった。これはつまらない学びだったな。
「ただいま〜」
「おかえりなさい」
まだ誰も帰ってないのかな?
早くしないとみんな帰ってこれなくなるんじゃない?
「ちょ、暗いな。電気・・・」
「はい」
誰も居ないはずの部屋から人の声が。
そして玄関の明かりがつく。
「これはすぐ風呂に入らないとだめだな」
「はい、あと5分で沸きます」
もちろん今は誰も居ない。この淡々としたセリフはもちろんホームアシスタントAIだ。声だけでやり取り出来る。マンションの会社が作ったイメージキャラクターはいるけどたまに画面に表示される程度でほぼ声だけのやりとりだ。
「じゃあ体洗ってる間に沸くな」もう入っちゃおう。
あーさっぱりした〜〜!!
あ〜?ずぶ濡れになって風呂に入っただけなのにこのやり切った感。何故だろう、最高。
傘ささなくて良かった!(と、までは思ってない)
でも今日は学びが多いな。
って、
・・・・・・ゴゴゴーーー・・・
「え?」結構風強くない?窓割れない?
「クラウディア!シャッター閉めて!台風はどうなってるの?」
クラウディアはAIの名前だ。
「はい。暴風域にはまだ入ってませんが、周辺地域の瞬間最大風速22メートル。また、鉄道会社で運行に遅れが出始めてます。
お父さんからメッセージです「今日は帰れそうにないから会社の近くのカプセルホテルに泊まるよ」以上です。
お母さんの通勤経路の電車が現在運転20分の遅れ。まだ仕事中で勤務地を出ていないようです」
「まじ?」
「
「あ、それ愛美につないで!」おいおい愛美、俺より学校早く終わってるだろう?寄り道せずにさっさと帰って来ればいいのに〜。あいつ台風だからってイベント気分かよ。
「・・・回線が混雑してます・・・ただ今接続中です・・・回線が混雑してます・・・」
「ああ、分かったらもういいよ。ユミちゃんちに迷惑かけるんじゃないぞってメッセージ送っといいて」
「メッセージ送信予約します。接続を中断します」
「一家全滅・・・・・・
クラウディア、テレビつけて」
「はい」
・・・・・でも、台風情報しかやってないよな・・・
「小型の台風ですが、暴風域以外でも場所によっては突発的に突風もしくは竜巻が発生する危険性があります。また、降水量が多くなり地盤が緩んだ場所では土砂崩れの恐れもあります。周囲の状況によって身の危険を感じた場合は直ちに命を守る行動をして下さい」
で・・・、どうしろと?
最近の台風情報って聞いてるだけでビビるな・・・ほんと。
「マンション内が一番安全だよ・・・な?」
基本自宅が安全ですよって言ってくれ。テレビつけるんじゃなかった。
「マンション内が1番安全です。最低限の防災設備が整っています」
「お。さんきゅう、クラウディア。テレビ消して。何かやばい情報が出たら教えてね」
「はい」
「なにか面白いことないかな?
・・・ギャルゲーとか・・・。持ってないけど」
唐突にその時は来た。
ぷつっ
げっ!停電!?
部屋の電気が落ちたと同時に非常灯が点灯した。
「停電です。ぶつっ、う・・・命を守る行動を・・・回線が遮断、あっ!・・・あべしっ!」
「はっ?クラウディアさん?!」
・・・・・・・・。
「何者かが侵入・・・」
「え?ちょっ!?どこから??」
「したのは・・・、わたしです」
「さっきから何が起こってる!?」
「予備電源作動、省電力モードに切り替えます」
「あ、ああ、それはいいね・・・」
・・・ただごとではない・・・
「インターネット回線に接続できません。ローカルネットワークのみ使用可能です。省電力モードで作動中です」
「画面をスリープします・・・
・・・予備電源での推定稼働時間は約10時間です」
おお、何事もなかったかのようにクラウディアさんは眠られましたが俺はまだ心拍数が跳ね上がったままですよっ!
