5話:マンティコアを再現してみる

 ギュンター卿からの依頼を、俺は快諾した。

 もっとも、父さんの恩人に恩を返そうなどという殊勝な理由ではない。


 死体の偽装を長期間、誰にもバレないようにするアイディアが脈絡もなく浮かんでしまったのだ。

 魔法使いとして試さずにはいられないという気持ちから、この依頼をうけたのである。


 それに、このアイディアが上手くいけばマンティコアの死体の大部分が『余る』。

 その余った部分も報酬としていただくことができれば一石二鳥、ギュンター卿の娘さんは退学を免れるし、俺はお小遣いと貴重な素材をがっぽりもらえて双方笑顔というやつだ。


 死体偽装を行うにあたって、父さんたちには部屋を出てもらうことにした。

 万が一魔法が失敗した場合に巻き込んでしまうと危険だからだ。

 よって、俺は一人でマンティコアの死体と向き合っている。


「ラフ、ラム、時の審判者よクロイツその者のゾロ過去をオルド暴き給えルークス――――」


 今唱えている魔法は、目の前にいるマンティコアの過去を映像として表示するものだ。

 ティコの死を偽装するためには、まずその過去を知る必要がある。


「おーっ、すごい跳躍力だ」


 真っ暗な映像の真ん中に、生前のティコが動く様子が映し出される。

 過去を覗く魔法はすごい魔力を消費するものなんだけど、俺は唱える呪文を工夫して省エネルギー化を果たしている。

 省エネルギー化の弊害で映像にはティコしか映らないが、必要なのはそのティコの動きだけだから問題ない。


「身体能力が高いなあ。四肢に圧縮空気を詰めてパンプアップするだけで再現できるか……?」


 使用する魔法をあれこれと考える。

 俺が住んでいる魔法使いの国では、火魔法や水魔法など、たった一つの魔法を極めた所謂『賢者』と呼ばれる人間こそ敬われている。

 しかし、あくまで俺自身の経験則なのだが、魔法というのは一つを極めるのではなく、複数を組み合わせることで真に活用できるものだと考えている。


「ラフ、ラム、結界はカクタス弱めにウィロー嵐流はウィンダス一定範囲にホルード吹き続けろループス


 例えば、カクタスは結界魔法で、ウィンダスは風魔法の呪文。

 弱めの結界の内部に風魔法で空気を生み出すことで、風船のように結界を膨らませることができる。

 パンっ、と結界はあらかじめ決めておいた形に変形しながら膨らみ切った。

 マンティコアの腕と全く同じ形になった結界と、マンティコアの腕を同時に掴み、弾力を比べてみる。


「うん、このくらい空気を詰め込めば同じくらいの弾力になる。力を籠めるのに合わせて圧力を上げていけば自然な筋肉の動きも再現できそうだ」


 この通り、マンティコアの筋肉の再現が可能になった。

 最も、このままでは空気を詰めている風船みたいなものだから、重量の調整などを他の魔法でカバーしてやる必要があるだろう。


 「ただ、空気を詰めるだけじゃダメか、どうやってこの運動能力を再現するか……。肉球辺りに重力魔法の魔法陣でもつけるか、もうちょっと燃費もよくして。あ、肉球が意外と柔らかい……」


 この死体偽装も、死霊魔法一つで行うつもりはさらさらない。

 というか、俺が思いついたやり方は、そもそも死霊魔法を使わないのだ。肉球がやわらかい……。


 「うん、うん。燃費を良くして、体の柔軟性を保てるようにして、肉球をやわらかくして……」 

 

