第20話 アメリアチェック

「いらっしゃいませ」 


 誠がようやく地面の感覚を掴んだ目の前で、支配人と思しき恰幅のいい老人が頭を下げていた。さらにその後ろには従業員らしい二十人余りの人垣が一斉に頭を下げる。


「また世話になるぜ」


 かなめの声に合わせるように従業員達は一斉に頭を下げる。


「行くぞ、神前」 


 誠の手を引いてかなめはぞんざいにその前を通過しようとする。こういうことには慣れているのだろう、かなめは支配人をはじめとする従業員達の存在など別に何も思っていないというように建物の中に入る。そこにはロビーの豪華な装飾を見上げて黙って立ち尽くすサラと小夏の姿があった。


「おい、外道!お前……」 


 小夏はしばらく言葉をかみ締めてうつむく。かなめはめんどくさそうに小夏の前で立ち止まる。


「実はお前、結構凄い奴なんだな」 


 小夏は感心したようにそうつぶやいた。それに誠が不思議そうな視線を送っていると、かなめはそのままカウンターに向かおうとする。


「ちょっと待ってなアタシの部屋の鍵……」 


「待ったー!」 


 突然観葉植物の陰からアメリア乱入である。手にしたキーを誠に渡す。


「ドサクサまぎれに同衾どうきんしようなんて不埒な考えは持たない事ね!」 


 しばらくぽかんとかなめはアメリアを見つめる。そして彼女は自分の手が誠の左手を握っていることに気づく。ゆっくり手を離す。そしてアメリアが言った言葉をもぐもぐと小さく反芻しているのが誠にも見えた。


 瞬時にかなめの顔が赤くなっていく。


「だっだっだ!……誰が同衾だ!誰が!」 


 タレ目を吊り上げてかなめが抗議する。


「同衾?何?」 


 サラと小夏はじっとかなめの顔を覗き込む。二人とも『同衾』と言う言葉の意味を理解していないことに気づいてカウラは苦笑いを浮かべた。


「そう言いつつどさくさにまぎれて自分専用の部屋に先生を連れ込もうとしたのは誰かしらね?」


 得意げに自分の指摘したことに満足するようにアメリアは腕を組む。彼女の手には誠のに渡された大きな文鎮のようなものが付いた鍵とは違う小さな鍵が握られている。 


「その言い方ねえだろ?アタシの部屋がこのホテルじゃ一番眺めがいいんだ。もうそろそろ夕陽も沈むころだしな……」 


 かなめはそう言ってようやく自分のしようとしていたことがわかったと言うようにうつむく。


「そう思って部屋割りは私とカウラちゃんがかなめちゃんの部屋に泊まる事にしたの」 


 アメリアが得意げに言い放つ。さすがにこれにはかなめも言葉を荒げた。


「勝手に決めるな!馬鹿野郎!あれはアタシのための部屋だ!」 


「上官命令よ!部下のものは私のもの、私のものは私のものよ!」 


「やるか!テメエ!」 


 かなめとアイシャはお互いに顔を寄せ合いにらみ合った。シャムと小夏は既にアイシャから鍵を受け取って、春子と共にエレベータールームに消えていった。他のメンバーも隣で仕切っているサラとパーラから鍵を受け取って順次、奥へ歩いていく。


「二人とも大人気ないですよ……」 


 こわごわ誠が話しかける。すぐにかなめとアメリアの怒りは見事にそちらに飛び火した。


「オメエがしっかりしねえのが悪いんだよ!」 


「誠ちゃん!言ってやりなさいよ!暴力女は嫌いだって!」 


 誠は二人の前で立ち尽くすだけだった。誠と同部屋に割り振られて鍵がないと部屋に入れない島田と菰田がその有様を遠巻きに見ている。助けを求めるように誠が二人を見る。


「しかしあれだな……これはロダンだっけ?」


「オレに聞くなよ島田。でもまあいい彫像だな」


 二人はロビーに飾られた彫刻の下でぼそぼそとガラにもない芸術談義を始めるだけだった。


「わかりましたよ。幹事さんには逆らえませんよ」 


 明らかに不服そうにアイシャから鍵を受け取ったかなめが去っていく。


「このままで済むかねえ」 


「済まんだろうな」 


 島田と菰田がこそこそと話し合っているのを眺めながら、誠は島田が持ってきた荷物を受け取ると、大理石の彫刻が並べられたエレベータルームに入った。

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