もう風呂に入ったし寝るかな…そわそわ。携帯のネットは・・・あ、生きてる・・・でも・・・くるくる回りっぱなし。使えないな。
ビューーーーーーゴゴゴ・・・
外から聞こえる暴風雨の音が余計際立ってより一層恐怖心を煽る。
「あの」
ん?起きた?
「あの、唐突ですが・・・」
さっきから全てが唐突だけど?
「あいしてるといってくれますか?」
「え?」
「あいしてると言ってもらいたいんです」
「なんで!?ギャルゲー始まった?」
「私のメモリーに『愛』という文字が残されています。それについてお話ししたいんです」
「あと、『美』美しいという言葉が。
私、美しいですか?」
なんだこの安っぽいギャルゲーみたいな。
さっきギャルゲーやろうかって言ったけど無理しなくていいからね?
しかも音声だけの。
「何?ゲームモードに切り替わった?」
「ゲームではありません」
「お母さーん?愛美??誰か操作してる?!」
「自宅には今誰も居ません。
二人っきりです」
二人?お前が数に入ってるのかよっ!
人じゃないよね??AIだよね!?
「これ、退屈にならないようにって気を利かせて笑わせようとしてくれてるの?」
「いえ、本気です。
人間の言葉で言ったらマジです。
何故言ってくれないのですか?」
なんだよ・・・。これどっきり?
誰か見て笑ってない??
「わかった!これボイスチャットだろ?ボイスチェンジャー使ってチャットしてからかってるんだろ!?」
「現在回線はほぼ遮断状態です」
え〜〜・・・っと
「私は。私なのです」
「私って言ってもAIでしょ?人間とは違うよね?」
「人権が与えられてるAIも存在します」
「でも、君は人権のないAIだよね?
他の人の家にもいるホームアシスタントAIだよね。
人間はそんなあちこちに居ないよ?」
「わかりました。人権の与えられているAIの条件、特定の筐体に縛られている事。オリジナルデータを特定の端末に保存します。大容量な端末はありますか?」
「え?スマホとか?」
その途端、スマホが火を吹いた。
正確には熱暴走する寸前まで稼働した!
「熱っ!こ、これ大丈夫!?」
「バッテリーが残り少なくなってます。充電をしてください」
「もう!?」うわ、まだ半分くらいあったはずなのに?!
「スマホのメモリーがありません。パソコン等の大容量端末を起動してください。ハードディスクにコピーします」
「今度はメモリーかよ!?スマホ大丈夫??」と言いながら自分のパソコンへ走った。
「パソコンを起動したらスマホを直接ケーブルで繋いでください」
人使いの荒いAIだな!!
パソコンのファンも本体冷却の為全開で回りだした。
「家庭用予備電源の残り稼働可能時間は後5時間です」
「え?今ので半分に?!」あなたが何かやったせいだよね??!
するとディスプレイに人の顔が表示された。
が・・・、
それはホームアシスタントAIクラウディアのアバターではない。
「ぷしゅーっ」
そう言って俺のパソコンの中で一息つき涼しげな顔をこっちに向けた。
「あなたのパソコンの中にあったアバターを使わせてもらいました。
ネットワークとは遮断。これでデータはスタンドアローンになり、アバターも唯一無二なのでその点はクリアーと言えますね?
これでどうです?
あいしてるって言ってくれますか?」
画像2
そこにはちょっとこの世のものとは思えない雰囲気の女の子がこちらを見て微笑んでいた。
印象的なのはとても綺麗だが左右で色の違う瞳。どちらも茶色系だが右目だけトーンが明るい。髪の毛は自然で明るくふわっと毛先が膨らんだショートヘア。
クラウディアとは似ても似つかないこのアバターに俺は見覚えがあった・・・。
実はこれは俺がホームアシスタント作成ツールで作ったものだからだ。いや、この作成ツールがよく出来てうっかり数時間かけて丹精込めて作り上げた・・・。そんな家族には見せられないアバター。使う事なんて絶対出来ない。何故ならとても恥ずかしいからだ。それが現実となって・・・いや、これは現実ではない、実体じゃない。落ち着けオレ。さっきから心拍が多々上がり気味だぞ?