 ざっとみて、これなら魔法陣を刻み込むのに半日あれば十分か。

 時間魔法で生前と変わらない柔らかさに戻した肉球を揉みながら、俺は作業に没頭するのである。



「ありがとうケイさん。ダグラス君が引き受けてくれなかったら、本当にどうしようもなかった……!」

「ギュンター卿、頭を上げてください。あの時貴方に助けて頂いたおかけで、私は今生きてるんです。当然ですよ」


 何度下げたかもわからない頭を、もう一度下げる。

 彼、ケイ・ユビキタスとは古くからの付き合いだ。

 お互い苦労していた時期に、ともに助け合ったあの時からもう20年は経つ。

 今となっては彼の商会ギルドも大きくなり、魔法使いの国で十分な利益を得ていると聞く。

 わざわざ魔物使いの国に足を運ぶ必要はないはずなのに、こうして私の依頼を受けてくれたのだ。

 これが感謝せずにいられるだろうか。


「それでもだ。レナータの未来が閉ざされてしまうのは、私の人生が終わるも同然……! このお礼は必ず形にして返すと誓おう」

「アハハ……、相変わらずの義理堅さですね……」


 娘のレナータの為なら、犯罪だろうと親バカだろうと構うものか。

 しかし、私はともかく友人とその息子まで巻き込んでしまった事に後ろめたさはある。

 ケイさんが私に恩を返すつもりでやった事だとしても、しっかりとお礼は受け取ってもらわねば。


 「しかし何というか、運命じみたものを感じますね……。僕がギュンター卿に助けられて、今度は息子のダグラスがギュンター卿の娘さんを助ける番になるなんて」

「確かに」


 これも、縁というやつなのだろう。

 あの時ケイさんを助けたのは間違いでなかったと、つくづく確信させてくれる。


「それにしても、ダグラス君は半日も篭りきりなのだが……、大丈夫なのかね? 休憩どころか、食事すらとっていないようなのだが……」


 早朝から二人には来てもらったのだが、もう日が落ちかけていた。

 「もし魔法が失敗した時は危ないから」とダグラス君は一人地下倉庫にいるのだが、それっきり姿を見ていない。

 ティコの事は秘密でも、屋敷の者たちには友人とその息子が来ていることは伝えているので、必要なものがあれば外に出てなんでも言いつけて良いと言ったのだが、どうやらその様子もない。

 まさか、魔法が失敗して大変なことになっているのでは……!?


 「ああ、それなら大丈夫ですよ。ダグラスは魔法を仕込むのに夢中になると、二日ぐらいは寝ずに作業してますから」


 ケイさんが仕方ないなあといった口ぶりだが、それはそれで大丈夫ではないだろう!?

 確かにダグラス君の顔、というか目の隈は少し引いてしまうほど酷かったが……父親譲りの優しい顔立ちが台無しになるぐらいには。


 「安心してください。ダグラスは仕事は完璧です。特に今回の依頼は興味があったみたいですから、死にかけ……満足するまでそっとしてあげてください」

 「物騒な言葉が出た気がするのだが!? 命も大切にするべきだと思うんだが!?」


 今間違いなく死にかけるまでって言いかけた!?

 魔法使いは研究熱心すぎるきらいがあると評判だが、ここまで酷いものなのか。

 ま、まあしかしそれも、ダグラス君が優秀な魔法使いだという裏返しだろう。

 魔法は全くわからない私が言っても邪魔になるだけだ、今はダグラス君を信じて大人しく待つことにしよう。


『ギュンター卿、父さん、作業が終わったから戻ってきてくださーい』

「おわっ! ダグラス君!?」


 決心した矢先に、自室にダグラス君の声が響いた。

 しかし肝心のダグラス君の姿が見当たらないのだが……?


「だ、ダグラス? 気のせいか、魔法陣から声が聞こえるんだけど」

『ふふふふ、正解! めっちゃ進めるくんは声も飛ばすことができるのだ!』


 ケイさんが魔法陣に呼びかけると、ダグラス君の得意げな声が返ってきた。

 まさか移動用の魔法陣を、離れた場所への会話に流用しているのか。

 魔法使いの国から買っている移動用の魔法陣は、形があるものしか移動できないうえに、移動距離もそう長くないというのに。

 どうやらダグラス君の才能は本物らしい、これは期待できそうだ。



「素晴らしい魔法だな。では早速この魔法陣で一気に地下に」

『ダメダメダメ!!? いま地下に三つ目の魔法陣を書いてるから、それに乗っちゃったら真っ二つになるから!!?』

「「えぇ……」」


 ど、どうやらダグラス君は少し抜けたところもあるらしい、大丈夫だろうか……?


 早速ダグラス君の成果を見るため、私とケイさんは地下室へ急ぐ。

 正直に言って私の心情は、期待と不安が入り混じっていた。

 ダグラス君ならティコの件も何とかしてくれそうだという予感、友人とその息子を犯罪に巻き込んでしまった罪悪感、レナータにティコの死を隠し続けなければいけない事実。

 様々な事柄が、私の頭の中に渦巻いていた。


 しかし、それもすぐに吹き飛ぶことになる。

 なぜなら……。


「ぐぅるるるるる……!!!」

「あ、あ、あ……!?」


 地の底から這ってくるような唸り声に、背筋が震える。

 地下への階段に続く扉の前に、それが立っていた。

 ケイさんはその光景を見た瞬間に腰が抜けてしまい、言葉にならない声が口から洩れていた。


「て、ティコ……!?」


 燃えるような鬣に、殺意に輝く赤い瞳。

 艶が失われたはずの毛並も、全く元通り。

 力を失くしたはずの四肢は、地面を砕かんとばかりに力強くその体を支えている。

 そこには生前と何一つ変わらない、魔獣マンティコアが私達をにらみつけていたのだから。

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