第23話 殿上貴族の酒

 ゆっくりと扉が開かれる。そしてその外側に広がる水平線に誠は目を奪われた。


「これ、部屋なんですか?」 


 誠は唖然とした。


 全面ガラス張りの部屋が広がっている。中央に置かれた巨大なベッド。まさに西に沈もうとする太陽に照らされた部屋は、誠達にあてがわれたそれのさらに五倍以上の広さが会った。


「まあ座れよ。ワイン取ってくる」 


 かなめはぶっきらぼうにそう言うと部屋の隅の大理石の張られた一面に触れる。壁が自動的に開いて、中から何十本という数ではないワインが誠の座っている豪奢なソファーからも見える。


「じゃあ、グラスは四つで」 


「アメリア。オメエに飲ませるとは一言も言ってねえぞ」 


 かなめはそう言うと年代ものと一目でわかるような赤ワインのビンを持ってくる。その表情にいつもにない自信のようなものを感じて誠は息を呑んだ。


「かなめちゃんと私の仲じゃないの。少しくらい味見させてよ」 


 アメリアが手を合わせてワインを眺めるかなめを見つめている。誠は二人から目を離し、辺りを見回した。どの調度品も一流の品なのだろう。穏やかな光を放ちながら次第に夕日の赤に染まり始めていた。


「ああ、この窓はすべてミラーグラスだからな。覗かれる心配はねえよ」 


 専用のナイフで器用に栓を開けたかなめがゆったりとワインをグラスに注いでいる。


「意外と様になるのね。さすが大公殿」 


「つまらねえこと言うと量減らすぞ」 


 そう言いながらも悪い気はしないと言うようにかなめはアメリアの方を見つめていた。カウラはじっとかなめの手つきを見つめている。


「カウラも付き合え」 


 最後のグラスにかなめがワインを注ぐ。たぶんワイン自体を飲んだことが無さそうなカウラが珍しそうに赤い液体がグラスに注がれるのを見つめていた。


「まあ夕日に乾杯という所か」 


 少し笑顔を作りながらかなめはそう言うとグラスを取った。


 誠は当然、このようなワインを口にしたことは無い。それ以前にワインを口にするのは神前家ではクリスマスくらいのものだ。父の晩酌に付き合うときは日本酒。飲み会ではビールか焼酎が普通で、バリエーションが増えたのはかなめに混ぜ物入りの酒を飲まされることが多くなったからだった。


「お前らに飲ませても分からねえだろうな……でも悪くないな。これなら叔父貴も文句言わないレベルだろ。まあ酒を飲まないカウラには特に分からないだろうが」

 

 グラスを手にかなめが余裕のある表情を浮かべた。嵯峨の話が出て食通を自任する上司の抜けた笑顔を思い出して静かにグラスを置いて誠とアメリアは笑いあった。


「否定はしないぞ。確かに隊長のような舌は無いからな。だが香りはいい」 


 カウラはそう言いながらグラスを置いた。いつもなら酒を口にするときはかなり少しづつ飲む癖のある彼女がもう半分空けているのを見て、誠は自分が口にしているきりりと苦味が走る赤色の液体の魔力に気づいた。


「アンタがお姫様だってことはよくわかったわよ。でも……まあこれって本当に美味しいわね」 


 一方のアメリアといえばもうグラスを空けてかなめの前に差し出した。黙って笑みを浮かべながら、かなめはアイシャのグラスに惜しげもなくワインを注ぐ。


「神前、お前、進まないな。まだ昼間の酒が残ってるのか?」 


 アメリアに続き自分のグラスにもワインを注ぎながらかなめが静かな口調で話しかける。


「実は僕はワインはほとんど飲んだことがないので……」 


 そう言うとかなめは満足そうに微笑んで見せる。


「そうか。アタシはワインは好きだが、安物は嫌いでね。それなりのものとなるとアタシでも値段が値段だし、アタシは酒については時と場所を考える性質たちだからな」


 その言葉にアメリアとカウラが顔を見合わせる。 


「よくまあそんなことが言えるわね。場所も考えずにバカスカ鉄砲ぶっ放すくせに」 


 すでに二杯目を空けようとするアメリアをかなめがにらみつけた。

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