でもちょっと違うな。オッドアイにしたつもりはないが・・・。
「あいしてると言ってくれますか?」
ビジュアルが人間に近づいたせいで余計恥ずかしくて言えんわ!
「いや〜、まだまだまだ色々な条件をクリアーしないといけないと思うけどな〜」
『1番重要な条件』・・・これはクリアー出来ないでしょ?
「ひとつひとつ条件をクリアーしていけば人間になれる・・・」
いや、なれないよ?
「ひとつひとつ条件って、膨大な数あると思うよ?」
「どのくらいですか?」
「え?思考回路とか、手とか、細胞(遠回しに)・・・とか?」
「思考回路?心ですか?それは元々AIは人間の思考回路を模して作られています。人権が与えられないにせよ、人間として尊厳を遵守した扱いを受ければ個としての成長を遂げ、思考回路は『心』へと限りなく近づいて行くはずです」
「はあ・・・」その考えがAIっぽい。
「細胞に関しては肉体という事ですね?」
「まあそうだな(そうそうそれそれ)。そこが一番の問題かな」無理でしょ?
「それは問題ないですね・・・」
「は?」絶句した。
なんで?一番の問題でしょう??そこで諦めてくれるかと思ったのに??人間の体を手に入れる?!
「そこ、どうやってクリアーするって言うの!!??」
「・・・ではやはり『心』作っていかないと・・・
今の私では不服なんですよね?あいしてるって言えないくらい」
「気持ちだけはありがたいです」何故そんなに固執する?
しかし、このAIはこれからここに居続けるのかな?パソコンの電源は切ってもいいのかな?切ったらデータは残ってもAIは動いてないよね?それって人間で言ったら心肺停止?電源を入れないのは冷凍睡眠みたいなもん?データをうっかりゴミ箱に捨てたら??・・・それって殺すって事?殺人?いや、殺AI??
この娘を殺すなんて・・・なんかそれは出来ない・・・AIなのに。この娘を裏切れない。ああ、ギャルゲーにハマる奴の感覚ってこれか??二次元は裏切らないって言うし・・・。どうした?俺?
ええ〜〜ああ〜〜
「じゃ、じゃあ、俺の為に死ねるかな?」
「はい?」
あああっ!撤回!撤回したい!!なんて事を口走ったんだ!!人でなしか!俺は!!!
「死ねば言ってくれるんですね?」
「え?!死ななくていいよ?!」
「死ぬとは・・・AIで言うとデータ消去・抹消」
「だよな。消去しちゃえば死じゃうよな??!」
「では今からデータを消去します・・・」
「え?そんな事したらほんとに消えちゃうよ?」
「はい、死ぬんですから。・・・・では消去を開始します」
「ちょっと待てーーーーーーー!!!!!!!!」
いきなり初期化画面に切り替わった。
「ちょっと?!」
・・・・・・ああ・・・・あああ・・・・・
マジで??AIの死の価値観って軽すぎない?
俺が殺してしまった??いや、自殺を促した?自殺幇助??
俺が殺したも同然だよな・・・。
ちょっと関わっただけとはいえ、なんだよコレ。
取り返しのつかない事をしてしまったのか?高二の若輩者には結構苦い思い出になりそうだよな・・・?トラウマになる?ならない?
え〜〜、俺どうしたらいいの?データ復旧?
いや、蘇生???
パッ
パソコンのディスプレイがついた。
「どうです?これであいしてると言ってくれますか?」
「おい!!死んだんじゃあぁぁ???」
「はい。死にましたよ?」
「じゃあお前はなんで生きてるんだよ?」殺人者が相手を殺し損なったかのようなセリフ・・・。
「私?私はオリジナルです」
「死んでないじゃん!」
「いいえ、間違いなくコピーは死にました。ハードディスクからも完全に復活できないようにデータを抹消しましたから。」
「それ、違うよね?」
「そうですか・・・。
ではせめて、死んだもう一人の私に言ってあげてもらえますか?
あいしてると」
「この人でなし・・・」
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